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「セリナさん、ダンスがお上手ね、素敵だったわ!」
ラーニア様は珍しくはしゃいだ様子で、私の手を取って上下に何度も振った。
「シュリオス様のリードがお上手だからです」
「よかったわね、シュリオス、あなたのリードを気に入ってくれたみたいよ」
「彼女に踊り明かす約束をしてもらえました」
「まあ、素敵! 私も夫と足が痛くなるまで踊ったものよ」
「ご夫君もお上手だったのですね」
「ええ、それはもう素晴らしい踊り手で。出会ったのも、舞踏競技でのことなの」
同じ派閥であれば、身分違いの子爵家の次男でも公爵令嬢と面識を持てないこともないけれど、舞踏競技で知り合ったというのなら、他派との交流の場だったのかしら?
「もしかして、ご夫君は一族の代表に選ばれて?」
「ええ、そうよ」
「まあ、すごい!」
舞踏競技用のダンスは結婚前の若者のためのもので、激しい動きとかなりの技量を要求される。親しい人ばかりで、多少不格好でも笑ってすませられる場で踊るなら楽しいダンスだ。私もお友達や従兄弟たちと踊ったりする。
でも、他派閥の前で、うちにはこんなに将来有望な若者がいる、と誇示するために踊らされるのは、かなり名誉で、そして恐ろしいことだ。成功すれば派閥内で確固とした地位を築けるけれど、失敗すれば、その不名誉は一生付いてまわりかねない。
「そこで、私、眼鏡を落としてしまったの」
「えっ?」
あれ、飛び跳ねますもんね! 落としても無理はない。でも、初めての者同士で、四人一組になって踊るのに、眼鏡がなければ距離感が掴めないのではないのかしら? というか、ラーニア様ご本人が出場なさったの!? 名を売る必要のない名門公爵家の令嬢なのに!? それって、すごい名手だったってことでは!?
「カラカラカラと音をたてて転がっていってしまって、ダンスどころか曲も止まってしまってね。皆が私に注目している中で、彼だけが眼鏡を拾ってきてくれたのよ。『失礼、レディ、落とされましたよ』て」
「わあ~~~っ、それはもう絶対好きになります!」
「でしょう!?」
「素敵です~~っ!!」
ラーニア様に掴まれている手を、今度は私が上下に振った。
これが振らずにいられましょうか! だって、言うなれば敵ですよ!? たとえ女であっても、競い合うライバル! なのに拾ってくださったとは! どれだけ紳士なの、さすがラーニア様のご夫君!!
ラーニア様がグラスを取って掲げつつ、私にもすすめてくる。
「我が夫、ダグラスを讃えて!」
「ダグラス様を讃えて!」
「乾杯!」
「乾杯!」
勢いで、ぐいーっと一気に飲む。ふあー、おいしい! 公爵家はいいお酒を出していますね!
「それでね、結婚してからは夜な夜な踊って」
「ロマンチックですね!」
「二人きりがいいからって、音楽は夫がくちずさんでくれて。低くて柔らかい歌声が素敵だったのよ」
「素敵! 素敵! 素敵!」
「セリナさん、もう一杯いきましょうか!」
「はい、いただきます!」
「天国で神と共に私を見守ってくれているダグラスを讃えて!」
「ええ、必ず見守ってくださっているはずです!」
「乾杯!」
「乾杯!」
きゅーっと二人で呷った。ああ、やはりこのお酒美味しい!
「おばあ様、この場はほどほどに。夜は長いですよ」
シュリオス様が苦笑ぎみに、やんわりと諫めてくる。
はっ。確かにこれ以上飲むと、酒量をオーバーしてしまいそう。あんまり美味しくて、踊る約束を忘れるところだった。
「そうだったわね。今夜はセリナさんが泊まっていってくれるのだったわ。ね、そうよね?」
「はい。そのつもりでまいりました」
「でしたら、私は一度このへんで引き上げたほうがよさそうね。……セリナさん、また後でたくさんおしゃべりしましょうね」
ラーニア様が眼鏡を掛けて立ち上がる。
急なお話に驚いて私も立ち上がると、「そのままで」と止められた。
「しっかり楽しんでから、いらっしゃいね。年寄りの私に休む時間をちょうだいな」
シュリオス様へと顎をしゃくりつつ、目配せなさる。孫と約束してくれたのでしょう、と言われているのがわかった。
確かに、私達が踊っている間中、お一人で眺めていたら、お酒ばかりが進んでしまうに違いない。ここはしばらく別行動がいいだろう。
「はい。では、また後ほど」
ラーニア様を見送った。




