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 んんんっ、指が頬を滑っていく感触がくすぐったい! それに、何だか恥ずかしいのですがーっ!? もちろん、心配してくれているだけなのはわかっているのですが!


 そっと彼の胸を押し戻し、離れながら、どぎまぎしたのを悟られたくなくて、話題を変える。


「ありがとうございました。もう目眩はおさまりました。あの、どうかそんなことをおっしゃらないでくださいませ。私も楽しかったです。素敵なダンスでしたわ。そうだ、ラーニア様のもとに行くのでしたね。きっと退屈してお待ちになっています。さあ、早く参らなければ」


 彼が小首を傾げた。その沈黙はなんですか!? 淑女らしからぬほどまくしたててしまった自覚はありますが!


 彼はなぜかおもむろに私の手を持ち上げると、指先に口付けた。

 なななな何故、突然、そんなことを!?


「あなたのお望みのままに」


 あぜんと目を見開くしかできないでいる私に、唇を離さないまま、微笑みかけてくる。ぐるぐる眼鏡の奥から、一瞬だけ緑の瞳が私を見つめているのが見えた気がして、ドキンと心臓が飛び跳ね、全力疾走しだした。


 うあー!! そういうところですよ! ほんっとうに! ほんっっとうに!! そういうところ! 距離感! おかしいですから!!

 ああ、もう、絶対、絶対、今夜は隙を見つけて、ラーニア様に、シュリオス様の女性との距離感のおかしさを相談しなくてはーー!!


 内心はものすごく取り乱していても、こんなに人の多いところで、オタオタできない。何より、人の悪さを発揮している彼に、そんな姿を見せるのは癪だった。

 なんでもないように、にこーっと笑みを形作る。だけど、それ以上動けない。何をどうしたらいいのかわからない! だって! 人の反応を楽しむように、チュ、チュ、と指に口付けを繰り返していらっしゃるんだものー!


「シュリオス様」


 横手から掛かった声に、彼が動きを止めた。

 ぎしぎし軋む首をめぐらせ、声のしたほうへなんとか向ける。ご立派な髭をたくわえた厳めしそうな紳士と、まさにレディとしか言えない華やかな女性がいた。


「そちらの美しいお嬢さんを、私どもにご紹介いただけませんか?」


 ……何されていたか、見ていらっしゃいましたよね!? そんなことをおくびにも悟らせない、見て見ぬ振りが完璧でいらっしゃいます。それがありがたいやら、かえっていたたまれないやら……。


 シュリオス様、なぜ私を見たままでいらっしゃるの!? お早くお返事してくださらないかしら!? 話題を変えたいのです、話題を!


 彼の口元から微笑みが消え、物憂げな溜息がこぼれた。


「セリナ嬢、少々お時間をいただいてもいいですか?」


 申し訳なさそうである。ああ、なるほど、彼らを、私の楽しい時間を邪魔する(やから)と見做したのですね?


 一族の長の嫡子が、意匠が揃いの高級なドレスと、見覚えのある宝飾を着けた女性を連れて歩いていれば(しかも婚約者とは違う人物)、気になって当然。それはもう、「誰ですか、その女」と聞きたくなるのも道理。

 こうやってシュリオス様に睨まれるのを覚悟で、わざわざ声を掛けていらっしゃるのだもの、この方たちは忠義に厚いご親族ですね! つまりは、シュリオス様の大切なお味方! 僭越とは存じながら、言わせてもらえるなら、私の同志!!


「ええ、もちろんです」


 むしろご挨拶させてください! 前のめりの心情で、思わず彼の手を握り返す。彼はかすかに頷き返してきた。


「紹介します。叔父のマティス伯と、その妻レディ・マティスです」

「お目にかかれて光栄です、レディ」


 慇懃に伯爵が腰を折り、夫人もそれに続く。正式に自ら名乗ってくださったのに応えて、私もご挨拶した。


「お父上のレンフィールド伯とは、法務省で議論を戦わせる仲なのですよ」

「まあ。父がいつもお世話になっております」


 貴族の義務で、年に数ヶ月、法の整合性を調べる仕事をしているから、それのことだろう。

 ……などという話をしているうちに、「私どもにもご紹介願えませんか?」という方たちが来た。その方たちのお名前をうかがって一言二言交わしていると、また新しい方が来て……。

 次から次に途切れることなくご挨拶にみえて、めまぐるしい。覚えることが多すぎて、頭が破裂しそう……。


 何組目だろう、シュリオス様がさえぎるように軽く手を上げた。それだけで、押し寄せていた人の波も、ぴたりと止まる。


「行きましょう」


 いいのかしら?

 シュリオス様は、遠巻きにしている人々に一切関心を払わず歩いていく。さすが公子。彼が忖度することなどないのだ。兄と私だったら、たとえ相手が親族でも「失礼」と断りを入れつつ行くだろう。


 じきに奥の階段に辿り着いた。ここから先に行けるのは限られた人だけになる。もうご挨拶にみえる方はいない。正直に言って、気が楽になった。

 ゆっくり上っていきながら、シュリオス様が口を開いた。


「煩わせてしまいましたね。申し訳ありません」


 そんなにしょんぼりしなくていいのですよ!? というか、やはり、私がいっぱいいっぱいなのを察してくださっていたのですね!? 私がもっと社交上手だったら、シュリオス様に気を遣わせたりしなかったのに。申し訳ないのはこちらのほうです!

 けれど、そう言ったら、きっともっとこの方は心苦しく思うのだろう。本当にお優しい方だから……。


「いいえ、ご親族の方々にご紹介いただけて光栄です」


 そう言ったのに、まだ気遣わしげに、彼の肘に添えた手の上に、手を重ねてきた。ぐるぐる眼鏡に顔を覗き込まれる。


「私が居ないところで何か困ったときは、遠慮なく彼らに助けを求めてください。必ず助けとなりますので」

「心強いですわ、ありがとうございます」


 実際は、一度ご挨拶しただけの親しくも何ともない方に、ずうずうしくそんなことをできるかは微妙だけれど。


「社交辞令ではありません。あなたに何かあったら、祖母も私も辛い思いをするのです。彼らは私の手足です。どうか、私に頼ることを躊躇わないでください」


 真剣な声だった。……そうですね、こんな小娘の私だって、ご恩あるシュリオス様のために何かできないかと思っている。親切で優しいシュリオス様なら、その何倍も気遣ってくれていてもおかしくない。その気持ちを無碍にしたくない。


「承知しました。必ず頼りにさせていただきます」

 彼の口元が、ほっとしたようにゆるんだ。一つ頷き、前方に視線を戻す。

 その視線の先にはラーニア様がいて、お話ししたそうに優雅に手招いていらっしゃった。

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