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「足を挫いていたらいけません、控え室に行きましょう」
急にそんなことを言われ、体がふわりと浮き上がった。抱っこだ! 紳士の抱っこ! 知っていますよ! 首に腕をまわすと歩きやすいのでしたよね!
しっかり腕をまわしながら、今日は嘘を吐かずに、自己申告する。嘘をつかなくていいって、最高!
「なに言ってるのですかー、もー、足なんか挫いていませんよ、心配性ですねえ、シュリオス様はー」
おかしくて、おかしくて、あっはっはー、とバシバシと肩を叩いた。
なのに、黙って苦笑される。その困ったお顔が優しさに満ちていて、うっ、胸がぎゅぎゅってなった! 見ていられない!
あわてて彼の肩口に顔を伏せた。
「キュン死してしまう……」
「うまく聞き取れないのですが、先程から『きゅんし』と言っていますか?」
「そうですよ」
「どのような意味なのですか?」
「胸がキュンとして、死にそうなことです」
「まさか、心臓に持病でも!?」
「違いますよぅ、私、健康なのが取り柄です。尊いものを見たときになるのですー。シュリオス様もありませんか? かわいー! とか、素敵ー! って、キュンッと胸が痛くなること」
「ありますね。まさに今」
「ありますよね!」
被せ気味に叫んで顔を上げた。
「わかってくださって嬉しいです! 兄は、言葉の通じないふにゃっとした変な生き物に見えだすから、他所でそんな言葉を使うのではないよ、と鼻で笑ったのです!」
あっ、また黙って苦笑した! それはむやみやたらと振りまいてはいけないと言っているのに!
……いえ、まあ、しかし、冷静に考えてみると、今のは私が悪い。兄の悪口を言ったのに、頷いたりできないわよね。私の家族の悪口を言ったも同じになってしまうもの。シュリオス様は、うっかりでもそういうことをしない。素敵紳士だから!
「そういうところも好きですよ!」
シュリオス様が目を見開いて、立ち止まった。
「そういうところ、とは」
「うっかりでも、人の家族の悪口を言わないところです!」
「……そういうところもと言っていましたが、人の家族の悪口を言わないところ以外は、どこがお好きでしょうか?」
「いっぱいあります! お優しくてー、親切でー、心配性でー、ダンスが上手くてー、とっても紳士! 紳士の中の紳士!」
彼はもにょっとした笑みを浮かべた。おかしいわ、本気で褒めたのに、嬉しいには嬉しいけれど、嬉しくないことも言われたような顔をしている。ええー? 何か失礼なこと言ったかしら? 真実、素晴らしいと思っていることしか言ってないのだけれど。
シュリオス様は思い出したように歩きだした。んー、ゆらゆらが心地いー。抱っこもお上手! そうだ、微妙な褒め方をしてしまったようだから、もっとちゃんと好きなところを伝えておかなければ。
「この抱っこも好きですよー! ゆらゆらして、いい気分ですー。あ、でも、重くないですか? 私、細い方じゃないし、このドレスも手が込んでいて結構な重さがありますよね? あ、そもそも、足を挫いてないのです。降りますよ」
「全然重くないですよ。どうぞこのままで。ゆらゆらしていい気分、なのでしょう?」
くすりと笑って、背中を支える手で頭も抱え込まれて、彼の肩に頭がのる。ん。いい角度。シュリオス様のいい匂い。体の力が抜けていく……。
「もう少しで着きます。ゆらゆらを楽しんでいてください」
では、お言葉に甘えて、と返事をしたつもりだけど、もしかしたら声になっていなかったかも知れない。ゆらゆら揺れるぬくもりに、とろとろとしながら抱きついていた。




