05.舞踏会にて 後編
「それで……俺の婚約者になってくれませんか?」
えええ、それ本気で言ってます?
僕と契約して、魔法……ん"ん"って話じゃないですか?顔の傷のことは知っているんですよね?と悶々としていると
「あの、嫌ですか?」
と不安そうに尋ねてきた。
「いえ、嫌というより何故私なのだろうかと。私の事を知っていたということは、醜聞も耳に入っていたでしょう」
社交界での私の立ち位置をご存知なら、中々そんなことは言えません。しかも今まで接点が無かったのです。なぜ、急にそんな話になったのか不思議で仕方がありませんでした。
「俺は顔に傷があるだけで出来損ないだとは思わない。それに、言われるのをわかっていても、親の面目を保つために舞踏会や茶会に参加してくれているでしょう。俺はあまり会に参加していませんでしたが、話には聞いていました。自分の悪口を親のために我慢するなんて、心の優しい方でないとそういうことはできません。でも、我慢ばかりしてなくていいとずっと伝えたかった。だから今日、それを言おうと思って顔に傷のある女性を探していたんです。そうしたら、とても美しい人がいた。その人はすぐ目を逸らしてしまったけど、こちらを見直して、微笑んでくださいましたね。ここに来るまでは傷も見えなかったし、クロエ様があなただという確信はなかったけれど、あなたであって欲しいと思っていました。あなたは外側も内側も全てが美しい人です。そんな人を好きにならないはずがないでしょう」
私は、傷が見えていたわけではないことを知って安堵した。そして、じわじわと顔が赤くなるのを感じた。美しい人だと言われたのはいつぶりだろう。
傷を見えないようにしていたおかげというのはわかっているが、それでもやっぱり、褒められることは嬉しかった。でも。
「お話をお受けすることはできないです」
「理由を聞いても?」
「ええ。まず私は社交界の醜聞なのです。そんな人が皆の憧れであるベルガー様の婚約者となった、と。するとどうなると思いますか?……私は蔑まれることに慣れておりますが、ベルガー様にもその矛先が向くこととなるでしょう。……醜女を、嫁にしたと噂されるでしょう。もしかしたら……人望にも響くかもしれません。…………そうなった時私はッ」
言葉は続かなかったなかった。ベルガー様に腕を引っ張られ、抱きしめられたからだ。ぎゅうと腕の力は強かったが、痛くなかった。
「泣かないで。泣かなくていいんだよ」
その言葉で、私は泣いていることに気がついた。
辛かった。
いくら子供だったとはいえ、過去の自分がおかした過ちを、現在の自分が払拭しようとしても拭えなかった。認めてもらえなかった。
私自身を諦めなければならなかった。抑え込まなくてはならなかった。卑下しなくてはならなかった。笑って受け入れなければならなかった。
息が、とても詰まって苦しかった。
それが今、こんなに素敵な人に認めてもらえて、欲しい言葉をかけてもらえて、好いてもらえて。十分だ。
この人が幸せになるために、私は一緒にいてはいけない。ひっそりと、なるべく誰にも迷惑をかけずに生きていくべきなのだ。存在しているだけで後ろ指をさされてしまう私なんて。
べルガー様は言葉を続けた。
「あのね、もし君を醜女だという人がいたら俺が許さない。だってこんなに可愛くて素敵で健気な女性なんだから。とびっきり素敵でしょ?って皆にたくさん良いところを見せびらかすよ。それにね、君を婚約者にして無くなっちゃう人望なら、もとより無いのと同じだよ。そんなもの無くていい」
ぽかぽかと、心があたたまっていく。涙が止まらない。お化粧が、取れてしまう。
傷が、見えてしまう。
「俺はね、傷なんて気にしないよ。クロエが気にするなら、それごと全部、愛してあげる。だからね、俺にクロエを守らせて」
心が溢れてしまいそうだった。ありがとう。
「こんな……私で良ければ……っ、よろしくお願いします!」
ベルガー様はにっこり笑った。
「クロエがいいんだ!」
そう言って、もっと強く抱きしめてくれた。
ベルガー様は、泣き止むのを待ってくれた。
「傷が、はっきり見えてしまいましたね」
ベルガー様は私の顔に手を当てて、傷をなぞった。
「俺はこの傷も好きだけどね」
なんて温かい手だろう。涙腺が緩くなっているので、気を抜くとまた泣いてしまいそうだった。
「あのさ、丁度父上もいるし、このまま婚約しますって報告行きたいんだけど、隠したい?」
ベルガー様はじっとこちらを見ていた。
「今からですか!?」
唐突すぎます。泣きはらして、目も腫れぼったくなっているんですけど、後日じゃダメですか?と聞くと
「なんか、今日言ってしまわないとクロエ、逃げちゃうと思って」
と言われてしまった。
そうかもしれない、と私は口をつぐんだ。
「なら、傷は隠させていただきたいです。ベルガー様は好きとおっしゃってくださいますが……」
「ベルガー」
ベルガー様は唐突に自身の名前を口にされた。
「?ベルガー様……?」
「ベルガー」
……言いたいことはわかった。今ですか。
「ベルガーはいいと言ってくれますが他の方はわからないので」
ベルガーは満足そうにうなずいた。
「では今から、メイク直しに行こう。大丈夫、王宮付きのメイクさんは腕がいいから安心して!」
それからあれよあれよという間に身支度が済んでいた。流石王室付きのヘアメイクさんだ。あんなに浮腫んでいた目は元に戻り、お肌もいつも以上に艶々でメイクも完璧だった。髪型もいつのまにか変わっている。
そして、ひっそり伝えるだけだと思った婚約発表はみんなの前で堂々と行われたのだった。
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