第8話
ギルドを後にした俺達は、大図書館を訪れていた。
ベスティエラの叡智が集うこの大図書館の一角には、学生資料館というものがある。ここは主に学生たちが在学中に発表した魔法論文や、実験の成果を確認することが出来たり、歴代卒業生の成績を確認することも出来る場所だ。
俺の目当ては、「彼女」の成績である。本人が覚えていなくとも、ここには記録が残っているはずだ。
「……あった」
第2043期卒業生「ロココ・エ・ルザ・フィーリエ」
所属学科:魔法支援科
筆記評価:S
実技評価:S
総合点数:500/500
最終成績:主席
「な……ッ!?」
手にした成績表を見て、俺は唖然としてしまう。魔法支援学科の主席。それも満点。とんでもない成績表が出てきやがった。ごくりと唾を飲み、振り返る。当の本人はというと、ムーの尻尾を枕にソファでうたたね中だ。
「ヘレナ!見てくれよ、これ。思った通りだ。やっぱりロココはめちゃくちゃ優秀なエンチャンターなんだよ」
「……やっぱり……そう、だったんですね……」
彼女が優秀であろうことはなんとなく分かっていたが、500点満点というのは並大抵のレベルではない。歴代でも数えるほどしかいない正真正銘の天才だ。
ちなみに俺はというと筆記も実技もB判定。総合点数は200前後。まあ、この程度が普通だろう。
ともかく、古代樹の森に出現した第五のダンジョンについてはギルドがすぐに再封印を行うということで、絶対に口外しないようにときつく言われてしまった。ついでに、しばらく森には近寄らないようにと。
しかしそうなると、採取系の依頼はこなせなくなる。さて、どうしたものか。
「ところで、何読んでるんだ?」
「ぁ……えっと、これは……」
テーブルに積み上げられた本の表紙を覗き込むと、どうやらそれは魚人種の生態について書かれた本。その下にあるのは、魚人種の図鑑。どれもこれも、魚人種の本だ。
「魚人種の本……もしかして、ムーのことを?」
ヘレナはこくりと頷く。
「そうだな。ここはベスティエラの歴史が詰まった大図書館だ。ここで手に入らない情報はない。せっかくだし、色々調べていこう」
隣に腰掛け、積み上げられた図鑑を手に取る。魚人種は、主に水辺で暮らす水陸両生の亜人種。他の亜人種のように街で暮らしている者は殆どおらず、触れ合う機会はない。今までは、ただそれだけの情報しか持っていなかった。
「へえ、いろんな種類がいるんだな」
ムーのように二本の足と二本の腕、そして長い尻尾を持つ種類の他にも、触手状の足を持つ種類や、そもそも足を持たない種類。硬い甲殻と武器のような腕を持つ種類……さらには、薄い布のような柔らかく繊細な体を持ち、ただ流れにたゆたうだけの種類などもいるらしい。それらの特徴や肌の色は、生息地によって異なるようだ。
「なあ、これってつまり、ムーと同じ赤色の魚人種を探してやればいいってことだよな?それなら……そうだ!あの人に聞こう」
俺はテーブルに備え付けてある『ベル・ベル』を手にとってカランコロンと鳴らす。すると近くの棚の向こうから管理人さん……もとい、ベルさんがひょっこり現れ、見慣れたニコニコ笑顔を浮かべて首を傾げた。
「何かお探しですか~?」
「はい。ええと……赤い魚人種がどこにいるか知りませんか?」
「あちらに」
ベルさんはロココの髪をいじるムーを指差す。確かにいるな。あそこに一人。
「……ごめんなさい。あの子の仲間を探しているんです。どうやら、群れからはぐれてしまったようで……どうにかあの子を仲間の元に送り返してあげたいんですけど」
「群れからはぐれた?……ふむふむ……なるほど~。それでしたら、あちらですかね?」
やがてその手はとある一点を指し示す。俺とヘレナがその方向に目を向けると、そこには扉がひとつ。たちまち扉は開け放たれ、地下へ続く階段がその姿を現した。
「階段……あれ?ここって、地下ありましたっけ?ホールにはニ階に上る階段しかなかったような……」
「あれは元々、ずっと昔に作られた非常口でして。下っていくとこの街の地下水路に続いているんですが……そこで赤い魚人種を見たという人がいるんです。恐らく、魚人種にとっても住みやすい環境なのでしょうね」
「街の地下水路か……確かに、住み着くにはちょうどいい場所かもしれませんね。皆で行ってみようか?なあ、ヘレナ」
「……は、はい……でも、地下水路って……モンスターが出るんじゃ」
「そ、そうなんですか!?」
「はい。実は昔、地下水路に「扉」が出現したことがありまして。地下水路そのものがダンジョンになってしまったことがあるんです。といっても、流石に街の真下ということもあってすぐに魔王は倒されて、扉も破壊されたのですが……未だにしぶとく生き残っているモンスターがいるみたいで」
「……そんなことって、あるんですね」
「あるんですよ~。魔王を倒しても、扉を壊しても、モンスターが全滅するわけではありませんからね。普通ならそんな生き残りもすぐに駆除されるんですが……地下水路はとにかく広くて、入り組んでいて……隅々まで調査の手が回っていないんです」
「な、なるほど」
「まあ、そんなわけで~……地下水路は今でも一応ダンジョンのひとつとして登録されています。特例ですね。しかしながら、魔王は倒されているので危険度は最も低いEランク。もちろん分類は下級ダンジョンです。……挑戦してみますか?」
その言葉に俺とヘレナは顔を見合わせ、頷き合う。ロココは「どこに行くかは二人に任せる」という旨のことを言ってくれた。ムーは、まあ付いてくるだろう。
「――行こう。初めてのダンジョンアタックだ」