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「あら、ダンスがはじまったようよ」


 下から聞こえてくる音楽が変わっていた。


 シュリオス様が席を立って、私の前で片膝をつき、手を差し伸べてくる。

「セリナ嬢、お相手願えませんか?」


 もう眼鏡をして、準備万端ですね!? ですが、そうすると、ラーニア様がお一人になってしまう。無意識にラーニア様に目をやりつつ躊躇ってしまったら、ラーニア様に「行きなさい行きなさい」と軽く手を振られた。


「年をとったら、足腰が痛くて、踊りたいなんて思わなくなるのよ。踊れるうちに踊っていらっしゃいな」

「はい。……喜んで」


 彼の手を取る。本当は、私もシュリオス様と一度でも踊れたらいいなと思っていた。女性だったら誰だって、こんな素敵な紳士と踊ってみたいはずでしょう!?


 エスコートされて、ゆっくりと階段を下りていく。一つの音楽にのってたくさんの人がそれぞれに踊る様は、いつ見ても不思議な感じ。バラバラなのに、同じタイミングで体を揺らす。立派な衣装の何もかもが光沢を放っていて、なんてきらびやかなのだろう。これからあそこに交ざって踊るのだと思うと、ドキドキした。


 ホールに降り立ち、大きな手に腰を抱かれる。寄り添って、その大きな手がうながすままに一歩目を踏み出した。

 わずかなずれもなく、気持ちよく音に乗る。……信じられないくらい体が軽い! ステップの最後に、ふわりふわりとターンする頃には、思わず笑みがこぼれた。


 シュリオス様はなんてお上手なんだろう! 私までとっても上手になった気分。初めて一緒に踊ったなんて嘘みたい。少しも次にどうするか迷わない。アドリブのステップも、打ち合わせたように華麗に決まる。この爽快さったらないわ! ああ、楽しい!


 夢中になっているうちに、いつしか曲が終盤になっていた。残念。もっと曲が続けばいいのに……。

 曲が途切れて立ち止まった。少し乱れた息を整えながら、見つめ合って(見えるのはぐるぐる眼鏡だけだけれど)、笑いあう。


「セリナ嬢はダンスがお上手ですね」

「それはシュリオス様のリードがお上手だからです。私もこんなに上手に踊れたのは初めてです。会心の出来と言っても過言ではありません!」


 シュリオス様は、ははっと声をあげて笑った。


「そんなふうに言われたのは、私も初めてです。嬉しいです」


 もっと自信満々でもいい方なのに、そんなところは欠片もない、へにょっとした雰囲気に、胸の奥がギュンとした。


 え? なぜですか!? こんなにお上手なのに、誰も褒めたことがない? あ、ヴィルへミナ殿下の婚約者のせいで、あまりダンスをしない? そうよね、むやみと他のお嬢さんたちを誘うわけにはいかなし、殿下はシュリオス様を避けておられるし。

 こんなに嬉しそうなのは、彼とダンスをして私が楽しそうだから? あ、もしかして、そもそもダンスのパートナーを引き受けた時点で嬉しいとか?

 なんてことなの! シュリオス様みたいな素敵な紳士が、どうしてそんな不憫な目に遭わなければならないの……!?


「私でよければ、何曲でもお付き合いいたします!」

「本当に?」

「はい!」


 疑わなくってもいいんですよー! 何曲だって踊れるように、鍛錬しておりますから! ダンスは婚活の必須アイテムですからね! 踊り疲れてせっかくの出会いをフイにしないように、備えております!


 新しい曲が始まり、どちらからともなく踊りだす。


 ……あっ。いけない、駄目だったわ!


「申しわけありません! 三曲以上踊っていいのは、婚約者や夫婦、兄弟姉妹だけでしたね。ずうずうしいことを申しました……」


 続けて踊るのは、「親密です」と公言しているようなもの。いくら身内の夜会だからって、暗黙のルールは変わらない。

 興が乗ると兄と踊り明かしたりしていたから、ついそんなつもりになってしまったわ……。


 シュリオス様と踊り続ければ、殿下に喧嘩を売っているのと同じになってしまう。シュリオス様が殿下と関係を築いていきたいと思っているなら、とんでもない妨害になる。


「それなら私も同じです。あなたと心ゆくまで踊りたいと思っていますから」


 ドキッとした。シュリオス様ー! その言い方はどうかとー! ただ、もっとダンスを踊りたいと思っている、それだけのことを伝えてくれただけなのはわかっておりますが、他のお嬢さんなら、「私と親密になりたいとおっしゃっているのね」と誤解しかねませんよー!


「それでは、これが終わったら、一度、祖母のところへ行きましょう。しばらく休んで、ほとぼりが冷めた頃、また踊りませんか? なんなら、貴賓室で踊ってもいい。あそこならば、邪魔は入りませんから」


 本当はいけないのよね……。間に他の人とのダンスを挿まないで、一人の人とばかり踊るのは。

 けれど、それはシュリオス様もわかっていて誘ってくれているのだろう。だからこそ、他の人にわからないように、こっそりやりましょうねと言っている。


 私はつい噴き出してしまった。

 そんなに私と踊りたいですか!? ……そうですね! 私もシュリオス様と踊りたいです!


「はい、ぜひ!」

「セリナ嬢」


 嬉しげに名を呼ばれる。ええ、わかります。私の名前だけれど、それは返事であり、お誘い。――もっともっと楽しく踊りましょう、という合図。

 ぐいと腰を引かれた。体が密着する。背中を抱えられて、支えてくれる手が導くままに、仰け反る。


 くるり。くるり。くるり。くるり。くるり……。

 連続するターンに、浮遊感の中、周囲の景色は流れて、シャンデリアを背景にしたシュリオス様しか見えなくなる。まるで、輝く世界に二人きりみたい……。


 バイオリンの楽しげにうねる余韻で曲が終わり、足を止めた。シュリオス様が体を引き起こしてくださる。

 あら、まだ世界がまわっているわ。くらくらとして立っていられず、彼に寄りかかった。


「すみません、目がまわってしまって……」

「大丈夫ですか? 私こそいけませんでしたね。楽しくて、振り回しすぎてしまいました」


 心配そうに頬に触れられ、顔を覗き込まれた。

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