介護士はトイレを作る
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金属製のドラムを用意できない。
理由は2つ。金属を用意できない事と、金属を加工できない事だ。
なら、どうするか? 簡単だ。木で作ればいい。風呂を作るのに使った丸太の残り――落とした枝を使おう。皮を剥いでささくれをなくし、組み合わせて網を作り、曲げて筒状にする。板状の網を2つ用意して、筒の両端に取り付ける。丸太をもう1本用意して、手頃な太さ・長さに整えた軸を作り、ドラムに通す。
受け軸を作って地面に打ち込み、熱湯水路に接続して、ドラムを設置。ドラムの軸にハンドルをつけて、回転させるときに回しやすくすれば、ほぼ完成だ。大工が来たらもう少し本格的なものを作ってもらえばいい。鍛冶屋が来たら金属製のドラムに交換だ。歯車をつけてハンドルを軽くするのもいいかもしれない。
最後にドラムの一部を切り取って、衣類を出し入れするための穴をあける。
排水のために川まで水路をのばして……と、そんな事をやっていたら、大変な事に気づいた。
トイレがない。
村人たちは、適当にそのへんで排泄している。一応、人目ははばかっているが、中世ヨーロッパの、排泄物を窓から道路へ投げ捨てるイメージそのままだ。これはいけない。せっかく熱湯で洗濯しても、呼吸するだけで病原菌を吸い込むような環境では意味がない。
というわけで、早急にトイレを作らなくてはならない。
だが、これはなかなか難しい問題だ。
現状、村人たちは出したくなった時に、近くの物陰とか茂みとかで出している。排泄の欲求を、その場ですぐに解決できる状態だ。衛生面なんて考えていない。そういう教育を受けていないからだ。病原菌なんてものが存在することを知らないし、顕微鏡がないからミドリムシやゾウリムシを見た事もない。細胞という概念もない。目で見えないほど小さい世界のことは、彼らが認識できる情報には入っていないのだ。
認知症の老人と関わるとき、彼らは無茶苦茶な事を言うが、それを否定したり、強引に正しい情報を認識させようとしたりすると、反発されたり理解してもらえなかったりする。
「ご飯まだ?」
「食べたでしょ。」
「食べてないよ。」
「食べたってば。」
「食べてない。」
「私、見てたもん。」
「食べてない。」
というやつである。
大事な事は、相手に合わせて理解を促すことだ。
「ご飯まだ?」
「お腹すいたの?」
「いや……別に。」
「何か食べたいの?」
「そうでもないけど……ただご飯食べたかなと思って。」
「なるほど。さっき一緒に食べたんだけど、覚えてる?」
「覚えてない。」
「そうか。次のご飯は12時だけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。」
「じゃあ、またお昼になったら呼ぶね。」
「お願いね。」
こういう感じでやればいい。
つまり、ただトイレを作って「使って下さい」というのでは使わない。我慢してトイレまで移動するというのが面倒くさいからだ。すぐそこで出してしまえばいいと考えるだろう。病気を防ぐ効果があるというのは「教育」であって「メリット」ではない。教育には時間がかかる。
だから、メリットを用意する。トイレを使いたくなるようにすればいい。幸運にも、俺は前世でこういう情報に触れた事がある。
なぜトイレは暗くて寒くて臭いのか。排泄とは食事の終着点である。しかるに、食事は明るくて温かくていい匂いがするものだ。おしゃべりやBGMもあって楽しく過ごす時間である。ならば、その終着点である排泄も、明るくて温かくていい匂いがする楽しい時間として扱われるべきだ。
この情報は俺に新しい観点をくれた。
こんなふうに考えた事がなかった。
だが今、俺がトイレを作るなら、暗くて寒くて臭い場所にはしない。明るく温かく楽しい場所にする。必要なのは、照明、空調、脱臭だ。ついでにBGMもあるといいが、音源がないのでまた今度だ。
「まずは照明からだな。」
これは簡単だ。単純に発光魔法の罠を施せばいい。明るすぎてまぶしいのはダメだから、魔力貯蓄回路で出力を調整する。色は暖かみのあるオレンジ系がいいだろう。色の変更は、発光魔法で調整できる。
「次は空調。」
これも簡単だ。風呂の水路にも使った加熱魔法をそのまま使う。ただし冷却魔法も用意して、両方を同時に発動させる。こうすればトイレ内の気温が一定に保たれる。夏は涼しく、冬は暖かく。快適なトイレになるだろう。便座にも加熱魔法を施して温かくなるようにしよう。
便器は土魔法で形を作って、石化魔法で固める。便座だけ木製にする。便器の形は洋式トイレだが、構造は汲み取り式だ。これは排泄物を畑の肥料に転用するためだ。下水処理施設が作れないから、という理由もある。
「あとは脱臭か。」
村人を救出するためにアルテナを隠蔽したとき、無味無臭という隠蔽魔法を使った。あれを便器に施そう。そうすれば便器内から悪臭が漏れない。脱臭というより防臭だな。
糞尿さえ取り除けば、ほかの生活排水はそのまま川に流しても問題ない。化学物質がないから、下水といっても汚れの質はたかが知れている。
実際、江戸時代の江戸の下水事情はそうなっていたらしい。ヨーロッパでは窓から排泄物を投げ捨てていた時代だ。江戸は世界に冠たる清潔都市だった。
ちなみにトイレットペーパーは江戸時代にも存在した。いわゆる再生紙を使っていたらしい。付着した塗料などは漂白されずに作られ、黒ずんだ再生紙だったようだ。これはこの村でも同じ事をやっていこうと思う。
江戸時代には、使用後の紙は、再び再生紙にされたらしい。だが、この村なら使用後の紙は燃やして灰にしたほうがいいだろう。焼き畑農業で知られる通り、灰は肥料になる。
最後に屋根と壁と扉を作って、トイレの完成だ。
ついでに畑の近くに肥だめを作っておこう。
トイレから汲み取った排泄物を肥だめに集めて、ここで発酵させて肥料にする。このあたりの作業は、村人たちのほうが詳しいだろう。
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