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 馬車を降りるといつもの正面玄関ではなかった。どうやら別棟のようね。もう驚かないわ、どれだけの敷地と建物があっても。なにしろ天下のジェダオ公爵家だから!


 それにしてもすごい。巨大な建物のすべての窓から煌々と光があふれている。エントランスだけで歴史と品位を感じる品々が飾られていて圧倒される。シュリオス様に手を引いていただいていなかったら、本当に入っていいのかしらって尻込みしそう。


 開け放たれた扉を通り抜けると、一瞬、光に目が眩んだ。

 いくつもいくつも連なるシャンデリア。幾万とも知れないガラス飾りが、幾千とも知れないロウソクの灯りを反射して、燦めいている。ああ、それに、天井が全面絵画!描かれているのは、たぶん建国記ね!


 あまりに広くて、ホールの果てが見晴らせない。そこを埋める人、人、人、人……。

 そういえば聞いていなかったけれど、今日はどのような集まりなのかしら?


 皆様、シュリオス様が入ってきたのに気付いて、つつきあっては振り返る。そこにぶらさがっている私にも視線が……。すれ違う人、すれ違う人、全員に、興味津々で見られているー!

 ペアルックで公爵ご子息直々に案内されていれば、気になりますよね。しかし残念ながら、私はけっして重要人物ではないのです!


 弁解してまわりたいけれど、レンフィールドはジェダオの派閥とは違うところに属しているから、知り合いがいない。だから、兄と食べ物や飲み物を摘まみながら壁際で過ごそうと思っていたのに、兄が一緒に居てくれないとは……。

 シュリオス様はああ言ってくれたけれど、主催者のご子息が私の相手だけするなんて、できるわけがない。誰か紹介してくださるとありがたいのだけれど……。


 前方に公爵ご夫妻が見えた。シュリオス様はまっすぐ進んでいく。わかっております、まずは主催者にご挨拶。それだけは避けて通れない礼儀です。

 密かに深呼吸、深呼吸……、落ち着きなさい、私、礼儀作法の先生の教えを思い出すのです……。


「セリナ嬢を連れてきました」

「よく来てくれたね、セリナ嬢」

「セリナさん、来てくださって嬉しいわ」

「お招きくださり、ありがとうございます」


 公爵と夫人に直にお言葉をいただいて、淑女の礼をとる。


「今夜は親族ばかりの気楽な集いですの。どうぞセリナさんも楽しんでいってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「母もあなたの到着を心待ちにしていた。顔を見せに行ってやってほしい」

「もちろんでございます。ご挨拶に上がりたいと思っておりました。ラーニア様はどちらにおいででしょうか?」

「私が案内しますよ」


 シュリオス様に手を差し伸べられ、ご挨拶するために離していた手を、再び預ける。


「では、父上、母上、おばあ様のところへ案内してきます」

「御前を失礼いたします」


 シュリオス様に連れられて、人がたくさん居るところをつっきって行く。進むだけで、眼前に居る方々が、さーっと()けて道ができていった。皆様、すっかり私に注目しているから、「失礼」と言うまでもなく退いてくれるのだ。

 そしてとうとう最奥にある舞台まで来てしまった。入り口の反対側! ホールを隅から隅まで歩いてしまったわ。今夜ここに居る方は全員、私の姿を目にしたのではないかしら? 意識的に湛えた微笑みが、そろそろ引き攣りそう。


 舞台から続く階段を上っていく。本来なら、高貴な人がお出ましになるためのものだろう。劇や歌が披露される舞台は、ホールの中央あたりに別にあったから、本当に貴人専用なのだと思う。

 登り切った二階の張り出しは広かった。一角に帳で仕切られた貴賓席がある。帳はすべて脇で留められていて、訪れた人に開け放たれていることを示していた。


 ラーニア様は座っていて、そのソファに寄り添うように、シュリオス様の義弟のフレドリック様が立っていた。

 眼鏡をしていないラーニア様が、美しく微笑む。


「セリナさん、いらっしゃい」

「ラーニア様! 本日はお招きくださりありがとうございます! それに、このお衣装も、ありがとうございます。私、お心遣いが嬉しくて……」


 少々感極まって、涙声で詰まってしまった。きっと、このドレスや装飾品でなかったら、こんな豪華な夜会に、この格好でよかったのかとか、本当に来てよかったのかとか気に病んで、おどおどしていたと思う。ラーニア様やシュリオス様が私のために選んでくださったものだと思ったから、堂々とホールを歩いてこられたのだ。


「まあ、まあ、あなたはすぐに泣くのだから……。こちらに来て、よく見せて」


 優しく手を差し伸べられて、思わず走り寄った。ラーニア様の足下で跪いて、その手を取る。ラーニア様のあたたかい手が握り返してくれる。きれいな緑の瞳が優しく細められた。


「思ったとおり、花の精霊みたいね。あなたのたおやかな美しさがよく引き立っていてよ。……ね、あなたもそう思うでしょう?」


 ラーニア様は傍らのフレドリック様に話しかけた。彼は愛想よく頷いた。


「はい。よくお似合いで、お美しいです」

「セリナさん、こちらは孫のフレドリック。フレドリック、彼女がセリナ・レンフィールドさんよ」


 ご紹介いただいたので、立ち上がってご挨拶を交わす。見知っていても、正式に紹介されないかぎり、知り合ったとは言えないのが貴族の世界だ。


「お噂は兄や祖母からかねがねうかがっています。お会いできて嬉しいです」

「私もご挨拶が叶い、光栄です」


 ううーん? こうしていると、ごく普通な方に感じられる。驕ったところのない、人好きのする方だ。正統な嫡出である義理の兄の婚約者に横恋慕するような、非常識な人には思えない。なにより、ラーニア様が紹介してくださるのだから、紹介に足る人なのだと思うし……。


「さあ、さあ、皆も座って」


 テーブルの三方を囲んで席に着いた。

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