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 向こう側にフレドリック様、右手にラーニア様、そして私とシュリオス様が二人掛けの椅子に座る。テーブルには、飲み物や軽く摘まめるものが用意されていた。


 シュリオス様も眼鏡をはずし、テーブルの上の専用トレイに置く。それをなんとなく見ていたら、こちらに振り返り、目が合って、彼はにこりと微笑んだ。

 緑の瞳があまりに美しく、思わず見とれる。お目が悪いのだから仕方のないことだけれど、眼鏡で隠れてしまうのはもったいないと、いつも思う。こうして時々はずすのは、やはり鬱陶しいのでしょうね。


「グラスを取ってちょうだいな。乾杯しましょう」


 ラーニア様にうながされて、グラスを手にした。


「聖女のお導きでセリナさんに出会えた幸運を祝して。乾杯!」

「か、かんぱい」


 思いがけない乾杯の音頭に、一人だけつっかえてしまった、恥ずかしい! いえ、招かれてのことだから、歓迎にそんなことを言われてもおかしくないのだけれど、考えてもみなかったから……。


 急にフレドリック様がひどく咳き込みはじめた。あわててハンカチを取り出して口元を覆っているけれど、止む気配がない。首元の飾り襞やシャツが濡れてしまっていて、おそらく飲み物をこぼしたのだろう。


 手元も不如意で、なんとかテーブルに置こうとしているグラスが、ぶつかってカタカタ揺れている。とっさに私は立ち上がって身を乗りだし、グラスを取り押さえた。

 フレドリック様と視線が合って、わずかに目礼される。ラーニア様も立ち上がって、彼の背をさすりはじめた。


「あらあら、大丈夫?」


 ひとしきり咳き込んだ彼は、胸元でハンカチをぎゅっと握りしめて、頭を下げた。


「お見苦しいところを……」

「お気になさらないでください、大丈夫ですか?」

「え、ええ、落ち着きました。ですが、服が濡れてしまいましたので、これで下がらせていただきます」


 ひどく青ざめている。それに、小刻みに震えてもいるような?


「あの、どこか悪くされたのでは……?」

「いいえ! どこも! ぶ、不調法をはたらいて、恥ずかしく……」


 ますます体をこわばらせて、震えがひどくなっていますが!?

 シュリオス様がおもむろに眼鏡を掛けた。どうやらこの距離では、フレドリック様がよく見えていなかったらしい。


「手を貸そうか、フレドリック?」

「いいえ! もう大丈夫です!」


 フレドリック様が、さっと立ち上がった。さっきまでが嘘のように、頬に赤みがさしている。彼は優雅に腰を折った。


「中座することをお許しください、レディ。お会いできてよかったです。どうぞごゆっくりなさってください」


 感じよく挨拶をして、フレドリック様は止める間もなく出て行った。


「ごめんなさいね、セリナさん。フレドリックはそそっかしいのが玉に瑕で。優しくて良い子なのだけれど」

「誰でも時々やってしまうものですわ。せっかくお近付きになれたばかりで、残念ですけれど」

「これに懲りないで、仲良くしてあげてちょうだいね」

「ええ、……いえ、むしろお願いするのは、こちらのほうです」


 ラーニア様が苦笑した。


「そう堅苦しく考えないで。前にも、私の夫は子爵家の次男だったとお話ししたでしょう? フレドリックはあなたと同じ伯爵家の者でしたしね。我が家は能力のある身分の低い者と縁組みし、取り立てる役目を負っているの。付き合う相手の身分を問わないの。ね?」


 そうか。私が身分のことを気にすれば気にするほど、先代公爵の出自や、その血を引く現公爵や孫のシュリオス様の血筋も貶めてしまうのだ。

 しっかり頷く。


「承知しました」

「さあ、二人とも席に着いて。もう一杯いただきましょう。これでそそくさとお開きにしたら、フレドリックが気にするわ」


 また眼鏡を外したシュリオス様が、私にグラスを差し出してきた。ソファに腰を下ろして受け取る。


 ……兄弟仲も悪い感じはないわよね……? 取り繕ったって、よそよそしさは出るものだもの。義理の兄弟ではあるけれど、シュリオス様はフレドリック様を気遣っているし、フレドリック様はシュリオス様に敬意を抱いているようだったし……。でも、何か変……。


 とはいえ、それは公爵家のお家の中のことで、私ごときが首を突っ込んでいいことではない。

 そのことには胸に納めて、しばらくラーニア様やシュリオス様との会話を楽しんだ。

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