第1話
行き交う人影。響く笑い声。途切れることのない物音。たくさんの音と声が入り交じる賑やかな集会所の中央にさり気なく腰掛けて、俺はじっと辺りの様子を伺う。
「(……よし)」
いい場所を取れた。大勢が座る大机の真ん中。ここからなら、いろんな位置に話しかけることが出来る。ちょうど、隣には気さくそうな奴らが腰掛けてきた。見たところ、二人ともジョブはソルジャー。同じジョブ同士、気が合うはずだ。
「なあ、結局どこ行くの?下級?」
「上級に決まってんだろ。俺達は実技試験で「A」を貰ったんだぜ?下級ダンジョンなんてヌルすぎて話にならねーよ」
「だよな~」
なるほど上級ダンジョンに行くのか。意識が高いな。
その胸に鉄色のバッジを付けていることから、彼らも俺と同じ『Eランク』の新人冒険者であることは間違いなさそうだが、相当に腕に自信があるのだろう。自分に自信があるのは、良いことである。見習いたいものだ。
「それで、パーティはどうするんだ?」
「あぁ。そうだな――」
来た。パーティの話題だ。この集会は、俺のような新人冒険者がパーティメンバーを探すために用意された場所。当然ながら彼らも、共に戦う仲間を探しに来ているわけで。このタイミングを待っていた。
「なあ!俺とパーティ組まないか?」
「お?あぁ、お前も上級ダンジョン行くのか?」
「え」
一瞬思考が止まる。そういえばこいつら、上級に行くとかって……。
「いや、上級は……ちょっと厳しいかな」
「悪いけど、俺達は上級行くからよ。ほかを当たってくれ」
「あ、あぁ……そうか。が、頑張ってくれ!応援してるぜ!」
「ありがとよ。じゃあな」
がくりと肩を落とす。断られてしまった。……上級。上級かあ。いや、でも流石に新人冒険者が上級ダンジョンに挑むのは無謀と思うが。いや、そんなことを考えていても仕方ない。次だ。次に行こう。
幸いにも、冒険者はまだ大勢いる。きっと気の合う仲間が見つかるだろう。
「――なあ、俺とパーティを」
「え?あ、ごめんな。もう出発するところなんだ」
なら仕方ない。次に行こう。
「なあ、俺も――」
「すまない。前衛二人、後衛、支援、斥候が一人。荷物持ちも含めて、もうメンバーが揃ってしまった。これ以上は流石に」
次だ!次に行くぞ!
「パーティの枠って、まだ空いてたりする?」
「うーん。前衛ばっかり居てもなあ……後衛なら歓迎だったんだけど」
つ、次だ。ええと、あと声を掛けてないところは――
「ねえそろそろ出発しようよ。もう皆行っちゃったよ」
「ちょっと待って。この子がまだ……食べ足りないみたい」
「って、どんだけ食べてんの!?いくらタダだからって……ほらもう行くよ!今夜泊まる宿も探さなきゃいけないんだから」
テーブルに用意されていた食事を頬張っていた女の子がパーティメンバーに手を引かれてゆく様を見送りながら、俺は頭を抱える。流石に、女の子しかいないパーティに声を掛ける勇気はなかった。
「(まずい……)」
誰とも組めないまま、数時間。あれほど賑わっていた集会所も、すっかりがらんとしてしまった。何をしてるんだ俺は。さっさと仲間を見つけないと……いや、これもう、誰もいないんじゃないか?
そうこうしているうちに、カランコロンとベルが鳴る。
「そろそろ集会所閉めますよ~。残ってる方は、外に出てくださいね~」
俺は呆然と立ち尽くす。――時間切れだ。
◆
「次の集会は三日後になりま~す。また来てくださいね~」
「どうも」
ニコニコ笑顔の管理人さんに見送られ、俺は集会所を後にする。結局、最後まで誰とも組めなかった。
「(次は三日後か……参ったなあ。まさか、誰とも組めないとは……)」
なんてぼんやり考えながら路肩のベンチに腰掛け、ため息をひとつ。ふと顔を上げると、向かい側のベンチに座っていた少女と目が合った。
特徴的なとんがり帽子。身の丈ほどの長い杖。彼女が魔法使いであることはすぐに分かった。
「やあ、どうも」
「っ」
軽く声を掛けてみるも、すぐにさっと目を逸らされてしまう。
その胸についた鉄色のバッジは、俺と同じ新人冒険者の証。ツギハギの目立つ地味なローブと、毛先がくるんと丸まった水色の髪。今にも泣き出しそうな顔。その姿には見覚えがある。特にあのくるくるの髪。俺が仲間を探して集会所を行ったり来たりしているときに、チラっと見かけた気がするぞ。
あの子も、誰とも組めずに取り残されてしまったのだろうか。だとしたら……
「(ん?)」
ふと、再び集会所のほうに目を向ける。管理人さんが何やら女の子を抱いて出てきた。ピンク色のモコモコとした髪を持つ幼い少女だ。どうやら、眠っているようだが……まさか、集会所の中で寝ていたのか?
「ほらほら、ロココちゃん起きてください。今日もちゃんと、おうちまで歩いて帰ってくださいね~」
「ん……」
女の子は管理人さんによって地面に立たされるが、ものすごく眠そうだ。というかあれ、起きてないんじゃないか?うつらうつらとしていて、今にも倒れそうだぞ。
「次の集会は三日後です。また来てくださいね~」
管理人さんは相も変わらぬニコニコ笑顔で少女を送り出し、集会所の中へ戻っていってしまう。いやいや、送り出して大丈夫なのか。寝ぼけてるっていうか、寝てるだろあれ。ちゃんと目を覚ましてやったほうがいいんじゃ。なんてハラハラしながら見守っていると、女の子はよろめいてぱたりと倒れてしまう。
「おいおい、大丈夫か!?」
「あ、あのっ、だいじょ……あっ」
ほぼ同時にベンチから立ち上がった俺と少女が、ハッとして顔を見合わせた。