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お父様、お母様、そんな微妙だったり微笑ましげだったりする目で見ないで! シュリオス様とはなんでもないのですよ! 婚約者のいらっしゃる方です! 祖母君の年若い友人を迎えに来てくださっただけです! お二人だってわかっていらっしゃるはずでしょおおおーーーっ!?
「さあ、行きましょう」
ええと、ええと、腰を抱かれて、手を繋いだままだと、あなた様の肘に手を添えられないのですが!? 本格的なエスコートって、こういうものだったかしら!? マナーの先生はどう言っていたのだったか……。
考えたいのに、手をにぎにぎされて、手繰り寄せていた記憶の何もかもが霧散する。
指から伝わる感覚が! なんだか艶めかしい!
あわあわして反射的に見上げたら、悪戯そうに笑っていた。
んもー! 人の悪さを発揮していますね!? この方は、もおおおおーー!!
あわあわプンプンしているうちに、流れるように馬車に乗り込んでいた。
バタンと扉が閉められ、はっとする。
狭い馬車の中で、二人きり!? あれ!? 今まで私、この方とどんなふうに話していたのだったかしら!?
気の利いた会話ー! 話題ー! 話題ー! 思い浮かばないー! 焦るー!
ドッキンドッキン心臓が鳴って、頭の中が真っ白になる。ど、どうすればいいのかしら……。
「セリナ嬢?」
話しかけてくださった、ありがたいー!
とはいえ、とっさのことで、か細い声しか出てこない。
「……はい」
「ああ、よかった。急に静かになって動かないから、本当に花になってしまったかと思いましたよ」
うっ。どうして、殺し文句しか吐かないの!? ほら、また、カーッと顔が熱くなってきて、どぎまぎしてしまうではないのー!
「じょ、冗談ばかり、おやめください……」
兄だったら、靴の踵で足を踏んでやるのに!
「冗談ではないですよ。冗談に聞こえるのなら、私の言い方が悪いのですね。……正直に告白すると、今夜のあなたは可憐すぎて、私も気持ちがうわずってしまって」
口元を押さえて、顔が少し横を向いたのは、照れて目をそらしたのかしら?
そんな態度を取られると、私も、もじもじしてしまう……。
彼の手が下ろされ、顔がまたこちらを向く。
「こんなに美しいレディを前にして、うまく賞賛の言葉が浮かんでこないなんて、紳士にあるまじき無作法ですね。申し訳ありません」
いえ、いえ、いえ、いえ、もうそれが殺人的な褒め言葉ですがー!?
ああっ、そんなにしょんぼりしないでください! 大きい方がしょんぼりすると、かわいい、……んんっ、いけない、いけない、どうしていつもかわいいなんて思ってしまうのかしら、こんなに立派な紳士に対して。でも、放っておけなくなる……。
思わず身を乗りだして、膝の上の彼の手を握る。
「そんなことはありません! こんなに褒めていただいたことはありませんもの。私こそうまく受け止められなくて申し訳ございません。褒められ慣れていなくて、照れくさくて……」
ああ、私のほうが無作法だった! 褒められるのも淑女の義務の一つ。冗談ばかりなんて言いながら、本気に取って、照れている私のほうが、駄目だったー!
あ、いいえ、シュリオス様は本気で褒めてくださっているのだった。だからこそ照れてしまったのだ。えーと、えーと、だから……?
彼の手を握っていることが、にわかに恥ずかしくなる。飛び退くように手を引っ込める。その手を、はっしと掴み取られた。
ひゃっ!?
口から心臓が転げ落ちるかと思った瞬間、彼の手がゆるんで、私は急いで自分の手を胸元に抱え込んだ。
「そうですね、身を乗りだして手を取り合っているのは、何かあったときに危ないですね。ですが、到着したら、今度は私があなたの手を取る許しをもらえますか? 今夜はずっと離さずにエスコートすると誓いますから」
ドレスを贈ってくださって(ラーニア様と連名ですが)、お迎えにまで来てくださって、エスコートを断るなんて、するわけがありません!
それに、初めての公爵家の夜会で、知り合いもいなければ、二人で壁際にいるはずだった兄もおらず、本当のところはとても心細いので、できるかぎり気を配ってくださるというのなら、こんなにありがたいことはない。
「はい。よろしくお願いいたします」
兄が共に行かないと知ってからの怒濤の展開から、ようやくほっとする瞬間が来た。
その後はリラックスできて、ここ何日か会わなかった間にあったことを、和やかに語り合っているうちに、ジェダオ家に到着した。