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しばらく無言で運ばれた。大広間とは反対側へと、きらびやかな廊下を奥へ奥へと行く。
公爵家ともなると、個別に休憩室なんか用意されるのね。しがない伯爵とは全然違う扱いなのだわ。
「セリナ嬢、一つお願いがあるのですが」
ひゃっ!? 耳に口を寄せるようにして名前を呼ばれると、くすぐったい! 抱っこされている関係上、しかたないのはわかるのだけれど、ちょっと気まずいですね!
「あ、はい! なんなりとおっしゃってください!」
騙していますしね! 騙していますしね! なにより騙していますしね! それでずうずうしく運んでもらって、おうちの人に怪我の手当てを……、そうだった、どうしよう、どうやってごまかそう……。
「手を私の首にかけてもらえますか? これから階段を下りますので、危なくないように」
「はい! はい! ……はい?」
別のことを考えていた反動で、とっさに大きく二度頷く。その間に言われたことを検討したせいで、不躾に聞き返してしまった。
ですが、え? 手をかけろと? ええ? この方の首に?
そうこうしているうちに、シュリオス様が階段の前で立ち止まる。
ええええと、ええええと、……待っていますね?
お待たせするのが申し訳なく、あわあわと手に持った靴をどうしたらいいか考えて、とりあえずスカートの襞の奥へぐいぐい突っ込んだ。それから急いで、体がくっついているほうの手を出して、おそるおそる指先を彼の肩にかけてみる。
「両方の腕で、私の首にまわすようにしてもらえますか、レディ?」
そう言って、抱き位置を上げてくれる。たぶん、手をかけやすいように。
ここまでされて、お断りできるわけもなく……。もう片方の靴もスカートの中に押し込んで、指示どおりに腕をかけてみた。
おおおおおおお顔が近い! お顔が近いですね! これは恥ずかしい!
さりげなくうつむいてみたけれど、そうすると体が近いせいもあってか、いい匂いが香ってきた。くんかくんかしたくなる匂い……。いい香水使っていますね、シュリオス様!
それに、本当ですね! こうすると階段を下りても安定感抜群です! 私、けっして痩せていないし、ドレスも重いのに、シュリオス様は重さを感じている素振りも見せないで、さらに颯爽と歩いていく。
……ヴィルへミナ殿下、いったい、この方の何がそんなに気に入らないのかしら? お顔? お顔なの? それだって地味だってだけではないの。むしろ、それ以外が素晴らしすぎるのに、お顔も良かったら神々しすぎて、近寄りがたくないですか?
私なんか、今、ぐるぐる眼鏡のおかげで、なんとか抱っこされていますよ。お顔がはっきり見えていたら、こんなに近くで無理。どきどきしすぎて心臓が口から飛び出してしまうわ。
階段を下りた先は庭で、そこを通り過ぎて別棟に入っていく。廊下の先のお部屋の前に立っていた人が、うやうやしく扉を開けてくれ、シュリオス様は歩みをゆるめることなく中に入った。
私をソファに下ろしてくれる。靴が、ぽとり、ぽとりとスカートの襞の間から落ちた。シュリオス様の従者が何でもないことのように拾って、足の横に置いてくれる。
うああ、男性に靴を拾わせるのも、靴を履いていない足を見られるのも、いたたまれないわあ……。
「キアズを呼べ。レディが足を挫いている。手当てを。それから、レンフィールド伯爵子息に妹御が怪我をしたと連絡を」
「あ、あの!」
思い切って口を挿んだ。医術の心得がある人を連れてこられたら、嘘だってすぐにわかってしまう!
「なんですか、セリナ嬢?」
「あの、実は、もう痛みが引いておりまして。手当てをしていただくまでもないようですの。お恥ずかしいお話ですが、慣れない靴で、少し転びそうになっただけだったのです。こうして連れてきていただいたおかげで、歩かないですんで、酷くならなかったようです。ありがとうございました」
よし、言い切った! 立て板に水でたたみかけましたよ!
「本当ですか? 遠慮をしているのではありませんか?」
シュリオス様は、また私の前で膝をついた。
えっ!? どうして足を掴むの!? ええっ!? やめて、やめて!! 足首さすらないで! 回してみないで! いやああああっ、持ち上げないで! スカートから足が出てしまうではないのー!! 顔を近づけてまじまじと見ないでちょうだい、やめてえええええーーっ!!
「こちらの足はなんともないようですね。ああ、失礼、そちらの足でしたか?」
「いいえ! いいえ! こちらです! ご覧のとおりなんともありませんのでーっ!」
ずりあがったスカートを、ばふんと上から押さえた。顔が熱い。
「どうぞお手をお離しになって……」
う、ううううう、恥ずかしくて泣いてしまいそう……。
「ああ、これは。私としたことが」
そっとという感じに足が下ろされ、スカートも丁寧に直してくれる。男性にスカートの裾を直してもらって、そのせいで倍恥ずかしいのに、シュリオス様が沈鬱な面持ちなので、何も言えない。
「レディにたいへんな失礼を。申し訳ありません」
深々と頭を下げられて、カシャンと眼鏡が落ちた。