06.パーティーに加わる時の話
婚約発表後は大騒ぎだった。
もれなくその場にいた女性陣からは睨まれた。両親は信じられない、と言って目を白黒させていた。リーシュは、素っ気なかったけどおめでとうと言ってくれた。
リーシュってばなんだかんだ優しいのよね。ただ近寄ってこないだけで。
ベルガーのお父様(つまり皇帝)であるクライン様は穏やかそうににっこりと笑って祝福してくれた。
◇
婚約と言っても、花嫁修行は一通り終えていて、日常はさして変化がなかった。
夜、公務を終えたベルガーが会いにきてくれることが追加したくらいだ。
あの舞踏会から帰った日、婚約を聞いたチャイは固まったままボロボロと大粒の涙を流して(鼻水もすごかった)、良かったです……と呟いた。
普段感情を表に出さない分、スイッチが入ると大袈裟なくらい崩れる。そこも可愛いんだけどね。
ひとしきり泣いて、スンッといつも通りの真顔に戻ったが、目が赤い。本当に私のことを思ってくれてるんだな、とじーんとした。ありがとうね。チャイ。
父はひたすら
「何故クロエを嫁に、なんて言われてしまうに決まってる。今からでも遅くはない。リーシュの方が可愛いんだ。アーノルドの者なら同じだろう。婚約者を取り替えてもらいなさい」
と言っていたが、リーシュが
「あのねお父様!ベルガー様はお姉様が良いと選ばれたのですよ?私が後釜に座ったとしても、お姉様への愛が私に向くとは限りませんの!私、結婚するなら最初から愛されたいですわ!」
と甘々な事を言っていた。
小さい頃からちやほやされてきたから、地位がどうという話より、甘やかされない生活が嫌なんだろうなあと思った。だが今はその考え方がとてもありがたく、ほっとした。
母は
「嫁入りしてくれれば手がかからなくなるし、相手が相手なんだから。少しは周りに胸を張れるわね。あの子が娘で私本当にみっともない思いをしていたのよ。ああ、良かったわ」
と言っていた。相変わらず道具扱いだった。
私はといえば、相変わらずあの仮面を被って変声器をつけて、クエストにせっせと励んでいた。朝から出かけて夕方までには終わるものを選んでいる。夜はベルガーと会いたいからね。
でもやっぱり楽しいなー!すごいことに、ベルガーにもらった剣は、どれだけ使い込んでも性能が落ちないのよ。流石だわ。お手入れはちゃんとしてるけどね。
そして今日は鉱石を取りに来た。クエストついでに少しもらって、ベルガーにプレゼントするために加工しようと思う。
私は洞窟に入った。モンスターはいるが、今までもそれなりに倒してきたので、今更怖いとかはない。経験値も順調に稼げている。今や私のランクはCである。
暗闇の中をざっくざっくと進むと
「わあ……とっても綺麗」
視界が開け、キラキラと碧い石が壁いっぱいに見えた。鉱石はカツンカツンと槌で叩くと採取出来た。
麻袋に詰め込めるだけ詰め込んで、
「これでいっかな」
と引き返そうとしたところ、グオオオオと唸る音がした。
振り向くと、ディーデイルがいた。大きな蛇に、前脚とコウモリの小さな翼が生えた生物である。
ディーデイルの牙は毒があるが、身につけていると攻撃力が上昇したり、毒に耐性がつく代物である。爪は煎じて飲むと、少しの間、空を飛べるようになるんだとか。
ほ、欲しい!
「ちょっと大きい気もするけれど、腕試しには良いかしら」
クエストに参加する時、ポーションは欠かさず持っている。チャイが充分なくらい持たせてくれるのだ。
それに、回復魔法が使えるようになってから、自身の回復力が上がっている気がする。魔法を覚える以前の怪我には効かないみたいだけど。チャイ様々である。
「だぁぁぁああありゃ!!!」
私はディーデイルに攻撃を始めた。普段お嬢様やってる時には出せない大声が出せるからすっきりする!ガニ股でも怒られない!ふふふ。
可愛い格好も好きだけど、これはこれでクセになるんだよなぁ。
キーンと静かな洞窟内に戦う音がする。心地良い。誰にも咎められることなく自由に、動ける。
とはいえ、ちょっとおされてるなあ。1人だと厳しいわね。一度撤退するべきかも。鉱物は取れたし。
と油断してしまった。
気付いた時にはディーデイルの牙は間近に迫っていた。
「やば……っ」
「フォイヤーバール!」
「アイスバール!」
後ろから、火の玉と、氷の玉が飛んできた。
そして人影が通り過ぎた。
「うおおおお!」
キィン……っと音がしたと思うと、ディーデイルは斬られ、倒れた。
「大丈夫か!」
ベルガーだった。
今ここで会うなんて!バレたらどうしよう。でも返事しなきゃ。変声器使ってるし、大丈夫よね?
「大丈夫だぁ!」
どこの芸人じゃ。
「おまえ……」
バレてしまったかしら……?
「その紙袋!いつぞやの少年じゃないか〜!あげた剣も大切に使ってくれてるみたいで何よりだ!」
良かった、気付かれてない!私がギルドにいることはいつか言わなきゃいけないことだけど、今じゃないことはわかるわ。とりあえず今は目の前に集中。
「なんでまたこんなところに1人で……」
とベルガーは心配そうに聞いてきた。
「鉱物採取のクエストしてて……」
と言いかけた時、後ろから声がした。
「おーい!ベル!大丈夫だったかー!」
振り向くと、暗闇から人が3人出てきた。
1人はゆるふわミルクティー色の髪のおどおどした女の子。
もう1人はギザ歯で、オレンジ髪を一つに束ねた女の人。
最後の1人はギザ歯で、シルバーの髪の男の人。
後半2人は顔がそっくり。
「よーガキンチョー!危なかったなー!」
と男の人が氷を出した。
「やめなっす!ビビるっすよ!」
とオレンジ髪の女の人が言った。よく見るとチリっと炎が上がっているように見える。
「あ!もしかしてお2人が最初の……!ありがとうございました!助かりました!」
ぺこりと頭を下げた。
「いいってことよ!」
「怪我はないっすか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
豪快だけど、親切な人たちだ。
「本当に大丈夫なのか?以前おっちゃんに殴られた時も平気って言ってたじゃないか」
ベルガーが言った。本当に大丈夫だと返事をした。
「ってことはこのガキンチョが!」
「ベルが話してた紙袋少年っすか!まあ、紙袋被ってる人なんて滅多にいないから、そうじゃないかとは思ってたっすけど……」
「いやー、ギルドでも噂になってるからいつか会いたいと思ってたんだよなぁ」
やっぱり、噂になってるんだ……。
「紙袋の下を見た人は」
「賞金がもらえる、アノっすか……」
ごくりと2人が喉を鳴らした。
おっと、賞金がかかっているなんて。本当の敵はクエストじゃなくギルドにいるようだ……と思っていたら2人にベルガーの鉄槌がくだった。
「おいこら嫌がる事をするんじゃない。すまないな、無理やり紙袋を取るなんてことはしないから安心してくれ。俺はベル。君は?」
「オレガン」
「オレガン、よろしく。こっちの氷使いはダズ」
「ぎゃははは!よろしくだぜ」
と氷を出した男の人が言った。
「こっちは炎使いのリサ」
「こいつと双子なんす!よろしくっす〜」
と炎を出した女の人が言った。通りで顔が似てるわけだ。
「んで、俺の後ろに隠れているのがヒーラーのメリーだ」
ベルガーの後ろであわあわしているゆるふわな女の子がぼそっと
「……よろしく」
と言った。
可愛い!小さい頃のリーシュに似てるなあ。
「……あの」
と、メリーがとてとてと近寄って手を握ってくれた。
「……ヒール」
ぽわっと暖かい感触がした。それがなくなる頃に、とてとてとベルの後ろに戻っておどおどしていた。
みんなのおかげで怪我はしてないけど、なんだか心が熱くなった。
「ありがとう!これでまた動き回れるよ!」
こくり、とメリーは照れたようにうなずいた。
「偉いぞメリー!」
「メリーが自分から近寄ってった……」
「メリーがヒールしてあげてたっす……」
反応が様々だった。あとから聞いた話だが、メリーは男性に自ら近寄ることが滅多にないらしい。
「あの、ディーデイルはどうしますか?」
気になっていた事を聞いた。
「鱗処理は面倒だが、肉は売ろう。で、爪と牙はどうするか……売り上げとアイテムはお互い折半でいいか?」
とベルが言った。
「いやいや、僕は何もしていないし、少しでももらえたら嬉しいなって思ったくらいで!」
「何を言っている。あそこまで弱らせたのはオレガンのおかげじゃないか。1人でよくやったな」
と紙袋に影響がない程度に頭を撫でてくれた。
待って!惚れちゃう!かっこいい!あ!この人私の婚約者じゃん!
男の人同士の対応だとこうなるんだ……と思った。
「じゃあ、頭もらってもいいか?」
「頭?特に使い道は……あ、牙か?いいぞ」
「あ、いや、牙はいらないんだ。ベル達が持っていってくれ。それから爪とか肉とかもみんなでわけてくれ」
「それでいいのか?」
「ああ!あわよくばそれで以前の貸もチャラにしてくれると嬉しいんだが……」
結局恩返し出来てないし。
ベルはケラケラ笑った。
「お前、何かとしたたかだよなあ。チャラでいいよ。元より貸なんて思ってないけど」
それから、ベルは、んー……と考え事をした後ごにょごにょとパーティーメンバーと何かを話していた。そしてこっちを向くとこんな事を言ったのだ。
「なあ、オレガンさえ良ければ、このパーティーに入ってくれよ!」
「いいのか!もちろん!あ、でも……」
パーティーに入ることになったはいいが、私は他の人よりも自由が効かない。その事を婉曲に伝えると、
「まあ、顔隠している時点でそんな気はしていたから大丈夫だよ。ブレスレットから連絡出来るから、帰るときなり来れる日なり、連絡くれればそれでいいよ」
と言ってもらえた。
ベルたちの、不用意に他人に踏み込んでこないこの距離感はとても心地が良かった。
こうして私はベルたちとパーティーを組んだのだった。
◇
後日、ギルドはざわついた。
紙袋の少年が、ディーデイルの頭を被って来たからだ。
「お前最高だなーーー!!!ひーーー!!!」
ダズにゲラゲラ笑われた。
……かっこよくない?
ギザ歯の双子ちゃん出したいなと思っていたので、ようやく出せて嬉しいです。
読んでくださりありがとうございます!