表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カメラのある国

作者: 坂道

我が国、A国では、一部を除いてほぼすべての監視カメラの映像がライブ配信されている。


カメラ映像を世に出すか否かは任意ではなく、カメラ所持者は例外なく法律によって配信の義務が課される。これは正義感のあふれる大統領が5年ほど前に犯罪抑止を目的として制定したものだ。一般的には配信義務法と呼ばれている。


『Surveillance video Distribution Service』通称『SDS』。

政府が運営するこの映像配信サービスは、国民自身のナンバーと任意パスワードで簡単にログインできる。あとはワードや地域検索やらで視聴したいカメラ映像を探せばよいのだ。


また、SDSには監視AIなるものが存在する。彼らは無数の配信映像の中から犯罪行為を即座に発見し通報することを仕事としている。このAIが通報した犯罪の検挙率は軽重関わらず99%にまで及んだ。

なんとも素晴らしいことである。


映像配信と監視AIのタッグによる犯罪抑止効果も確かなもので、ありとあらゆる犯罪の発生率低下に繋がった。万引き、通り魔、強姦、殺人、放火…あげればキリがないが、それらは法律制定前に比べて限りなく減少した。やはり、事件を起こすことよりも捕まることへの恐れが勝つ卑怯者は数多く存在しているらしい。

当然の流れではあるが、誇らしいことに我が国は数年足らずで世界一犯罪の少ない平和な国となった。


大統領の政策は、この面だけ見れば大成功と言えるだろう。それを示すように、現在も彼は圧倒的な支持率でトップの座に君臨している。


しかし、この法律の犠牲となったものもあった。

一つはマスコミ。

AIによる通報の内容は、性犯罪に関わるものなどの一部を除きリアルタイムで公開されており、国民は事件の様子がライブで見られるようになった。専門家やコメンテーターの主観によるおかしな意見や推理を聞く事もなく、興味のある事件を選んで生の情報を見ることができるのだ。当然、報道番組の視聴率は低迷した。

また、著名人のゴシップについても、監視が趣味の暇な連中により無数の情報がネットで拾えるようになった。その結果、週刊誌やワイドショーは用済みとなったのだった。


二つ目は観光業界。

いつでも名所を配信で見ることができるようになったため、旅行に行かずとも満足する国民が少なからず出てきたのだ。(かくいう私も映像だけで満足してしまうたちである。)

そうすれば、これをチャンスだと考え「家で楽しむ経済的な旅行」などとうたって後押しし、配信映像をVR化するような自社商品を宣伝する企業が生まれるのは必然だった。

もちろん、直接行かなければ、という熱心な旅行者も大勢いるが、業界へのダメージは無視できないものだったようだ。


法律の制定により大きな被害を被ったのはこの二つだけではないが、彼らを中心に脱監視社会を掲げる徒党が組まれた。反配信法団体と名乗るその組織は、2年ほど前から政府に抗議している。現在に至るまで一向に勝つ気配は感じられないけれども。


また、ある面では大きな社会問題とされることも起きている。

配信義務法制定後、国民は外見により一層気を使うようになった。ある者は、今この瞬間も優秀なスカウトが見ているかもしれないと考え、またある者は、不特定多数に映像として姿を見られることで芸能人気分を味わった。面白いことに、そこらの道端でファッションショーの真似事をする連中まで現れた。

このように、一見ポジティブな効果を生み出したかのようにみえるが、そんなふうに思えるのは自分の外見にある程度の自信がある人々だけだ。自信がない者たちはカメラに映ることを恐れ、プライベートな空間に引きこもるようになったのだ。こうして法律制定後は、ヒキコモリと呼ばれる者たちが大量に発生した。


しかし、正義感あふれる大統領にとって、それらはささいなことだった。

一部の経済低迷がなんだ、社会問題がなんだ。そんなことより犯罪が起きないことの方がよっぽど重要じゃないか。平和こそ国にとって一番の財産だ。国民も私と同じ思いに違いない。私の支持率がそれを物語っているだろう。

これは何度も彼が口にしたセリフだ。


なぜ知っているかって?

実は、配信義務法案を大統領に提言したのは何を隠そうこの私だ。今ではその功績が認められて副大統領を任されている。大統領にとって、私は最も信頼のおける男というわけだ。




5年と少し前、まだ何の肩書きもない一端の議員だった私は、次期大統領に相応しい人物を見定めていた。


A国では、議員であれば誰でも大統領に立候補でき、選任自体も国民投票によって決まる。そのため、ある程度の国民人気さえあれば、学歴だとか、高尚な血筋だとかを持っておらずとも国のトップになりうるのだ。

しかしまあ、あんな面倒くさそうで誰よりも目立つ仕事、よくもやろうと思えるものだ。


さて、私の目的は、大事に暖めてきたこの法案を、次期大統領に取り入って代わりに政策として打ってもらうこと。

そうなると、次の大統領は正義感が強くて、少し頭の足りない単純なやつがいい。そのような者がいないものか…。当時私はそう考えていた。

そこで彼に出会ったのだった。


ひときわ人の目を惹き、正義を振りかざして街頭演説をする中年の男。外見も良く、女性人気も得られそうだ。なにより彼の言葉には人を納得させるような、えも知れぬ説得力があった。

彼は演説で戦争反対うたい、絶対的平和を実現すると力強く語っていた。

話を聞くと、彼の両親と兄弟は戦争で亡くなったようだ。

ははあ、これはいい人材を見つけたぞ。


A国は少し前まで、何かと戦争を起こしたがる好戦的な国だった。そのうえ核兵器で近隣国を脅すことも好んでいたようだ。

そのせいで自他国問わず幾人もの人々が犠牲となり、数えきれぬほどの恨みを買った。

やがて他国は連盟を組んで我が国にお灸をすえ、A国は少しばかり大人しくなったのだった。

まあそんな経緯があるからこそ、あの男のように戦争を憎み、正義を第一に政治家を志す者も増えた。

そして、そういう者はたいてい国民の共感を得やすいため、人気が出る。

私はさっそく彼に近づく算段を練るのだった…




おっと、少し余談が多くなってしまった。

話は現代に戻るが、今日も私は生配信中のつまらない議会に参加している。

サイトの運営は映像の視聴数を確認することができるのだが、議会配信の人気は正直言って全くない。残念なことだ。国民は政策が出来上がる過程には関心がないのだろう。

しかし、議員たちは見られている意識があるのだろうか、意外にも真面目に取り組んでいる。


「反配信法団体から、カメラ配信についての抗議文が◯月◯日付であがっております。今日の議題はこの対応方法についてとさせていただきます…」


また今日もこの議題。まったくもってつまらないが、他に議論するものがないということは平和の証だろうか。

世論の敵意を煽らないよう当たり障りない意見があがっては、うーんと唸り、そんなこんなで本日の議会も終了した。


このように平和を肌で実感するようになってから、おおよそ1年になる。私は、とある人物に連絡をとった。


「お父さん。そろそろ計画を進めても良い頃合いだと思われます。」



それが合図だった。



さて、今日は美味いものでも食べに行くとするかな。

私の胸はいつになく高鳴っていた。

今夜だ。ついに、この時が来たのだ。


高級ステーキを頬張りながらも、私はこれからのことをぼんやりと考えていた。こういう時ほど鋭い思考にはならないものだ。

周りを見渡すと、みんな呑気に談笑している。


自宅に帰ると、私は迫る作戦開始時刻に向けて準備を始めた。と言っても、もはややるべきことなど、今後の流れの反芻と精神統一くらいか。

いやしかし、この数分間はいつもより何十倍も長く感じる。滲み出る額の汗を拭いつつ、コーヒーで一服しながらその時を待った。




そして時はきた。午前0時ちょうど。


携帯電話に大量の着信がきているが、一旦無視しよう。

少ししてテレビをつけてみるが、どのチャンネルに切り替えても同じことを報道している。

よしよし、計画通りだ。


『本日午前0時、監視カメラ映像配信サイト、SDSがサイバー攻撃を受け、サーバダウンしました。復旧の目処は立っていないとのことです。警視庁によりますと、他国ハッカーによる攻撃であるとみて調査を進めており…』


さて、この間も携帯電話が鳴り続けているため、いいかげん応答することにした。


『副大統領!やっと出てくれましたね…。報道見ましたか?SDSシステムダウンの件で、臨時議会が開かれます。ただちにこちらへ来てください。』


私はすぐにタクシーを手配し、職場へ向かった。

もう何年も感じていなかった期待、希望、興奮…様々な感情が入り混じり、私はかつてないほどの胸の高まりを覚えた。


臨時議会では、全力を尽くして復旧を目指すこと、必ず犯人を見つけ出すことの二点を伝える会見を開くことが決定しただけだった。

この老人達にシステムのことなど理解できるはずもなく、実際の対応は現場の専門家たちに丸投げするしかない。

しかし、なんだかんだ言ってもすぐに解決するだろうと、皆どこか楽観的にとらえていた。


ところが、数日経ってもSDSが復旧することはなかった。

当然だ。相手のハッカー達は世界中から引き抜かれた精鋭部隊なのだ。こんな平和ボケした一国の技術では太刀打ちできっこない。



SDSが停止して数日足らずで、この国の犯罪率は急激に上がった。想像以上の上がり幅だ。

一時的の可能性もあるが、SDS開始前よりも遥かに治安は悪化した。

卑怯で卑劣な奴らが水を得た魚のように最低な行動を開始したのだ。

奴らを捕まえようにも、作られた平和に慣れてしまった国民は、SDSが復旧するのを震えて待つしかない。また、SDSという存在により警察も大幅な人員削減がされていたため、この状況を前にただただ頭を抱えるのみだった。


ここまで計画通りに事が進むとは。

A国の国民性など、やはりこの程度だったというわけだ。監視役がいなければ何でもかんでも好き放題。そうでなくても、自分に被害が及ばなければいい、きっと誰かが解決してくれるに違いないと考えている。


SDSで作られていたのは表面上の平和である。根底の問題は何も解決できていなかったのだ。腐った性根というこの国における一番の問題は。


大統領はここ数日かなり苛立っていた。

SDSは復旧の目処なし、急激な犯罪率の上昇、連日に渡るマスコミからの追及。

今日も彼はこの件の担当議員に怒鳴り散らしていた。


「なぜ復旧しないんだ!SDSさえ稼働すれば全ては解決すると言うのに。現場の連中は何をしている!」


「も、申し訳ございません。一時的に復旧したとしても、すぐにまたサイバー攻撃によりシステムダウンされるという状況で…。」


「ならばそいつらを捕まえればいい話だろう!」


彼は机を思い切り叩いて大臣に詰め寄る。あーあ、かわいそうに。


「それが、捜査の方も難航しておりまして…。何人もの他国ハッカーが、それぞれの国から攻撃を仕掛けているようで…」


「もうよい!下がれ!!」


大統領は頭を掻きむしり項垂れた。ここまで憔悴した彼は見たことがない。

私は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。

彼には悪いが、私はもう何年も前からこうなるように行動してきた。恨むのなら、あの時私に選ばれてしまった自分の不運を恨むんだな。





私はこの国を心底憎んでいる。

最愛の妻と息子は、A国に殺された。


元々A国出身だった私は自分の国に嫌気がさし、近隣のB国に移り住んで平凡な日々を送っていた。

そんな中、妻と出会った。誰もが羨むロマンスなどではなかったが、順調に彼女との愛を育み、やがて結婚して子供をもうけた。

平凡だが、幸せな暮らしを送っていたのだ。私の人生で、最も重要で、大切な時間だった。



ある時A国は、B国のある女性とその幼い子供を拉致した。目的は単純、B国を脅すためだ。

彼女は、B国で次期大統領と呼び声の高い議員の、たった1人の娘だった。

A国の要求は、多額の身代金と一部領海の明け渡し。議員はこれに応じるよう当時のB国大統領を必死に説得したが、大統領は要求を拒否した。国のためには仕方なかったのだ。

憤慨したA国は、冷たくなった被害者2人の体をその議員の元へ送りつけた。


養父と私は2人の亡骸を抱きながら、A国への復讐を誓った。


やがてB国の大統領となった養父と、その秘書である私は例の計画を実行に移すことになる。


A国の国籍を持っていた私は、養父の力を借りてA国の議員の座を手に入れた。

このままA国の大統領になってしまえとも少し考えたが、あの役目は目立ちすぎる。B国大統領の義子であることは、バレてはいけない。B国に迷惑はかけられない。


そんな思惑の中、私は後のA国現大統領である彼を見つけたのだった。




「君、いい案はないか…。」


大統領は、視線だけこちらに向けて、私に縋るように問いかける。


しばらくはこのSDSシステムダウンで、A国は混乱と不安で渦巻くだろう。反配信法団体なんかも、ここぞとばかりにより活発化するに違いない。


私は大統領に穏やかにこう答えた。


「正直、SDSを諦めるのも一つの手かもしれません…。しかし、SDS代わる政策として私に考えがあるのですが…」



新しい一手は考えてある。

この五年間、考える時間は十分にあった。

また次も、彼の正義感を刺激する施策を打ち出し、効果を実感したところでそれを破壊する。

外側を一撃攻撃するよりも、内側からジワジワと壊していった方が再起するのに時間がかかるのだ。


大統領は今回も私の提言を受け入れるに違いない。

なんせ私は、彼が最も信頼する男なのだから。





許さない。

私が生きている間は、絶対にA国の繁栄など許さない。こうして緩やかに、不幸な国へと堕ちていけばいい。

他に迷惑をかける事なく、自らどん底へ沈んでゆけ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ