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「ああ、泣かないで! ごめんなさいね、私、いつも、気心の知れた人としかお話ししないから、社交にはうとくて。物言いがきついと言われているの。あなたとはすっかり仲良くなったから、つい地が出てしまったのよ」
仲良くなったと思ってくださっていたの!? それに、気心の知れた人の仲間に加えてくださっていた!? こんな、私利私欲のために、分をわきまえないことを申すような私なのに……。おかげでよけいに涙が出てきた。
ああ、もう、絶対、絶対、ラーニア様とシュリオス様のお役に立ちます! いつか必ず!
「嬉しいです……。私もラーニア様大好きですぅ……」
「ああ、もう、可愛い人ね!」
隣に座って、ぎゅうと抱きしめてくださった。
すぐには涙が止まらなくて、しばらくグスグス泣いてしまったけれど、すうはあすうはあと深呼吸して、なんとか涙を止めて、ラーニア様の体をそっと押し戻した。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「そう? では、お茶でもいただかない?」
私は、はいと答えて席を立ち、テーブルの横に用意してあるワゴンでお茶を注いだ。
ラーニア様は元の席に戻っておらず、カップをどこに置こうか迷った私に、「ここに」と目で示される。二つのカップを並べて置き、私もラーニア様の隣に戻った。
お茶はほとんど冷めていない。下に温石が敷かれているし、厚いティーコジーが被されていて(もちろんラーニア様の刺繍入り!)、ちょうど飲み頃。しかも今日は珍しい水色のお茶だった。ティーセットは青でまとめられている。素敵。
「とっても美味しいです」
ほうと感嘆の溜息をついた。
「笑顔が戻ったわね。よかったわ」
ラーニア様も笑顔になって、私は照れくさくなり、肩をすくめる。
お茶を飲みつつ、お菓子もいただき、……うん、人心地ついてきた。
「ねえ、あなたは建国記を信じている?」
「建国記ですか? 一応、ですが。うちも聖女の血を引いているそうなので」
昔々、魔王が現れ、世が乱れたという。そのとき勇者と聖女が立ち上がり、多くの人々と手を携えて、魔王を封印し、荒れた人の世を立て直して、この国を築いたのだと伝えられている。勇者は王になり、聖女は家臣と結ばれ、この国の礎になったのだと。
「魔王」が出てくるなんて、まるっきりお伽噺だ。でも、うちは聖女の血を引いているということで、なにかと引き立てられてきた家。「信じていない」とは口が裂けても言えない。
「そうね、レンフィールド家は聖女の家系の一つね。内緒だけれど、うちは魔王の家系なの」
「え!? 魔王は封印されて眠っているのではないのですか!?」
「そう、魔王を眠らせておくための家なのよ」
あ、そちらなのですね!
「では、もしかしてこのお屋敷のどこかに魔王が……」
ラーニア様は、にっこりとして、しー、と唇に指を当てた。私はごくりと唾を飲み込んだ。
そうですよね! 内緒にしていないと、魔王を起こして悪いことをしようとする人がいるかもしれませんものね!
「そういうわけで、うちは結婚相手の貴賤を問わないの。能力のあることが最優先。私の夫は子爵の次男でしたしね。能力のある者を養子に迎えて、王家と縁組みさせることもあるのよ」
「能力とはどんなものなのですか? 本当に魔法が使えたりするのですか?」
魔王の攻撃は、聖女や勇者には効かず、最後は聖女が魔王に触れると、魔王は体の力が抜けて跪いたという。
そんなすごい力を持った人が、未だに生まれてきているなんて! 魔法が使えるなら、見せてもらいたいものだわ!
「魔法ではなくて、体質だそうよ」
「体質?」
意味がよくわからなくて、鸚鵡返しに聞き返してしまった。
「ええ、そう。ですから、セリナさん、あなたも聖女の血を引く者なのだから、自分のことを『自分なんて』と卑下しては駄目よ。同じ力の片鱗を持っているのですからね」
「私がですか?」
魔法なんて使えたためしはないのだけれど。でも、真剣なラーニア様のまなざしに、私を励ましてくださっているのがわかる。
私に聖女の力が出なくても、私の子どもの子どもの子どもの誰かに、魔王を封印する力を持った者が生まれるかもしれないってことね! 私は私の精一杯で、血を繋ぐことが、まわりまわってお国のためになるということなのだわ!
「承知しました! 精進いたします!」
「もういつものセリナさんね。さあ、刺繍の続きをしましょうか」
「はい!」
刺繍も淑女の嗜みですからね! 腕を磨きますよ! 刺繍の腕前で誰かが見初めてくれるかもしれないし!
その後は、よけいなお喋りをした分も取り戻す勢いで刺繍を進めた。