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「まあ、まあ、眠ってしまったの? あどけない顔をして、可愛いこと」
頭を撫でられるのが気持ちいい。これはラーニア様かしら?
「それほどお酒が強くないみたいですね」
「あらぁ。気持ちよくきゅーっと飲むから、てっきり強いのかと」
「踊っているうちにまわってしまったみたいです。急に転びそうになって、あわてました」
「ああ、動いたせいでお酒のまわりが早くなってしまったのね。……あなた、眼鏡は?」
「転びそうになったのを抱えて、そのまま来たので」
「そう。では、私が眼鏡を取ってきてあげるわ。あなたは彼女を客室に連れて行ってあげて」
えー!? それは、いやです!
「起きてます……、起きます……」
うまく目が開かなくて、ごしごしこする。
「あら、起きられそう?」
「はい、せっかくお喋りするのを楽しみに来たのです……」
「飲ませすぎたのはこちらのせいです。無理をしなくてもいいのですよ、明日起きてからでもよいのですし」
やっと開いた目を声のする方へ向けたら、シュリオス様がすぐ側で心配そうに見ていた。うあっ、天使もかくやという慈悲深い美しさ! 尊すぎる!
反射的に自分の顔を覆ってのけぞった。
「とつぜんどうしたの?」
「お顔が良すぎて、心臓が壊れそうなのです……」
ぷふっとラーニア様が噴き出した。
「ねえ、それって、シュリオスの顔があなたの好みということ?」
「私の好みなどとはおこがましいです! 神の奇跡だと思います!」
「なあに、それ!」
あーっはっはっはと、明け透けにラーニア様は笑った。冗談を言ったわけではないのに!
「シュリオス、セリナさんをここに降ろしなさい」
椅子の背に寄りかかるように座らせてくれる。気配が離れていくのを見計らって目を開けた。
よかった! 彼は背を向けて何かしている。よし、今のうちに!
ラーニア様の袖を引いて、耳にコソコソと話しかけた。
「後で二人きりでお話がしたいのです、いいですか?」
「いいわよ、女同士のお話ね?」
そう言うラーニア様の視線が動いて、私の背後を見る。ギクッとしてとっさに振り返ると、シュリオス様が気まずそうにグラスを差し出してきた。
「お水です、どうぞ。聞くつもりではなかったのですが……。私は席を外しますね」
うわー! そんなしょんぼり顔をさせたいわけじゃなかったのにー!!
「違うのです! 違うのです! シュリオス様の悪口を言いたいのではなくて、素敵すぎるのを自覚してほしいと思っただけで!」
「すてきすぎるのをじかく……?」
小首を傾げて呟いて、どういう意味だろうと考え込んでいる。
あー! もう! それ! それですよ! 美しくて精悍なのに、さらにかわいいとか!
「神様、なんてものをお作りになったのですか!? いたいけな乙女の心臓を止めるためとしか思えないー!」
「セリナさん、落ち着いて。まず、そのお水を飲みましょうか。それから詳しく説明してちょうだい、私にもわかるように」
ラーニア様が隣に座って、私の両手を握った。コップを口元に持って来てくださる。それをごくごくと飲んで、落ち着いたまなざしで見つめられているうちに、私もドキドキが収まってきた。
「シュリオス様は、お顔が良いのです。……ラーニア様、冗談ではないのです! 百年に一人の美形です! いえ、二百年に一人かも!」
真剣にお話ししているのに、私が何か一言言うたびに、ふっ、と噴き出していらっしゃるのは、どういうことですか!? 孫だけでなく、ご自分もご子息も嫁も美形だから、基準がおかしくなっているのかしら!?
「わかっていますよ、シュリオスの顔は普通ではなく整っています」
話を進めるために適当にあいづちを打っているのかもと、よくよく窺ってみたけれど、そんなことはないみたいだった。
そうですよね! 誰がどう見ても、シュリオス様はお顔が良い!
「それに、とても紳士的なのです。お優しくて、ご親切で。シュリオス様ほどの紳士に、私、お目に掛かったことがありません」
「ええ、そうでしょうとも」
大きく頷いてくださった。自慢のお孫さんなの、私もわかります!
握り拳で力説する。
「その上、気さくで、偶然足を傷めたところを助けただけの私のような者にも、分け隔てなく親しくしてくださって! 本当に非の打ち所のない方なのです!」
「セリナさんはシュリオスを高く評価してくれているのね、嬉しいわ」
「はい。ですから、それを自覚してほしいのです!」
「あら、ちょっと待って、いきなり飛んだわね? そこを詳しく説明できるかしら?」
「そこですか? どこですか?」
順番に話していたつもりなのだけれど。隙のない理論展開のどこに飛躍があったのか、ちっともわからない。
「ええと、シュリオスがあなたから見て非の打ち所のない紳士だというのはわかったわ。それを自覚しろとはどういうことかしら? いえ、そうではないわね。もしかして、シュリオスの自覚が足りなくて、あなたが困っていることがあるのね?」
「そう! そうなんです! 心配してくださったり、気遣ってくださったり、無邪気に楽しそうに笑いかけてきたり! そのたびに息が止まるような思いをするのです! 心臓がギュッとなったり、キューッとなったりするのです! ドキドキバクバクして気が遠くなることもあります! 頻繁にです! 今夜も何度そう思ったことか! こんなの心臓が保ちません! ですから、素敵すぎることを自覚して、自重してほしいのです!」
「あら、でも、女性に紳士的に振る舞うのは、いいことだと思うの。そうするからこそ、シュリオスを素敵な紳士と言ってくれるのでしょう? そうしなくなったら、素敵ではなくなってしまうのではない?」
「その程度でシュリオス様の紳士度が下がるものではありません! 差し出がましいことを申しますが、シュリオス様のそれは、ご婚約者様になさるべきものではないかと思うのです。むやみとそれ以外の女性に優しくなさっては、優しすぎるシュリオス様の場合、やりすぎになってしまうのです。ただでさえときめかずにいられないような方なのに、そんな方から優しくされたら、勘違いしてしまいかねません」
「シュリオスにときめいているのに、あなたは勘違いしないの?」
「いたしません! 見ず知らずの私を助けてくださり、その後もずっと気遣ってくださるような方です。紳士の中の紳士と、身を以て知っておりますから!」
絶対に勘違いしないように、ときめくたびに自分に言い聞かせております! 身の程知らずな勘違いはしないと、自信を持って言えます!
そのたびに胸がズキズキするのはいたしかたないことですが! なにしろ、ときめかずにはいられないような方ですからね! こんな身の程知らずな思い、これ以上大きくならないように、よくよく自分に言い聞かせておかなければ。よくしてくださるシュリオス様にも申し訳ありません!




