02.冒険者になる時の話
冒険者になる為にまず、容姿を隠さなくてはならないと思った。体型は服でどうにかなるものだ。
だが、この顔は見る人が見たらすぐに誰かわかってしまうだろう。
それに冒険者というのは、女性も多いとはいえ、ほとんどが魔道士かヒーラーなので、剣を握って戦うとなると馬鹿にされやすい。
「そうだわ!」
私は要らなくなった服を継ぎ接ぎしてマスクを作った。その上から被る紙袋も用意した。これで紙袋が脱げても顔を見られることはあるまい。
そして、幸いお小遣いは少しだけれどもらえていたので、変声器を買った。どうせ家族は私の事を何も気にしないので、部屋にこもって変声器を試した。チョーカー型だったので、カチリと首に巻き付けた。
「あー、あー、おお、男の人の声が出る!」
2、3日後には固定されてしまうが、初期設定段階では性別や年齢が調節できるようだった。もちろん性別は男性に設定した。
「君、可愛いね。僕と付き合ってくれないかい?」
とハンサムな声を出したりしたり、
「えっほん。吾輩の勇姿に祝して乾杯!」
とおじさんの声を出したりした。
「これ、楽しすぎないか!?だーっはっはっは!!!」
と豪快に笑って戸を見ると、チャイが立っていた。
「な、なんでチャイが入ってるのよ!」
私はぼふんとベットに潜った。
しまった。おっさんボイスのままだった。
音がしないので顔を出すと、チャイが真顔で震えている。あ、涙目になった。
絶対笑い堪えてるでしょこれ!
「何か言ったらどうなの!」(cv.おっさん)
ぶふーっ!!!!!!
お嬢様言葉のおっさんボイスに耐えきれなかったのかチャイが吹き出した。くっくっくっとチャイは小1時間くらい笑っていた。……笑いすぎじゃない?
「もー!どこから聞いていたの」
チョーカーの電源を切って聞いた。
「あっははっ……くくっ……ふっ……あー、あー、の所からです」
最初からじゃん!!!
「ノックしたんですけどね、聞こえてなかったようでしたので……っくく……あー、面白かったですね」
面白かったと言ったチャイの顔はいつもの真顔に戻っていた。切り替え早いなあ。
「それでクロエ様、そのチョーカーはどうなさるので?」
まさか悪戯に使うわけではないでしょうし、と尋ねてきた。
「私、冒険者やろうと思うの」
ピシリ、とチャイが固まった。
すごく、すごく不安そうな顔をしていた。
「どうしてそれ以上、傷がつくような真似をなさろうとするのです。危険です。おやめください」
本人は隠しているつもりだろうが、チャイは今にも泣きそうだった。
ねぇチャイ、そんなに深刻そうな顔をしなくていいのよ。そう伝えるかのように
「別にダンジョン攻略したいとかじゃないのよ。その、気晴らしというか、ストレス発散というか!」
とあっけらかんと答えた。
しばらく難しい顔をしていたが、ため息をつき、気晴らし、と呟いた。チャイはずっと私のそばにいてくれて、私の気持ちをよくわかってくれる。
「私はメイドですのでクエストに付き添うことが出来ません。お願いですから、身を守る行動を第一にしてくださいね。後で回復魔法を教えて差し上げますから」
私に手伝えることはなんでも言ってくださいね、と言ってくれた。
ありがとう、チャイ。
よっし!!!これで協力してもらえるね!!!
◇
(チャイ目線)
「私、冒険者やろうと思うの」
雷に打たれたような衝撃が走った。
顔に怪我をされて以来、家族からは腫れ物のように扱われ、寂しそうな顔をされていたお嬢様。
ご飯も1人で食べて、習い事もお金がかからないようにと回数を減らして、それでも完璧にこなすお嬢様。
除け者にされて、あまりに疲れてしまったのでは?もう生きていることも嫌になってしまったのだとしたらどうしよう。そんな考えが脳裏によぎった。冷や汗が止まらなかった。
◇
元々私はお屋敷全体の掃除をするメイドとして雇われていた。クロエ様とは歳が近かったためすぐに仲良くなった。
ある日、クロエ様は郊外にお出掛けなさると言った。少しおてんばなところはあるけれど、元気で楽しそうで、見たこと聞いたことはいつも私に教えてくれて一緒にいるのが楽しかった。
だからその日も笑って見送った。
クロエ様が傷だらけで厳つい男の人に抱えられ運ばれてきた時には全身の血の気が引いたのを覚えている。
クロエ様が死んでしまうかもしれない。死なずとも、目を覚ましてはもらえないかもしれない。
来てくださったお医者様が、一命は取り留めました。と言った時にも安堵よりも不安が大きく、それからずっとクロエ様に付きっきりで看病した。
その時から私はクロエ様のお付きのメイドとなった。
朝起きて、息をしていなかったらどうしようと不安で、夜眠るのが怖かった。限界が来た時に倒れるように眠った。
まわりのメイド仲間が、私たちがとても仲が良かった事を知っていたので、とても気を遣ってくれた。今思うととてもありがたい気持ちでいっぱいである。
ある日、限界が来てクロエ様の手を握って眠りこけていた時。
「……イ、……チャイ、起きて」
クロエ様の声がして私は飛び起きた。
「おはよう、チャイ」
朝日に包まれたクロエ様はとても神々しかった。
クロエ様が、生きてる。起きてる。話してる。私は嬉しくて、両目から大粒の涙をぼろぼろと溢した。
「もー、泣かないの。チャイってば泣き虫ね」
と笑うクロエ様も泣いていた。
お互い泣きながら抱きしめあった。クロエ様は、涙が顔の傷に滲みて少し痛そうだった。
その後、お医者様に再度検診してもらい、奥様と旦那様をお呼びした。
「体の傷も残るでしょうなあ。勿論、顔の傷も」
とお医者様が言った時、奥様と旦那様は、傷だらけのクロエ様を見た時より泣いた。
「嫁に行かせられない」
「恥である」
とぬかした時には、はっ倒してやろうかと思った。クロエ様は道具じゃないんですけど!
それからの扱いは酷いものだった。
クロエ様は、なんでもないように振る舞うが、1人で塞ぎ込むことがあるのを私は知っている。
他のメイドたちは見ないようにしていた。私は、私だけはクロエ様の側に居ようと決意した。
◇
「どうしてそれ以上、傷がつくような真似をなさろうとするのです。危険です。おやめください」
心も、体も、それ以上傷をつける必要はないんです。お願いですからご自愛ください。
そんな願いも届かず、
「別にダンジョン攻略したいとかじゃないのよ。その、気晴らしというか、ストレス発散というか!」
クロエ様は明るく答えた。
ストレス発散になるのでしょうか。体を動かすのはお好きなようですし、運動神経も悪くはございません。
誰かに言われて強制されているわけでもなさそうです。
それに、元より好奇心旺盛なクロエ様のことですから、1度言い出したら聞かないでしょう。
ふぅ、と私はため息をついた。
「私はメイドですのでクエストに付き添うことが出来ません。お願いですから、身を守る行動を第一にしてくださいね。後で回復魔法を教えて差し上げますから」
付き添い出来ないのか本当に悔しいが、私が家を開けたら何をしていたのか旦那様に確認されてしまう。
それはクロエ様も本望ではないだろう。
あの日から、私が少しでもクロエ様の役に立てたらと勉強してきた回復魔法。お力になれるなら、いくらでもお教えして差し上げます。
ジャンルが、恋愛なのかファンタジーなのか迷いました。
異世界恋愛のタグにしたので、なるべく恋愛要素を入れていけたらな、と思います。(と言いつつ全く恋愛要素のないお話ですみません……)
なるべく毎日投稿頑張ります。
読んでくださりありがとうございました!