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「セリナ?」
どうして、眼鏡を掛けているのに色っぽいのでしょうかね!? 眼鏡がなかったら、心臓がドンドコ鳴って、息をするのも忘れて、頭がガンガンしてくるところですね!?
「シュ、シュリオス……」
い、言ってしまいましたよ、この背徳感ーー!! 目を合わせられないー! うああ、また指にキスされてるーーー!! 素顔を見てもいないのに、心臓ドンドコしてきたあ!!
はっ。執事が脇で控えている! 空気に徹して、でも、用事がないか注視していますね!?
話題を変えよう! 至急!
「ああああの、公爵や夫人、ラーニア様のもとへご挨拶にうかがいたいのですが」
「今日はゆっくり過ごしてもらって、明日にでもと思っています。……お話ししたいこともあるのです。ここで立ち話もなんですし、まずはお茶にしませんか?」
そういう予定だというのなら、否やはない。公爵ご夫妻はお忙しい方々だから、ご都合もあるのだろうし。
それに、お話ししたいって、ヴィルへミナ殿下に突撃されたときに言っていたことかしら? んー……? シュリオス様から色気が消えている。また少し緊張しているみたい。いったいどれほどすごいお話なのかしら? うわあ、私も緊張してきた……。
私達は珍しく、言葉少なに歩いた。
「こちら、居間にございます」
まあ! 客間ではなく、居間! 普段、家族が集うお部屋! そうか、そうよね、もうただのお客様ではないのだものね。
これから公爵家で過ごして花嫁修業をし、ゆくゆくは公爵夫人になるなんて、今ひとつ現実感がなかったのだけど、どうやら本当の本当だったみたい。いえ、そのために来たのは間違いない。ただ、全部自分の妄想だったらどうしようという考えが拭えなくて……。
ああ、それにしても、ここもかわいい! 暖炉の上に飾られている森の動物――リスやウサギやシカ――が今にも動きだしそう! 壁には公爵ご夫妻と、こっちはお若い頃のラーニア様と旦那様ね、眼鏡姿なのが残念! 旦那様はお優しそうな方~!
シュリオス様は眼鏡をはずしつつ、ソファをすすめてきた。慣れた様子で、テーブルに用意してあるトレイに置く。
「この刺繍、ラーニア様の手によるものですか?」
クッションをよくよく見ながら聞いた。たぶん、そう。お上手だわ~。
「はい。必要最低限の物しかありませんので、おいおいあなたの手で増やしてもらえたらと思っています」
「ええ、喜んで。このお部屋も素敵ですね。公爵夫人のご趣味でしょうか?」
「いいえ、祖母です。私は祖父母に育てられたので」
「そうだったのですか。公爵ご夫妻はお忙しいですものね。ラーニア様がそれを支えられておられたのですね」
高い地位には、それに伴う義務がある。当主本人だけでなく、それは妻にも言えることで、私にそれが務まるかしら……。いえ、そのための花嫁修業! 頑張ります!
「社交に関しては、フレドリックや家の者に任せるので、気楽に考えてください。私はあまり公の場には出ないので」
不覚にも、ほっとしてしまった。そうね、今までもシュリオス様はあまり人とは交流なさらなくて、だから気難しい方なんて噂も流れていた。
けれど、なぜなのかしら? ヴィルへミナ殿下にはとても頼りにされていたし、女王となる彼女に手を貸すとも約束していた。そもそも王配となって国政を任される予定だった人なのに。
一度下がった執事が、お茶の用意をして戻ってきた。
「お嬢様、ミルクはいかがなさいますか?」
「いりません」
「ヴェステニア、蜂蜜は?」
シュリオス様が口を挿む。
「ございます」
「セリナ、よかったら蜂蜜はどうですか? 喉が楽になりますよ」
泣いたせいで少々喉がガラガラしていたの、執事も気付いたのね。たぶんそれで、追加で持って来てくれたのだわ。他にお花をかたどったかわいいお砂糖やジャムもちゃんと用意してあるのを見て、そう思う。ミルクを先に聞いてくれたのも、入っていた方が喉に優しいからだろう。
細やかな気遣いのできる人なのね。シュリオス様も承知していて、彼の使い方を心得ている。良い主従関係が見て取れた。
「では、蜂蜜をいただきます」
「いかほどお入れしましょうか?」
「二匙お願い」
「承知しました」
執事はお茶を淹れ終えると、下がっていった。
「いただきます」
丁寧に溶かされた蜂蜜がほんのり香る。ああ、美味しい。やわらかな甘みが喉を撫でるよう。
お茶も館も使用人も上質。もちろんそれは公爵家の方々あってのこと。そこに加わるのだ。あらためて気が引き締まる。このお茶に相応しい淑女であるよう、努力せねば!
「セリナ、聞いてもらいたいお話があります」
「はい!」
カップをテーブルに戻す。並んでソファに座っていたのを、彼の方へ向いて座り直した。




