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「この展開、覚えがあるわぁ……」
ラーニア様は額を押さえて天井をあおいだ。
「え? なんとおっしゃいましたか?」
ぽそぽそっと呟かれたお言葉が聞き取れなかった。
「あなたは私の亡き夫によく似ていると言ったのよ」
ダンスが上手くて、歌うお声が素敵で、一人だけ眼鏡を拾ってくださった優しさと勇気のある方で、他派の子爵家から公爵令嬢のラーニア様を射止めたような方と? どのへんが?
「セリナさん、よく聞いてほしいのだけれど」
「はい」
「まず、シュリオスの婚約は解消されました」
「えっ!?」
「王女が正式に破談を申し出られました。というか、あやうく公の場で破棄を公言しようとしたのを、フレドリックが阻止しました。あなたが足を挫いた日です」
「えええ!?」
浮気現場だと思ったのだけれど、あれは違ったの!? 覆い被さっていたのは、騒ぎを起こそうとした王女を引き止めていたと!?
うわあああー!!! 誤解だったーーー!!! 義理も人情も常識も欠けたアレな人ではなかったーーー!!! 冷や汗出てくるーーー!!! この誤解は墓場まで持っていかなければーーー!!!
「ですから、シュリオスの話を聞いてあげてくれるかしら」
ラーニア様が、立ったままのシュリオス様を見上げる。
「ひゃ!?」
そそそそそうだ、シュリオス様もいらっしゃったのだった、ラーニア様とのお話に夢中になっていて、いらっしゃるのを忘れていたああああ!
彼と目が合って、息が止まった。がばりとうつむき、顔を覆う。
ええとー、ええとー、私、何を話したかしら? ……思い出すほど、まずい記憶しか出てこない~っ! ひいい、いやああああー!
「セリナ嬢」
傍らで衣擦れの音がして、すぐ側から声をかけられた。横でしゃがんでいますね!? いえ、膝をついているのかも!?
「お顔を見せてもらえませんか?」
できません、できません、できるわけありませんんんーーー!!
頭をブルブルと横に振る。
「では、そのままで聞いてください。あなたを愛しています。私と結婚してください」
え? えええ?
思わず顔を上げた。
「愛しています」
また言ったー!? あ、あいって、なんだったかしら!? そんな美しいお顔で、吸い込まれそうな瞳で真剣に見つめられながら、心震わせるようなお声で言われる、あいとは!?
唖然と彼を見る。
答えを待っているような沈黙。……いいえいいえいいえ、でもでもでも。
彼のまなざしが切なそうに揺れている。その表情に、心臓がもんどり打つ。
何か言わなきゃ、何か……、何か……。
「セリナ嬢」
両の頬をそっと包まれる。優しい感触でいくらでも逃れられそうなのに、わずかに彼の方へ向かされる力に逆らえない。ただただ思いを込めた瞳で、真正面からひたと見据えられた。
「勘違いではありません。ずっとあなたを口説いていました。あなたに妻になってほしくて。出会ったときから、あなたに夢中なのです。愛しています。私と結婚してください」
あ……、あ……、あい、って愛!? 私、この人に愛されている!? 妻になってほしいって思われている!? だから、結婚してほしいって……?
カッて熱が破裂した。顔も胸も首も耳も肩も腕もお腹も足も、どこもかしこもフルフルとして熱い。
彼が嬉しそうに笑んだ。すべての悪しきものを浄化する神の御業としか思えない笑みで、目を奪う。
「顔が赤い。理解してくれたのですね?」
「わ、私……、なぜ私など……」
「あなたと居ると、ほっとするのです。あなたはいつも明るく努力家で、善意にあふれた人です。そんなあなたといると、私も善い人間であろうと思えるのです。
あなたとなら、良い人生を歩いていける、たとえ苦難があろうとも、共に助け合えることを喜びにできる、そう感じるのです。
いえ、あなたとそういう人生を歩みたい。あなたと幸せになる努力は惜しみません。だからどうか、私と人生を共にしてはもらえませんか?」
いつも余裕のある紳士な振る舞いをなさる方なのに、今は美しい瞳にも表情にも愚直さしかなかった。
頬に触れている指が震えている。必死に私の心を乞うてくれているのだ。
ああ。この人は、本当に私と生きていきたいと思ってくれている。
言葉にならない思いが胸の中でふくらんだ。
「まだ信じてもらえませんか? でしたら、一緒にホールに行きましょう。テラスから、あなたを愛していると宣言します。来場者のすべてが立会人になってくれるでしょう」
「ああ、違います! 信じています! 疑っていません! じゅうぶんお気持ちはわかりました!」
行こうとする素振りは止まった。よかった! けれど、じっと見つめられて、彼の目を見ていられなくなって、視線がうろうろしてしまう。
「あ、あの、」
うわあ、気持ちを伝えるのって恥ずかしい! こんなにいたたまれない気持ちになるのに、何度も伝えてくださったなんて、勇気のある方だわ、さすがシュリオス様!
うつむいて、横のあらぬほうを見て、ようやく言葉が声になって出て来た。
「お、お慕い、しています。喜んで、お受け、いたします……」
「ああ、セリナ嬢!」
その瞬間、頭も背中も彼の大きな手に覆われて、彼の腕の中に閉じ込められていた。離さないといわんばかりに抱きすくめられる。何もかもが彼に包まれて、慕わしさがあふれかえる。彼の背に手をまわして、私も腕いっぱいに彼を抱きしめると、すり、と頭に頬ずりされた。
愛しくて、胸が痛い。
私達は言葉では伝えきれない気持ちを抱えて、お互いにすがりつくように抱き合った。




