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眼鏡を掛けていないから、表情もよくわかる。とても真剣なお顔をしている。
「先程お話しした、祖父母に育てられたというのには、理由があります。……私が魔王だからです」
思わず首を傾げた。まおー。知らない言葉だわ。何のことかしら?
「私だけではありません。祖母も魔王です」
んんん?
「ラーニア様もまおー?」
「そして祖父は聖女の力を持っていました」
せいじょのちから? ……て、聖女の力? え、男性なのに? あっ。まさか、ということは、まおーというのは、魔王のこと!?
「え!?」
ラーニア様は、公爵家に眠らされた魔王がいるのだとおっしゃっていた。それが比喩なのだとしたら。魔王が公爵家によって閉じ込められているのだとしたら……。
「逃げましょう!」
がしっと彼の手を掴む。彼はポカンとした。何を言われているかわかっていないご様子。掴む手に力を込めて、説明する。
「お辛い思いをしているのなら、逃げましょう! 私もお供いたしますから!」
ようやく言いたいことが伝わったらしく、じわじわとこちらが切なくなるような頼りなげな微笑みを浮かべ、安堵の溜息みたいな吐息をこぼした。と思ったら、手を強く引かれ、ひょいっと体が浮いて、彼にぶつかる。強く抱きしめられる。
「セリナ」
震えた声で呼ばれた。
「はい」
ここにいますよ、という気持ちを込めて、彼の背に手をまわして、私も抱きしめ返す。
「あなたがいてくれるなら、私はどこだっていいのです。……どうせ、どこに行っても同じですから」
「どうせなんておっしゃらないで。公爵家や王家は、あなたが逃げたら、執念深く追ってくるのでしょうか? それとも殺しに……?」
「殺せはしないでしょうね。追っては来るでしょうが。今の世代に、私に勝てるだけの勇者は見つかっていませんから」
「そうなのですね、よかった! でしたら、しばらくはおとなしく従っているふりをしましょう。その間に準備するのです。そうしたらきっと、逃げ出せますわ! 私、刺繍の腕で家計の役に立てると思いますの。それに、商家や下位の貴族に嫁ぐ場合も考えて、家政のことも一通り仕込まれております。使用人を雇えなくても大丈夫でしてよ」
特に男爵や騎士爵は、家によっては庶民に近い生活をしていますからね! 料理、洗濯、掃除を奥様がやる場合は多々あるそう。
頭を撫でられ、チュッとこめかみにキスされる。
「ありがとう、セリナ。君は本当に私を愛してくれているのですね」
「まあ、お疑いでしたの?」
心外で、少し拗ねて聞き返す。
彼はコツリと額を合わせ、甘えるみたいに鼻をこすり合わせてきた。それから唇を軽く合わせてくる。
「うん、そうだったみたいです。いえ、すみません、あなたが悪いのではないのです。私が信じきれていなかった。私の弱さです」
彼の言い分はわかる気がした。私もこの部屋に来るまで、この婚約が本当のことかと、どこかで疑っていたから。
「もう信じてくださった?」
「ええ。覚悟してください。二度と、手放してあげようなどと思いませんから」
話す合間に合わされる唇が、くすぐったい。くすぐったくて、物足りない。もっとキスしたくて、じれったい!
「それこそ望むところです」
これ以上我慢できなかった私は、問答無用で顔を押しつけた。
んっ。失敗! むちゅーっとなって、逆に何もできないわ!
彼がクククと喉の奥で笑っている。チュッと音をたてて離れていき、目を覗き込まれた。美しい緑の瞳が燦めく。
「愛しています、セリナ、一生そばにいてください」
はい、と言う言葉は、情熱的な口付けに呑まれてしまったのだった。




