着せ替え
「ただいまー」
女神達が帰宅した。
僕はフテ寝の真っ最中だった。
下品な言い方かも知れないが『TSF』という状況は『メチャシコ』だと思っていた。
でも実際『TSF』してみると『シコ』ろうにも『シコ』る現物がない。
「色々買ってきたよー。
合わなかったら返品しなきゃいけないんだから、着てみようよ。」と響子さん。
「・・・そうだね。
ズボンとか裾上げしなきゃいけないだろうし。」僕は気を持ち直して立ち上がった。
「ズボン?
ズボンは買って来なかったよ?」三葉さんが首を捻りながら言った。
男の全身コーディネートをする時「ズボンを買わない」という事はほとんどない。
スコットランドの民族衣装でバグパイプを吹く時、男でもスカートをはくらしいが、スコットランド人を除いて、男の全身コーディネートでズボンを選ばない事はない。
『腰簑』『袴』などズボンの代わりを身につける文化はあっても、それはあくまで『ズボンの代わり』であり『スカートの代わり』ではない。
「もうダメかも知らん。
もう生きる気力がわいて来ない。」僕は初めて泣き言を言った。
「スカートだって悪い物じゃないよ!。
履いてみれば新しい道が開けるかも知れないよ。」慌ててフォローを入れるように三葉さんが言う。
僕だって『何かが目覚めそう』『何なの?このメチャシコなシチュエーション』と最初は思ったよ?。
でも目覚めるべき性のシンボルがない状況じゃ何も出来ないじゃないか!。
『メチャシコ』だったら多少恥ずかしいのはしょうがない、我慢しよう・・・と思っていたら『シコ』れず恥ずかしい『スカートを履く』てシチュエーションだけが残った・・・ここは地獄か!?。
これを全部洗いざらいブチ撒けてれば、少しはスッキリするんだろうけど言えずに口の中でモゴモゴ言うだけ・・・それが『陰キャ』だ。
結局、二人の女神には僕の不満も気持ちも一切伝わらなかった。
僕は虚ろな着せ替え人形のような状態だった。
僕は次々に服を着せられていたが抵抗する気力すら残っていなかった。
確かにお洒落着の中にズボンはなかった。
だが普段着の中にはスウェットや半ズボンもあったのだ。
外出着でスカートを履くのは覚悟していた。
というか制服が既にスカートだし。
私服で街に出る気も全くなかったし。
月に一回か二回、私服で外に出なくてはいけない事があったとして・・・その外出着がスカートだ、というだけの話である。
もちろんその外出着もズボンで良かった。
でもズボンは裾上げとか、本人が来る時の方が都合が良かった・・・それだけの事だ。
『ラブコメの神』も『TSFの神』も悪魔ではない。
本気で「僕のためにならない」というような事はしないし、「僕が嫌がる事」も基本的にはしない。
「性転換したじゃねーか!」と思うだろうが、二人は本気で「性転換したほうが凛は幸せだ」と考えている。
それが二人を僕が部屋にいさせている理由でもある。
確かに二人の『神通力』は僕にとっては必要だろう。
だが、僕が一緒に住んでいるのには『二人に悪意がない』というのが一番大きい。
その上『凛のため』というのを本気で考えている。
そうでなければいくらメリットがあっても一緒に住みたくはない。
そんな信頼出来るほど長く一緒にいた訳ではない。
だが、そこはさすが『神』といったところだろうか?
少しのやり取りで『この二人は僕を騙す事はない』と確信出来た。
僕は見覚えがある制服を着せられた。
見覚えがあって当たり前、下はスカートだが僕が着ていたブレザーとほとんど同じだからだ。
違いと言えば、濃い赤いネクタイがリボンになっている事と、ブレザーとシャツの間にチョッキのような物を着る事だ。
このチョッキは一体何の意味があるんだろうか?。
僕が不思議そうに見ていたせいか響子さんが「下着が透けるのを見えないようにそのチョッキは着るんじゃないかと・・・。」と答えた。
「なるほど」と思ったが、同時にこの時に『女神は心が読める説』が生まれた。
この後、僕は女神の二人と目が合うと心を読まれないように頭の中で『春のうららの隅田川~♪』と歌った。
本当に女神が僕の心を読めるなら、女神は何度も僕に『春』の歌を聞かされたはずだ。
それはそうと、制服や外出着、部屋着、普段着などすべて今着ている服の上から試着した。
つまり僕はまだ女性用下着を着用していない。
おそらく着けて見たらそんなに違和感はないのだろう。
ちょっと前に、我慢しきれずちょっとおしっこを漏らしてしまった事がある。
パンツが濡れてしまったので、パンツを脱いでズボンを素肌に直接履いた。
違和感を感じるのは最初の三十分で、以降は違和感を感じなかった。
女性用下着も違和感を感じるのは最初の三十分で、慣れたら下着がない方が落ち着かないんだろう。
でもそのうちに『女性用下着をつける事に慣れる僕』『女性用下着をつけていないと落ち着かない僕』になるんだろうな、などと思うと気が狂いそうになる。
とりあえず、ファッションショーは終わった。
その後はいつも通り自炊をした。
しかし背が低くなった事で、いつもとまな板の前に立つ感覚が違う。
それに腕力が格段に落ちているので、物を持ったり魚を捌いたりする感覚がいつもと違う。
煮魚と味噌汁を作ったが、いつもと勝手が違うので上手く作れたという感じが全くしない。
だが女神達は「美味しい」と言ってくれた。
女神が人間と同じ味覚があるかはまだわからない。
ただ『美味しい』と言ってくれる人がいると言う事は本当に素晴らしい事だ、と僕は思った。
この後、僕は料理に没頭していく。