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社交シーズンも終盤。今年をこのまま終わらせれば、婚約宣言は来年、結婚は再来年になってしまう。そのため、トントン拍子で婚約が交わされた。
結婚式自体は来年だけれど、社交シーズンが終わっても私は領地へは帰らず、ジェダオ家で花嫁修業するらしい。
こんなことになるなんて、まったく考えてもみなかった。まだ時々、夢かしら、て思う。それに、複雑な気持ち。領地に帰って、シュリオス様と半年以上も会えなくなるのは嫌。けれど、もう領地に「ただいま戻りました」と帰ることがなくなるなんて、胸が締めつけられる。
シュリオス様との婚約が正式に交わされた日、家に帰って、それぞれの部屋に戻る間際、父に頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。とっさに、「んもう! なにするのですか!」と叫んでしまったのだけれど、寂しそうなお顔を見たら、それ以上何も言えなくなってしまった。
兄にも、「おまえが本当に嫁に行くなんてなあ」としんみり言われたし、使用人たちも「おめでとうございます」と言いながらも、何をするにも「これが最後かもしれない」という感じがひしひしと伝わってくる。
毎日を、家での日常を、こんなに大切に過ごしたことなんて、これまでなかった。愛おしい日々に、時々泣きたくなってしまう。
でも、そんな中でも母だけは何一つ変わらなくて、おかげで結婚してもこの家の娘なのは変わらないのだと思える。それもまたありがたいことだった。
……と言っても、今年最後の王宮の夜会で、ヴィルへミナ殿下の新婚約と結婚式の日程が発表されることになっているから、それまでは情報の混乱を避けるために、おおっぴらにはできない。
だから、これまでどおり三日に一度ほどラーニア様のところに通って、内緒でシュリオス様と会うだけ。時にラーニア様の刺繍仲間の方とも刺繍談義に花を咲かせ、(全然怖くなかった! さすがラーニア様のお友達、どの方もカラッとした方ばかりで、なにより腕前がすごかった!)、夜は親族の夜会、昼はお友達のお茶会に出席している。
親族や友人のお兄様方には、どの集まりに行っても、「困っていることがあれば、必ず力になるから言うようにと」と声を掛けてもらうことが多くなった。皆様、本当に人が好い。これまでもずいぶん気に掛けてもらってきたし、よくしてもらっている。人の縁に恵まれている幸運に、感謝しかない。
特に仲の良いお友達とは、領地に帰って別れ別れになる前にと、頻繁にお茶会を開いていた。
「ねえ、セリナ、あなたこの頃、綺麗になったわね」
「あっ、私も思っていたわ!」
「私もよ。怪しいわねぇ~」
チェリスの言葉尻に乗ってシンディが頷き、ティアナに流し目をくれられる。
「化粧水を変えたの。ヘアオイルも。ラーニア様にすすめられて」
本当はシュリオス様に贈られているのだけれど、それは内緒。
「ジェダオ家の御用達の品! それは良いに決まっているわね! ねえ、どこの?」
そういうのが大好きなティアナに、重ねて聞かれた。
「お抱えの職人のものらしいの。ほら、ラーニア様はあまりお外にお出にならないから」
魔王体質の人のありとあらゆることに対応できるよう、公爵家は様々な人材を抱えているのだとか。
「残念!」
「セリナはすっかり公爵家に気に入られたみたいね」
チェリスがぽんと放った言葉に、一瞬皆が黙った。
……言葉以上の意味が込められている気がする……、それを皆も感じ取った……。
嘘を言えば見透かされそうだった。不思議と言外の気持ちが通じてしまうことってある。まさに今がそのときとしか思えなかった。
「ええ。とてもよくしていただいているの」
嘘にならない答えを返すと、チェリスは「そう」と言って、お茶に口を付けた。
シンディやティアナも、お菓子を取ったりカップを持ち上げたりしている。
……これは、バレた……。
冷や汗が滲んでくる。でも、これ以降、公爵家とのことはまったく話題に上らなくなった。――何日経っても、何度会っても、どれだけキャアキャア話しても。
まったくというのが、彼女達が察している証拠よね……。行動で示してくれる友情がありがたい。
その副産物と言っていいのか、秘密を共有しているせいかしら、私たち前よりも親密になった。どのお家に行っても、ご兄弟が顔を出そうとすると、「女性だけの集まりですの。無粋な真似はなさらないで」と、皆追い払うようになったのよね。もちろん私も。
ご兄弟方と言葉を交わすのが楽しくないわけではないけれど、社交シーズンが終わったらしばらく会えなくなるし、来年は今年ほど自由に会えるかはわからない。そう思うと、親密さに水を差されるのが惜しくて。
私たちは時間を惜しむようにして、共に居られる時間を楽しんだ。




