介護士は待つのも仕事
読んでくれてありがとう(*´▽`*)
楽しんでくれると嬉しいです。
読者様には申し訳ない事ですが、不定期更新になる予定です。
努力は裏切らない。
努力しても「求めた結果」に到達しない事はあるが、思いがけない幸運な結果を引き寄せる事もある。
そもそも老人は、肉体的な衰えによって「素早く行動する」ことが苦手である。
そこに認知症まで入ってしまうと、質問に対する答えを口にするまでに時間がかかるようになる。
「お茶にする? コーヒーにする?」
「……………………………………………………………………………………お茶。」
こんな具合だ。
新人の頃、俺は「どのぐらい待てばいいのか」が分からなかった。だから待ちきれずに、
「両方とも嫌いなのかな? 紅茶にする?」
などと言っていた。
すると、どうなるか。
「お茶にする? コーヒーにする?」
「…………………………………………(えーっと、あれ、あれ、あの緑色のやつ……なんだっけ)。」
「両方とも嫌いなのかな? 紅茶にする?」
「…………………………………………(あ、そうそう、紅茶、緑色のやつ)。」
「紅茶もダメかな。あとはレモンティーがまだ残ってたっけ。レモンティーにする?」
「…………………………………………緑色の紅茶(レモンティーってなんだろう)。」
「は? え? 緑色の紅茶? 紅茶は赤っぽい色だよ?」
「レモンティー……?」
「ああ、レモンティーがいいの?(緑色でも紅茶でもないけど……まあいいか)」
こんな会話になる。
介護士は、待つ事も仕事なのだ。
夜勤明けで居合の稽古に出て、その帰り道、すでに24時間ぐらい寝ていない状態で家路を急いでいたら、運転中にあまりの眠気で瞬間的に意識を失った。
「はっ!? いかんいかん。」
頭を振って眠気を払おうとするが、そこで周囲の風景に気づいた。
「……え? どこ……?」
白くて何も無い場所だった。壁も屋根もないし、家具もない。床というより地面といったほうが正しい広い場所で、空?も白い。地面と空がまったく同じ均一の白で染まっており、地平線がどこにあるのか分からない。
そして市役所みたいな建物があった。建物には「死役所」という看板が出ていた。
中に入ってみると、受付カウンターの前に長蛇の列ができていた。老若男女さまざまな人が並んでおり、一部には足が折れていたり頭が砕けていたりする人もいたが、なぜか平気そうな顔で列に並んでいる。ただ、足が折れている人はさすがに立てないようで、這いずるように列に並んでいた。
どうやら死者たちが死亡手続きをしているようだ。手続きを終えたら輪廻転生とかするのだろうか。閻魔大王に生前の罪を裁かれる的なやつを、今の時代はこの役所が複数の係員で同時並行的に処理しているという事だろう。
地球の人口は爆発的に増えた。閻魔大王が1人で処理できる量ではなくなったのだろう。日本人だけでも26秒に1人が死んでいるし、世界人口でみれば1秒に1.8人が死んでいるという。だったら、こうなるのも当然だろう。
「ようこそ、死役所へ。」
入り口のすぐ近くに立っていた職員が声を掛けてきた。
「初めてのお客様ですね?」
そりゃ死ぬのは初めてだ。
「まず番号札を取ってください。あそこで番号札を配っています。
番号札を受け取りましたら、番号を呼ばれるまでお待ちください。」
銀行みたいなシステムだな。
言われたとおり、番号札を取った。
機械からガーっと番号が印刷された紙が出てくる。……え? 番号、桁多くない? 一、十、百、千、万、億、兆、京……え? 京? どんだけ待たせるの?
……と、まあ、そんな感じで番号札を受け取り……札? 帯? まあ、とにかく受け取り、あとはひたすら待つ。
……。
…………。
……………………。
…………………………………………。
……………………………………………………………………………………暇だ。
「ちょっと外に出てもいいですか?」
入り口のすぐ近くにいる職員に聞いてみる。
「いいですよ。あまり遠くに行かないでくださいね。番号をお呼びしても聞こえないと困りますから。
ちゃんと手続きをして頂かないと、輪廻転生の輪から外れて永遠にさまよう事になりますよ。」
「分かりました。」
死役所を出て、入り口の脇で鞄をおろす。
俺は死んだときの格好そのままだった。居合の稽古着である黒い袴姿だ。車から稽古道具を入れていた鞄を取り出した。釣具店で買った鞄だ。その中に木刀や居合刀が入っている。
腰帯は、腰を3周する長さで、着替えの簡便性を高めるために両端が柔らかくなっており、普通にチョウチョ結びができる。結び目は後ろへ回し、袴で隠れている。この腰帯が腰を3周するのは、帯と帯の間に刀と脇差しを差すためだ。
居合というと「抜きざまに斬る技術」であり、刀1本しか使わないというイメージがある。動画サイトでもそういう動画ばかり目立つから、そういうイメージがついてしまうのは仕方のない事だ。だが俺が学んだ流派では、小太刀(脇差し)、槍、手裏剣まで学び、木刀と居合刀では型が違った。
稽古では使う武器だけを手にするが、大小両方を腰に差して手裏剣を携帯し、槍を手に持っているというのが、本来の完全武装のイメージになるわけだ。だから俺は、稽古会では指示通りに1つだけ武器を持って動くが、自主稽古では全部を装備している。
といっても槍は先生から借りて訓練していたので、自分で持っているのは大小の木刀と居合刀1本、あとは手裏剣の練習用に箸が10本(5膳)ぐらいあるだけだ。まず居合刀を帯と着物の間に差す。これは本来は差さない場所だ。続いて木刀(大)を内側の帯と中間の帯の間に差す。ここが刀を差す本来の場所だ。そして中間の帯と外側の帯の間に、木刀(小)を差す。脇差しを差すのはここだ。
さて、暇つぶしに素振りから始めよう。足を横一文字に開いて大上段から体ごと落下するように振り下ろす、足を前後に開いて同じく振り下ろす、足の前後を入れ替えながら同じく振り下ろす、右へ移動しながら振り下ろす、左へ移動しながら振り下ろす、右回りに振り向いて背後へ振り下ろす、左回りに振り向いて背後へ振り下ろす、右足からの真っ向、左足からの真っ向、回剣、受け流し、かいくぐり、切り落とし……と順番に10回ずつ素振りしていって、一通りの素振りを終了。
次に型稽古だ。木刀による基礎居合、対木刀組太刀、対槍組太刀、対小太刀組太刀、小太刀による対木刀組太刀、対槍組太刀、対小太刀組太刀、居合刀による本居合、奥居合……と順に型稽古を終了。
最後に手裏剣の訓練だ。的は死役所の壁でいいだろう。車でも構わないが、下に入り込んでしまうと回収するのが面倒だ。使うのは箸。本来は棒状の手裏剣を使う。手裏剣というと十字手裏剣をイメージする人が多いだろうが、あれでは深く刺さらない。棒状の手裏剣なら、刺さるように投げるのは難しいが、うまく投げれば深く刺さる。ポイントは、距離に応じて回転数を制御することだ。最初は近い距離から、とりあえず5mから始めよう。ちゃんと刺さる角度で当たるように意識して、まずは10投。次に10m、その次は15m、とだんだん遠くから投げる。1本も「刺さる角度」で当たらなかったら終了だ。
そしたら、また素振りに戻って……と、飽きるまで続けた。
しばらく稽古して、なんだか上達したような実感があったので、いったん休憩にして、死役所の中に戻ってみた。相変わらず大勢が受付カウンターに並んでおり、それ以上の人数が並ばずに順番待ちしていた。
「3京3719兆8846億9745万3487番でお待ちのお客様~。」
えっと……自分の番号は……。
「え!? 2京ぐらい進んでる!」
「お客様が外に出て1億年ぐらいたちましたから。」
「え!? そんなに!? てか、京単位で人が来るのに、よく僕のこと覚えてましたね?」
「ここって空腹とか疲れとか感じないから、時間の感覚が狂っちゃいますよね。
お客様は、他の人より魔力が強くて、ここでも自我がハッキリしているようなので、覚えていますよ。普通の人たちは、痛みを感じないぐらい自我がぼんやりしてますからね。受け答えはできるんですけど、目の焦点が定まらない感じとかね。その点、お客様は特別ですね。
ちなみにお客様の番号札、何番ですか?」
「これですが……。」
と俺は番号札を見せた。
読み上げるのは面倒くさい。
「……なるほど。
そうしましたら、あと1億年ほど後になりますね。」
暇すぎる。
しかしもう1度外へ出ると、今度は順番が来ても気づかない可能性がある。
中で待つ事にしよう。
……。
…………。
……………………。
…………………………………………暇だ。
そのうちまた足が折れている人がやってきた。
這いずって進んでいる。
「手伝いましょう。こっちへどうぞ。」
俺は彼を引きずって、椅子に座らせた。
介護士だから、こういうのは慣れている。もっとも、生前に相手をしていたのは足が折れた怪我人ではなく、立つ力がなくなった老人だったが。まあ、どちらも「立てない」のは同じだ。そして足が折れていても痛みは感じないようだ。なら、やる事は同じである。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
1人を手伝うと、他の人も気になる。
「手伝いますよ。」
「こっちへどうぞ。」
「大丈夫ですか?」
俺は次々と声を掛けて、介助していった。
それから1億年が過ぎて、俺はようやく自分の番号を呼ばれた。
名前、出身地、死亡日時、死亡理由などを書類に記入して、提出する。この書類の書き方が「もうちょっと詳しく」とか「具体的な距離は何mぐらいですか」とか色々と注文が入るので、記入し終わるまでに30分ほどかかった。
このあとは、入り口とは別の扉へ進むことになる。ずっと見てきたから、分かっている。俺は書類を提出してすぐに扉へ向かった。
「あっ、お客様……!」
職員が呼ぶので、俺は振り向いた。
そして、足を踏み外した。
というか、扉を開けたら床がなかった。
「うわっ!?」
落下した俺は、そのまま転生する事になった。
「……あー……しまった……。」
死役所の職員が、困り顔でため息をつく。
本当なら前世の記憶を消す薬を飲んで貰って、その間に輪廻転生の準備を終えて、それから扉の奥へ進んで貰うのだが、彼は薬を飲まずに扉を開け、準備できていないのに進んでしまった。
こうなると、彼が次にどこへ転生するのか分からない。地球ではない異世界へ転生する可能性が大だ。なにしろ世界は無数にあるのだから。運良くまた地球に転生する確率なんて、1億分の1%もない。前世の記憶も消してないし、かなり戸惑うことになるだろう。
「……まあいいか。
あーあ、事故報告書、書かないとなぁ。」
別に転生できなくなったわけではないので、死役所の仕事としては大きなミスではない。
死役所の仕事は「正しく転生させること」ではなく「正しく死亡の処理をすること」なので、どこへ転生しようが知った事じゃないのだ。しかも今回は彼が勝手にやらかしたのであって、職員のミスではない。
事故報告書には一応「きちんと案内できなかった」と事故原因を記入することになるが、むしろ「案内があるまで開けないでください」と扉に注意書きをしておくほうが、対策としては先だろう。
読者様は読んで下さるだけで素晴らしい!
( ・`д・´)キリッ
なお、評価とかブクマとかしてくれると、作者が喜びます。
(σ*´∀`)
元の文章では、車の運転中に死役所のある空間にきて、車から降りて建物に入ったのに、死役所から出るといつの間にか車がなくなっていました。しかも車から降りるときになぜか居合道具を持っていくという謎行動。
整合性をとるために、車を残して、車から道具を取り出す事にしました。