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第7章

 九月になり、新学期がはじまっても、ロンは相変わらず憂鬱に沈んでいた。何分、三年から四年へは学年が持ち上がりであるため、クラスの面子には何も変わりないのだ。ゆえに、ディズニーランドでいかに面白楽しく過ごそうとも、ロンは学校がはじまる二日前にはこれから再び牢獄へ戻らねばならぬような、苦しい、心乱れる思いでいっぱいだった。


 もちろん、朝屋敷を出る時には、そんな素振りは毛ほども見せない。何より、新しく家に来たばかりの綺麗な人のことをロンは悲しませたくない。けれど同時に、学校へ向かう道すがら、こうも思う……(あのおねえさんなら、もしかしてわかってくれるかもしれない。学校へ行きたくないっていったら、行かなくてもいいって言ってくれるかもしれない。あのおねえさんなら……)


 なんにしてもロンは、二か月もの長い夏休みの間、自分の疲れきった心を休めてはいた。「行きたくもない学校の宿題をしてなんになるだろう」と思いながらも、兄のイーサンのことが怖くて宿題のほうは割と早く片付いてよかった。自由研究のほうはカブトムシの飼育日誌だ。ランディやココやミミと一緒にデパートへ行った時、おねえさんが「欲しいの?」と言ってくれたので、「うん」と言ったら買ってくれた。


 あのおねえさんのお陰で日曜学校で友達も出来た。彼――ケイレブ・スミスは前の学校でいじめに合っていたので、学校へ行きたくないぼくの気持ちをわかってくれるという。「ほら、ぼくもさ、学校を転校したら色々うまくいくようになったんだよ。だからロンも、そういうことも少し考えたほうがいいよ」……だが、そうだろうかとロンは思う。


 第一、ロンの場合いじめに遭っているというわけではなかった。単に暗い、面白味のない奴、ひとりでいるのが好きな奴と他のクラスメイトたちに思われ、一度そう思われていると思うと、何故かそのとおりの奴を演じてしまうという、それだけだった。


(ぼく、本当はそんなにネクラってこともないと思うんだけど……色々面白いことだって知ってると思うんだけど……それに、ひとりでいたいなんて、全然思ってないんだけど!)


 けれど、そう突然大きな声で言う勇気もなく、ロンの学校生活における毎日は過ぎていき――新学期がはじまって一週間くらいになった時、自由研究を発表するということになった。ロンはこういう種類のことがとても苦手だ。おねえさんはロンのカブトムシがよく描けていると言って褒めてくれたけれども、みんなの前に出ていってその絵を見せながらひとつひとつ説明していくなんて、ロンには気の遠くなりそうなことだった。


 そこで、自由研究の発表会があった日、いつ自分の順番が回ってくるかと、本当にドキドキした。心臓が破裂する寸前だったと言っても過言ではない。ロンは(自分の番が回ってくるまで、あと六人、五人、四人……)と数えていき、他の子の発表したことなど、ほとんど頭には入ってない状態だった。自分のことを考えるだけで精一杯だった。また、自分の前の席の子がハムスターの生態について説明し終わると、先生が「何か質問のある人!」と言った。すると、クラスの中でも活発な女子のアン・ドネリーが「そのハムスターの生態というのはどうやって調べたんですか!」と聞いた。


 ライアン・コールフィールドは、「図鑑などで調べました!」と答えたのだが、その途端、クラス中が「ええ~!?」という嵐に見舞われた。アン・ドネリーがまるで我が意を得たりとばかり「それはおかしくないでしょうか?自分で飼った経験があるならともかく、図鑑を丸写ししただけなんて、本当の自由研究じゃないと思います!」


「そうだ、そうだ!!」と他のみんなが囃し立てたため、ロンはますますドキドキしてきた。(ぼくは今もカブトムシを飼ってるけど、でも、野生のを捕まえたとかじゃなくて、デパートで買ってもらったなんて言ったら、どうなるんだろう……)



『ええ~っ。カブトムシをわざわざ自由研究のために買ってきたのかよぉ~』


『笑える~』


『でもまあ、あいつんち、金持ちだからさあ』


 そのあと、女子たちがくすくすと忍び笑いをするのが、ロンは耳元で聞こえる気さえしたものである。


 ところで、ライアン・コールフィールドはクラス内でお調子者として通っており、この時も「いいじゃんか!俺、ハムスター大好きなんだもん。でも家で飼ってもらえないから、仕方なく自分で飼ってるってことにして自由研究にしたんだ。悪いか!!」と答えて、この話はそれきり終わりだった。そして四限目の授業の鐘がなり、マクブライド先生は大きな厚い手のひらを二度打ち鳴らした。


「よし、じゃあ来週の月曜日は、ロン・マクフィールドの自由研究からはじめよう!五限目は体育だからな、着替えて体育館に移動するのに遅れないように!!」


 体育の授業は跳び箱だった。けれど、ロンがあまりうまく跳べなくても、他の生徒たちは大して注目してもいない。マクブライド先生には「ロン!もっと勢いをつけて高く跳ばないと、いつまでも尻餅をついたままだぞ!!」と注意されたが、他にも跳べてない子が何人かいるため、ロンはそれほど気にしなかった。


 とにかく列に並んで、自分の番が来たら跳んで、尻餅をついて……そんなことを何回か繰り返していれば時間は過ぎて授業は終わる。けれど、バスケットとかサッカーということになると、ロンはただなんとなくみんなと一緒に走るだけなので、「おまえは一体なんのためにいるんだ!」とか「もっとチームに貢献しろ!」と言われてぐっさり傷つくことになるのだった。


 ――こうして、特に何をした、これをした、あれをしたというわけでもないのに、学校の授業がすべて終わって帰ってきただけで、ロンはぐったりと疲れきっていた。そして家に帰るとその疲れを癒すために、まずは漫画を読む。家に新しくやってきたおねえさんはいい人で、子供たちが学校から帰ってくると、まず真っ先におやつとジュースを出してくれる。


 いい人だ、とロンは思う。まるでぼくが学校で惨めな思いをして疲れているのをよくわかってくれてるみたいだ、とも……。


 ロンは漫画を読んでいる時だけ、学校という監獄が与える恐怖や不安を一時的に忘れることが出来た。けれど、おやつを食べ終わって一心地つくと、学校の宿題や予習をはじめる。何故といって突然当てられた時に恥をかきたくないからだった。また、あと何か少しショックを受けるような出来事が起きただけで、自分は学校へ通えなくなるだろうと、ロン自身無意識のうちにもわかっていたという、そのせいかもしれない。


 隣の部屋からはよく、『もうランディ、宿題しなきゃダメじゃないの』だの『ゲームはそろそろ終わりにしなきゃダメよ』といったような、おねえさんの声が聞こえてくる。


(ダメだよ、おねえさん。そんな言い方じゃあ、ランディ兄さんにはまるで効果なしだ)と、ロンは心の中でおかしくなる。そしてランディの場合はそれでもいいのだと、ロンはよく知っていた。何故といって、兄には宿題を忘れたら見せてくれる友達もいれば、予習なんて何もしなくても「わっかりませ~ん!」などと言ってまわりを笑わせる度胸もあるからだ。


(ぼくも、痩せてなくって兄さんみたいに太っててもいいから……ああいう天真爛漫な性格だったら良かったんだけど)


 次におねえさんがミミを連れて自分の部屋へやって来るとわかっているので、ロンは途中まで描いた漫画絵を隠して、その上に教科書とノートを置いた。宿題オッケー、予習もオッケー、おねえさんから注意されるようなことは、何もないはずだ。


「あんまり夕ごはん食べてないみたいだったけど、大丈夫?」


 マリーが部屋に入ってくるなり想像してなかったことを聞いたので、ロンは少しだけ驚いた。


「なんだか、顔色もあまり良くないし……何か心配ごとでもあるの?」


 そう言って、手のひらをロンの額において熱をはかるような振りをする。


「ロン兄たん、おねつあるのー?」と、ミミがヌメア先生の額に手をあてながら聞く。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだし、明日は土曜日で、学校も休みだしね」


「そう?だったらいいんだけど……」


 マリーはロンに対しては、消灯時間についてほとんどうるさく言わない。彼が兄と同じように仮にこっそり夜中まで漫画を読んだり自分でも描いたりしてたとわかっても、おそらくそんなには叱らないだろう。そのこともロンにはよくわかっていた。


 この時もマリーには自分から何かを聞きだそうとするような気配があると感じていながらも、ロンはやはり何も言わなかった。大好きなおねえさん。でも、学校で自分がどんなに惨めな思いを味わっているかを知ったら……そう知ったところで何も出来ないのに、心配だけかけても仕方がないじゃないか。それがロンが最終的に出した結論だった。




 >>続く。






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