設定
ワンルームのフローリングである。
板の間に布団を敷いたら冬場凍える。
僕は僕一人が寝られる小さなベッドで寝ている。
小さなベッドは僕の希望でもある。
あまり大きなベッドを導入しても部屋が狭くなってしまうからだ。
小さなベッドに文句はない。
女体化して身体が小さくなったのでベッドが大きいくらいだ。
だがそれは『一人で寝る場合』限定の広さだ。
今日からこの部屋に三人が寝泊まりする事になっている。
神は寒さに強いんだろうか?
布団や毛布すらない板の間で眠れるのだろうか?
そんな事を思っていたら女神二人がベッドに入り込んできた。
「ちょっと!狭い!狭すぎる!」
「ごめんね、冷え性なの」
「奇遇ね、私もなの」
新事実、女神は冷え性だった!?。
僕はその日潰れながら寝た。
どうしよう、これ以上ベッドは部屋に置けない。
もう少し大きなベッドを置いて、今のベッドを捨てるくらいなら出来るかな?。
でも新しいベッドも買うお金ないし、粗大ごみを捨てるにもお金かかるし。
取り敢えずは我慢して三人で寝るしかない。
ただその時僕は気づいていなかった。
寝間着を羽織っただけの薄着の美女二人がベッドに入ってきたのだ。
男だったら「何だ、このエロゲみたいなシチュエーションは!?」と興奮するはずだ。
なのに僕はこの時「狭い!寝にくい・・・」としか感じなかった。
風呂に入った時もそうだし、とにかく接触や肌を見ても性的な視点では捉えず「迷惑な事」として感じている。
一緒に風呂に入る時、二人の裸を見た。
よく考えれば、全く興奮しなかった。
それどころか「いいなあ。プロポーション良くて」なんて思っていた。
冷静に考えてみたら大事件だ。
僕は何を羨ましく思ったのだろう?。
「プロポーション良くなりたい」と思ったんだろうか?。
半分寝惚けながらそんな事を思っていた。
しかし半分寝ながら考えていた事は次の日の朝には全く覚えていなかった。
~明けて日曜日~
身体の節々が・・・痛くはないが、イメージとしては『部品にオイルが注されておらずギシギシいっている』という感じだ。
もちろんただのイメージで僕は機械の身体ではないし、オイルも注してはいない。
だが、小さなベッドで動けなかった事で身体が固まってしまったように感じる。
「今日の予定は」
僕は凝り固まった首を回しながら言う。
「今日は学校に行きます」と響子さん。
「今日、日曜日だよ?。
行ってどうすんの?」僕がトースターで食パンを焼きながら言う。
「昨日行くつもりだったんだけど、凛の服がなくて外に出れなかったからね。
今日は三人の高校への編入手続きをしないと、明日学校に行けないでしょ?。」と三葉さん。
「今日、日曜日だから部活動の生徒と顧問の先生以外は誰も学校にはいないよ?。」と僕。
「じゃあ教師達には『神通力』で日曜出勤してもらおうか。」と響子さんが血も涙もない事を言う。
「ところで僕、在校生なのに何で編入の手続きしなくちゃいけないの?。」
「籍があるのは『大文字大五郎』であって『各務凛』じゃないわよ?。
『神通力』で学籍がなくても学校に通えるようにしても良いけど、それは誤魔化しでしかないの。
学籍があって、どんな状況でもちゃんと通えるほうが良いでしょ?。
例えば後で神通力が消えたとしたって、学籍があればちゃんと卒業まで学校に通えるのよ?。」と響子さん。
二人はその場しのぎじゃなくて、少しは先を考えているようだ。
きっと二人にとってこういったシチュエーションは初めてではないし、こういったシチュエーションを何度も見たり聞いたりした事もあり「こうした方が上手くいく」という考えがあるので僕が浅知恵を披露する必要は全くないのだろう。
僕は二人の女神の言う通りにする事にした。
二人であればそこまで僕を無視した酷い事はしないだろう。
神々なんて人間の都合なんて聞かない事の方が多い。
「人間の種を壊滅させるために大洪水を起こす」これが『ノアの方舟』の始まりの物語だし、神々によるハルマゲドン(争いを止める手段)は人類を絶滅させる事だったりする。
殆どの神々は人間を殺すどころか絶滅させる事にも何の感情も動かさない。
確かに『TSFの神』は僕を勝手に女の子にした。
でもその後、「一緒に住んでそのアフターケアもする」と言う。
そして神である事を偉ぶるでもなく、僕に気遣いを見せている。
わかっている。
酷い暴力をふるうヒモ男が時々優しくなり、金づるにされているバカな風俗嬢が殴られて顔を腫らしながらも「あの人、時々優しいんです」などと周りに止められながらも貢ぎ続ける・・・それと同じで一度酷い目に遭わされたら、どれだけ優しくされても許すべきではないのだろう。
だが僕はこの二人の女神を信じようとしている。
バカげた話だと思う。
「今までボッチだったから少し構ってくれた人を信じているんじゃないか?。」と言われれば返す言葉もない。
だがもう信じると決めてしまった。
二人の分のハムエッグを作りながらその日の予定について話し合う。
結局僕は自分の料理を味わってくれる存在が欲しかっただけかも知れない。
高校に行く事になった。
「編入試験は受けなくて良いのか?」と疑問に思ったが、受けた事になっているらしい。
二人は編入試験を満点合格、僕はギリギリ合格したという設定だそうだ。
「待てや、どうして僕だけアホの設定なんだよ!。」と文句を言ったら、
「嘘を隠すために更に倍嘘をつかなきゃいけなくなるの。
設定を盛ったらそれを隠すために更に沢山の嘘をつかなきゃいけなくなるわよ。
『神通力』を使えば幾らでも嘘の設定を作れるけど嘘をもっとつかなきゃならなくなるのよ?。
君は友達に嘘をつきたくないタイプに見えるから設定はほとんど盛ってないし『天才』っていう設定ははずしたんだけど、ダメだったかしら?。」と響子さん。
僕はどうも『君のため』と言われると、そのあと何も言えなくなってしまうようだ。
響子さんは僕を「友達に嘘はつけないタイプ」と言っていたが、厳密には「友達なんていないタイプ」だ。
「じゃあ良いけど・・・。」僕は結局モゴモゴとその設定を了承した。
『嘘を隠すために更に嘘をつく』と先ほども言っていたが、それはあながち冗談ではないようだ。
僕は食事をしながら「どういう設定になっているのか」という説明を受けた。
女神二人は二卵性の双生児。
今まで島根にいた・・・という設定らしい。
僕は群馬の山奥で生活していた・・・という設定らしい。
二人は幼い時に父親を交通事故で亡くしている。
逆に僕は母親を病気で亡くしている・・・という設定らしい。
僕の父親と女神二人の母親は再婚して僕ら三人は姉妹になったらしい。
それで父親のソマリアでの仕事に母親がついていく事になったので僕たち三人は東京に残されて、東京の高校の編入試験を受けた。
なので三人は姉妹という事になっている。
聞いておいてよかった。
二人はいとこって設定だと思っていた。
「最初はいとこって設定だったんだけど、もっと三人の心と身体の距離を小さくしたかったの。」と三葉さん。
どうやら僕が『人の温もり』に飢えている事はバレているようだ。
誰かに二人の事を聞かれても「今まで別に暮らしてたし、あまり詳しい事は知らない」と答えろとの事だ。
しかし僕にも懸念はある。
「確か兄弟姉妹は同じクラスにはならない・・・って決まりあったよね?」と僕。
「え、そうなの?」と響子さんと三葉さんは顔を見合わせている。
あ、コレ知らなかったんだ。
「じゃあ神通力で姉妹が同じクラスでも誰も違和感を抱かないようにしておくね。」と響子さん。
何でもアリだな。
でも文句はない。
コミュ障で友達もいない。
休み時間には一人ぼっちなのを隠すためにいつも机に伏せて寝たふりをしていた。
だから二人と同じクラスになるのが楽しみでしょうがなかった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
このやり取りがたまらなく嬉しい。
僕はやっぱり人のぬくもりに飢えていたんだろう。
朝食の後片付けをした後、高校に行く準備をする。
ついクセでいつも着ている男物のブレザーとズボンを履こうとしたが、足を通した後に裾が長過ぎて転びそうになって気がついた。
もうこの制服は僕が男に戻らないと着る機会はないんだ。
でも積極的に男に戻る方法を探そうとは思わない。
と言うか、性別を変える事が出来るのはきっと神だけなのだろう。
なのに頼みの『TSFの神』が「性別の戻し方を知らない」と言っているのだから、神ならぬ身である自分にはお手上げだ。
「他の神から性別を戻す方法を聞いた」
「性別を戻す方法を思い付いた」などと三葉さんが言うまで僕は待つしかないだろう。
僕が色々考えながら男物の制服を眺めているのを見て、響子さんと三葉さんは僕が「女物の制服の着方がわからないんだ」と思ったらしい。
「じゃあ、凛が制服を着る手伝いをしましょう!。」二人はテキパキと僕の着ていた寝間着を脱がせた。
そして、僕はあっという間にパンツ一枚だけの姿になった。
「いや、スカートは履いた事ないけど、ブレザーなら毎日着てたし、Yシャツも多分着れる。
わからないのは胸のリボンの付け方・・・多分スカートは履ける。
腰でホックはめるだけでしょ?。」僕は慌てて言った。
覚悟は決めたとは言え、他の人に女性の服を着せられるのはやっぱり照れ臭い。
「いや、違うのよ。
制服の着方はそんなにややこしくないの。
だけど凛、あなたその下の下着とかの付け方わかるの?。
寝間着の下はパンツとTシャツだけで、そのTシャツも脱いで洗濯するんでしょ?。」と三葉さん。
わかってた。
わかってないフリをしていただけだ。
僕は覚悟を決めて目を固く閉じた。
「?」
ブラジャーは嵌められない。
タンクトップのようなシャツを着せられただけだ。
「え?何で?これ何?」僕がマヌケな声を出す。
「何って・・・ブラトップのタンクトップだけど・・・。
ブラつけるのイヤなんでしょ?。
胸も小さいしイヤだったらいきなりつけなくてもしょうがないよ。
でも付けなきゃいけない場面もあると思うから、覚悟しといてね。」三葉さんに諭すように言われる。
本当に僕に嫌がらせをしている訳じゃないのは分かっている。
「体育の授業もあるからスポーツブラで良いから付けれるようになろう」と響子さんにも言われる。
僕は今回はブラトップのタンクトップを制服の下に着た。
忘れていた。
響子さんは『ラブコメの神』だ。
風紀委員ではないのだ。
僕はパリっとしたYシャツを着るのかと思ったら、ブラウスを着せられた。
しかもスカートを履いた時に、
「ちょっと野暮ったいのよね。
少しスカート、折りましょうか?。」と言われた。
スカートを履くだけでも抵抗があるのに、響子さんは「スカートはもう少し短くしましょう」と言う。
「勘弁して下さい。
このままスカート履かせてください。」僕は懇願する。
しかし響子さんは「ちょっとスカート折ったほうがお洒落だし、足が長くみえるのよ。」と言った。
僕は根負けして内側にスカートを一回だけ折る事にした。
内側に折ったのは「内側に折った方がポケットが使いやすいから」という名目で外側に折るのと違い、スカートが一回しか折れないからだ。
内側に折る限り、そんなにスカートを短く出来ない。
こうして僕は制服を着た。
響子さんと三葉さんもほどなく制服に着替えた。