第11章
翌日、ミミは自分の隣にピンクがかった純白のうさぎの姿を見出して、心から喜んだ。そして部屋の隅の木のベッドにヌメア先生がいなくても、まるで気にかけなかった。
「うさしゃん!あたしのうさしゃん!!」
ミミは嬉しさのあまり、ぬいぐるみと一緒に宙を舞って踊った。何故なのだろう、ミミはヌメア先生がいなくならない限り、自分に新しいぬいぐるみは与えられないと思いこんでいたため、このうさぎの存在とヌメア先生の不在というのは、あまりにもミミにとって自然で当然のことだったのである。
今から約一週間ほど前――ミミはとても怖い夢を見た。ヌメア先生が黒い影のような怨念に取り憑かれ、ミミのほうをじっと見つめるというような夢である。その夢には奇妙な重量感があり、その夢から覚めたあと、胸の上にずっしりと重しがのっていたような感覚がミミの中で残っていた。怖かった。心臓が早鐘を打ち、ふと隣に目をやってみると……そこには変わらずヌメア先生が寝ているではないか!
「うわああん。おねえさーん!」と叫んで、泣きながらミミは隣の部屋まで走っていった。あとはもう、ただミミは震えながらマリーの体に抱きついていた。おねえさんのパジャマはカモミールの柔軟剤の、とてもいい香りがするとミミはよく知っている。
そしてその心地好い香りに包まれながらぐっすりと眠り、夜が明けて明るくなってからは、もうヌメア先生のことは怖くなかった。ただ、彼は悪霊に取り憑かれて病気になっているとミミは思い、ヌメア先生のことはずっと寝かせたままでいた。そうしておけばいずれ必ず新しいぬいぐるみが自分の元へやって来ると思っていた。おねえさんに教えてもらったとおり、毎日そうお祈りもした。
そしてとうとう――願っていたとおりのうさぎのぬいぐるみが我が家にやってきたのだ!その日一日、ミミはとても上機嫌だった。朝ごはんを食べる時に「わたし、うさしゃんよ!よろしく」とみんなに挨拶させると、マリーが「まあ、これからよろしくね」と言い、ロンは「こちらこそよろしく」と紳士らしく挨拶した。
ココとランディは無視して朝食を続けたが、実際あの奇妙なヌメアの奴がいなくなってせいせいしたとふたりとも思っていた。この件について、マリーは前もって他の兄姉に「もう二度とヌメア先生のことは口にしないでね!」などと話してはいない。けれど、「あの忌々しいヌメアの奴がいなくなってよかった」との思いで一致していたため、こののち、食卓でヌメア先生のことは子供たちの間でも一切語られないということになる。
この日、イーサンは子供たちが学校へ行く時間に起きてきて――ランディとロンとココを送りだすと、まだうさしゃんと食事しているミミと一緒に食卓に着いた。自分たちマクフィールド家の所有している株価の変動等をまずは新聞で彼がチェックしているうちに、彼の前にはほぼ自動的にオムレツやフレンチトーストやサラダやコーヒーなどが並ぶということになる。
「ミミ、そのうさ公は一体どうしたんだ?孤児だったところを拾ってきたのか?」
特に何か礼を言うでもなく、マリーの用意した朝食を食べ、イーサンは斜め前に座るミミにそう聞いた。
「うさしゃんはコジなんかじゃないもーん。うさぎ王家のプリンセスなの。でも、お友達のミミのところに来たいって王国の人に言ったら、『いいですよ』ってみんなが言って、ここにいるの」
ねっ!と隣のぬいぐるみにミミが言うと、うさしゃんはこくりと頷かされた……のではなく、頷いた。
(ふう~ん。今度はそういう設定か)と、イーサンは妙に感心した。しかもプリンセスうさしゃんは慎ましいタイプらしく、ヌメア先生のようにあまり話をしない。どうも特殊なミミとしか通じないテレパシーを持っているらしく、ミミはうさしゃんとふたりきりの時には、随分彼女に色々話しかけ、また彼女のほうでも自分のお友達に秘密を教えてくれるようだった。
「ミミちゃん、おねえさん、あとでうさしゃんの新しいお洋服作ってあげる」
そう言ってマリーは、椅子の上のうさしゃんの体の寸法をメジャーであちこちはかりはじめた。もちろん、こんなのは<振り>だけで、あとでミミが昼寝した頃にでも、今着ているうさしゃんのワンピースを脱がせ、改めてそれを採寸するのである。
「おねえさん、うさしゃん嬉しいって!よかったねえ、うさしゃん。おねえさんがいい人で……」
そんな会話を聞きながら、イーサンは新聞の向こうで笑いを堪えるのが大変だった。なんにしても、自分とマリーの作戦は成功したわけだ。そしてヌメア先生はこれから何年続くかわからぬ懲役刑を受けるうちに、窒息して死んでしまうことであろう。
やたらノロノロと時間のかかる食事をミミが終えると、彼女が毎日楽しみにしている子供番組を見せるため、マリーはミミと一緒に居間よりも小さいサイズのテレビがある子供部屋までいく。リビングにミミがいてくれたほうが目が届いていいのだが、何分テレビのサイズが大きすぎるため、ミミの目の健康を気遣っていつも大体そうしていた。
マリーは最近ミミが夢中になっているキュボロというおもちゃを出しておき、彼女がそちらに夢中になりつつ、テレビのほうを見たりもする――そしてその傍らにはいつもうさしゃんがいる……というポーズが出来上がるのを見届けると、キッチンの片付けを済ませるためにそちらのほうへ戻った。
イーサンは相変わらず、新聞を読みながら食事を続けており、マリーは特に彼のことは気にかけなかった。せいぜいが「コーヒーのおかわりくれ」と言われてそうするという、いつもその程度の会話しか朝はしないことが多い。
(本当に、変な女だ)
新聞の少し上のほうからマリーの後ろ姿を眺め、イーサンはあらためてつくづくとそう感じる。だが、特にこれといって何もなくてもイーサンは今幸せだった。特に何も言わなくても自然と自動的に出てくる三食の食事やおやつ……しかもあの面倒な弟妹どもの世話まで焼いてくれ、イーサンはほっと心の寛ぐ思いまでもを味わうことが出来る。
子育てというものにおいて、「何もかも、すべてが自分の責任だ」――ということになると、その重圧に苦しむあまり、子育ては何も面白いところのない義務と化す。けれど、イーサンには今マリーがいたし、マリーには彼がいた。イーサンもマリーも互いにそのことを口にして明文化したことはないが、それでもお互いにそのことを強く感じているはずだった。何かあった時に相談しあえるだけで、こんなにも心が楽になり、気持ちに余裕の出来るものなのだということを……。
こうなるともう、イーサンにしても何かと問題を起こすガキどものいるこの屋敷にいたくないとか、そんなふうには思えなくなっていた。以前まではあれもこれも自分の責任ということにされたくなく、そうしたことから逃げたい気持ちもあり、さらに実際学業や大学生活のほうが忙しくもあった。だが、イーサンも今シーズンのカレッジフットボールが終了すると同時、時間のほうにも随分余裕が出来る。
(そしたら、あとは……この女といてもいい。第一、マリーが自分で気づいてないってだけで、もし仮に俺たちが結婚なんていう面倒なものをわざわざしなかったとしても、実質的にこれからも一緒に暮らしていけば、俺たちは家族で、それと同時に夫婦も同然だってことになるんだから)
イーサンは、大学二年の頃からずっとつきあっているキャサリン・クルーガーとは別れることに決めた。だがもちろん、それも「今すぐ」というわけにはいかなかった。何分今はシーズン中だ。大学内でもイーサンとキャサリンとは美男美女のカップルとして通っているし、彼女にもチア部においての立場やプライドや、そうした色んなことがある。そしてそうした一切のことが片付いたら、マリーとの関係をさらに一歩進んだものにしようと、イーサンはそう思っていた。
そしてその際において何より大切なのは、マリーにその間余計な虫が寄ってこないことであった。ケイレブ・スミスの父親より、野球チームの助っ人を頼まれて以前参加した時のことだったが、マリーが四人のコブ付きであるにも関わらず、彼女を深窓の未亡人か何かのように考え、再婚したいと思っているらしき男がいるとイーサンは知ったのである。
『もしかしてそれは、遺産目当てとかそういう……』
デイヴィッド・スミスは自分の打順が回ってくるまでの間、ガムをクチャクチャ噛みながら教会内の恋愛事情について教えてくれた。
『いや、それもあるのかどうかわからんが、どちらかというとお宅のおねえさんのような女性と結婚して幸せの花を咲かせたいって思ってる男が何人かはいるってことさ。神は離婚を憎んでるはずなんだが、うちの教会には何かの事情で離婚してるか、あるいは女房に先立たれた男やもめなんてのが何人もいるからな。まあ、あんたはあの家の長男にして家長みたいなもんだ。一応、お耳にお入れしておこうかと思ってね』
その時、バッターボックスに立った、いかにも人の良さそうな髪の薄い太った男を指して、デイヴィッドは言ったものである。
『あいつもそのひとりで、女房に逃げられたあと、子供を三人抱えてなんとか頑張ってるって口だ。マリー・ルイスのような若い娘と結婚できれば、七人の子供に囲まれてはっぴっぴってな生活を送れるんじゃないかと思ってるらしい。このことについて、どう思う?』
『七人の子供って、その勘定の中に、俺は含まれてないってことですよね?』
一応、年上の相手だと思い、イーサンは敬語を使った。
『そりゃそうだろ。あんたみたいな格好いい若い男、外の女が放っておくわけがない。むしろ後妻が新しい夫と結婚してくれて、弟や妹の面倒からもお役免除となることを望むだろうから、そうなればやっぱりはっぴっぴさ』
『…………………』
(その「はっぴっぴ」ってなんなんですか?)と聞くことも出来ず、イーサンはこの件については考えさせられた。本人も「男に興味がない」と言っていたし、彼女は口説かれたからといって、そう単純に男に靡くタイプとも思えない。だからイーサンにしても安心しきっていたのだ。
結局この日、イーサンが何本もヒットを放ったにも関わらず、「天の箱舟チーム」は負けた。投手はイーサンが投げたほうがまだしも速くコントロールの利いた球を投げられるたろうといったピッチャーだったし、一塁を守っている者もセカンドもサードも、みなノーコン過ぎた。だが、イーサンは負けたにしても試合自体を楽しいものとして満喫していたかもしれない。というのも、アメフトを本格的にやりはじめる前までは草野球チームにずっと所属していたからだ。
そしてきのう、「ひとりぼっちで寂しい」などという言葉を聞いて、イーサンは胸にグッとこみあげるものがあったのだった。「(イーサンを抜いた)子供七人と夫婦ふたりで暮らせばもう寂しくない」――そんな事態の起きるのだけは、なんとしても阻止しなくてはならない。そこでイーサンは大学院へ進学するための勉強は屋敷へ戻ってきてすることにして、少しばかりではあるが屋敷内にいる時間を増やし、マリーの交友関係には目を光らせるということにした。
前までだったらおそらく彼も、(これも俺の財産が将来的に目減りしないためだ)だの、(あの女にはこの屋敷にいてガキめらの面倒を見てもらわねば困る)といったように建前で考えていたかもしれない。だが、今はもうイーサンは自分の気持ちを認めた。何よりここは、彼が小さい頃からそうあって欲しいと願ってきた<家>だった。学校から帰ってきた時、玄関ホールにはおやつや紅茶のやわらかい匂いがして、晩ごはんを食べがてら、子供たちがその日クラスで起きたことを話したり……以前とは違い、イーサンにとってもここはすでに自分でも進んで帰ってきたいと思う<家>なのだ。
「あの……」
ふわふわのオムレツにポークソテーを食べながら、イーサンは新聞から目を上げる。
「なんだ?ミミのうさしゃん話か?」
「新聞が逆さまだなと思って……」
イーサンはそう聞くなり、ユトレイシア・デイリーニュースの新聞をぐしゃぐしゃにした。いや、株価を見ていた時には確かに真っ直ぐだったのに、何故今そんなことになっているのか、自分でも理解できない。
「わたし、いつもあなたに相談にのってもらってばかりだから、もし、何か悩みごとでもあったら……」
「いや、ない!俺には悩みごとなんか絶対にない!!」
そう言い残してイーサンは、ダイニングを出ていった。食事のほうなら八割方終わっていたため、彼としてはあと、コーヒーさえあれば良かった。それで、コーヒーを片手に書斎へ閉じこもり、試験勉強を開始する。アメフトの練習は今日は午後からだった。
――こんなことがあっても、イーサンは次にリビングでマリーと顔を合わせた時にはケロリとしたものだったし、そういう意味でも彼は彼女と一緒にいて居心地がいいのだった。けれど、そんなイーサンにもマリーにはまだ聞けないことが随分ある。それは彼女に再婚する気はないのか、またする気があるとすれば、どんな男なら条件として合うと考えているのか……何かそうしたことに関することだった。
他に、以前までは彼女の過去についても色々と聞いてみたいような気がしていた。だが、金庫のことでも何かの濡れ衣を着せられたくないとマリーが考えていたように、ああした性格が醸成されるまでには何かの<不幸>が彼女にもあったのだろうと、イーサンにも容易に推察できる。だから、今はもうそんなことを聞くつもりもなかった。
イーサンはこうした複雑な物思いを抱えながらも勉学に励み、またアメフトのほうでは第五試合、第六試合と順当に突破していった。これは強豪大学のひとつと目されているユトレイシア大としては当然であると同時に、周囲もそのように受け止めていることだった。アメフトの激しい練習に明け暮れる間、イーサンは一時的にせよマリーや家族のことを忘れることが出来たし、また今シーズンが終われば時が動いて色々なことが変わってくると思い、そのことに望みをかけてもいたのである。
だが、神は実際にその時がやって来るまでに、イーサンにいくつかの試練を置いたようである。まず第一に――ルーディとマーティンがマクフィールド家に遊びにやって来た。ふたりはキャサリンやクリスティンと大学内のカフェテリアで話していて、やはりイーサンにある疑惑を持っていた。もちろん彼らの男同士の友情は非常に堅いものであり、これらイヴの女たちに容易に秘密を洩らすということはなかったにしても……。
「わたし、イーサンが浮気してるんじゃないかと思ってるの」
ズバリ突然そう言われ、ルーディもマーティンもそれぞれ飲んでいたカフェラテを吹きそうになった。
「そ、その根拠は?」
ルーディがどもったのは、彼が嘘をつくのが下手だからではない。笑いたいのをどうにも堪えかねたからだった。
「だって、ほら、まずは寮を出たでしょ?大体あの頃からなのよ。電話しても出なかったり、デートの誘いもめっきり減って……ねえ、何か知ってるなら教えくれない?イーサンは自宅でガキどもが面倒を起こしたとか、俺だって勉強とアメフトの練習で忙しいんだとか、そんなことしか言わないけど、わたしにはわかるの。絶対他に女が出来たのよ」
「…………………」
マーティンもルーディも当然の如く黙りこんだ。大学のカフェテリアはスターバックスの店内のようにお洒落な雰囲気で、キャサリンはキャラメル・マキアート、クリスティンはエスプレッソを飲んでいた。そしてマーティンとルーディはカフェラテにクラブハウスサンドを食べているところだった。
「ああ、もういいわ!わたしもダイエットだなんだ言ってないで、やっぱりパイでも食べちゃう。クリスティン、あんたは?」
「じゃあ、わたしもつきあうわよ。ブルーベリーパイ取ってきてくれる?」
キャサリンがカウンターのほうへ向かうと、クリスティンは「どういうこと?」と鋭い視線をルーディとマーティンのふたりに走らせた。クリスティンは黒い髪に青い瞳の、目鼻立ちのはっきりしたラテン系の美女だった。このような美人に凄まれて、ずっと無言でいるというのは難しいことである。
「普通、心当たりがまるでなかったら、『そんなことは知らねえなあ』とでも言うでしょ?黙ってるってことはようするに、あんたたちは例によって男同士で隠してることがあるってことなんじゃないの?ねえ、そうなんでしょ?」
パイをふたつほど皿にのせて戻ってくる間、クリスティンも自分が聞きたいのと同じことを問い詰めたのであろうことが、キャサリンにもわかった。いや、今すぐここではっきりしたことは聞けないかもしれない。けれど、いずれにしろクリスティンにぞっこんのマーティンが、あとからでも真実を恋人に話し、自分に教えてくれるだろうと思っていた。
「あんたたちが、そんな人でなしだとは知らなかったわ」
男どもが相も変わらずもぐもぐと食べるばかりで何も言わないのを見て――この場合の沈黙は自白も同然と思ったキャサリンは、チェリーパイを食べかけてやめる。
「あのねえ、あんたたちだって知ってるでしょ?シーズン中はわたし、イーサンに対して多少不満なことがあってもずっと黙ってるし、彼もそのことわかってるから、シーズンが終わったあと旅行とか連れていってくれるの。でもこれから一月になって優勝できるかどうかがわかるまで……わたし、ただひたすらイーサンのことを応援して、疲れてる時にはセックスでもサービスしてって、ずっとそんな感じなのよ?わたしだって馬鹿じゃあるまいしわかってるわ。わたしと彼とは大学内でお似合いのカップルとして通ってるから、卒業するまでは形だけでもつきあってる振りをするとか、イーサンがそんなふうに考えてるだろうってことはね。だけど、わたしのこの涙ぐましい奉仕のことはどうしてくれるのよ!?わたしが真実を知りたいっていうのは、何よりそういう意味なのっ」
キャサリンはケイト・スペードのバッグの中からハンカチを取りだすと、それで目尻の涙を拭いた。女の涙に弱い気の優しいマーティンが何かを言いかけると、ルーディがそれを制する。
「俺も、キャシーとイーサンはお似合いのカップルだなって思ってずっと見てきた。だけど、人には色々事情ってものがあるだろ?特にあいつの場合、家庭環境なんかも複雑だし、頼まれてもいないのにそんなことを友達の俺らがしゃべる筋でもないっていうかさ。というより、俺たちなんかよりイーサンに直接聞けよ。確かに、あいつに女がいるっていうのは事実だ。だがそれは、イーサンの口から聞いたところによるとプラトニックなもので、今のところふたりは恋人でもなんでもないらしい」
「……何よ、それ」
キャサリンだけでなく、このルーディの言葉にはクリスティンも険しい顔つきをした。何より彼女にとってはそんな大切な事実を掴んでいながら、恋人のマーティンが何も言わなかったということに腹立ちを覚えるのだった。
「だから、あとのことはイーサンに聞けよ。俺たちの聞く限り、あいつはその女に惚れてるってわけでもないらしい。第一、俺にも言ってたぜ。『何を言ってる。俺にはキャサリンがいる』みたいにな。だがこう……なんていうか、俺もそこに嘘っぽいものを感じてはいた。イーサン曰く、その女性ってのは道徳か宗教の本みたいにまるで面白味がなくてつまんない女だってことだったな。だがそれでも女は女だ。イーサンのほうでもまんざらでもないのかもしれない」
「だからようするに、どういうことなのよ?」
キャサリンだけでなく、クリスティンまでもがじれったくなってきて、ルーディのことを睨みつけた。(おーこわ)というようにルーディのほうでは肩を竦め、クラブハウスサンドを再び黙って食べ続ける。
「つまり、イーサンには言い寄ってくる女が誰かいるってこと?で、道徳か宗教の本みたいに地味でつまんない女だけど、イーサンも言い寄られて男としてまんざらでもないってことよね。でも今のところまだプラトニックな友達みたいなものだから、べつに浮気とはイーサンは自覚してないけど、なんかちょっと嘘っぽいってこと?」
「実際、詳しいところは俺たちにもわかんないよ」
そう言ってルーディも肩を竦めた。
「ただ、あいつが電話なんかでその女と話してるのを聞いてると、なんか変だなとは感じる。会話自体は色気ゼロだし、相手のほうは「子供たちの前で性の話だなんてとんでもない」といった感じの女性らしいから、おそらく体の関係のほうはあいつの言うとおりないんだろう。だからそういう種類の浮気ではないんじゃないかとは思う、今のところは」
ここでクリスティンが何故か突然、「あーっ!!」という大声を出したため、周囲の学生たちが一瞬振り返った。
「わかったわよ、キャシー!!イーサンの家には今、ゴサイがいるのよ、ゴサイが。ああもう、なんでこんなことにもっと早く気づかなかったのかしら。そうだわ、うちのおばあちゃんが言ってた。イーサンが家族で教会に来てたみたいなこと……そのゴサイってどんな女なのよ?まだ若いの!?」
実はクリスティンの祖母はイーサンの家から比較的近いところに住んでいる。ヴィクトリアパークの地下鉄駅で下りた場合、マクフィールド家は歩いて五分程度の道のりだが、クリスティンの祖母のイモジェンは十分くらい離れたところに住んでいるといった距離だった。
「流石だな、クリスティン。俺の言った僅かなヒントでそこまで考えられるとは……まあまた、その調子で俺の推理小説の筋立てにでも協力してくれ。だが、俺はあいつの友達として言うべきではないことをしゃべりすぎた気がするし、俺たちの持ってる情報ってのもよくわからない不確かなものでしかないんだ。だからキャシー、あとのことはほんと、おまえがイーサンに直接聞くしかないよ」
そう言ってルーディは立ち上がり、マーティンにも合図してトレイを下げた。クリスティンに最後「あとで覚えておきなさいよ」というように凄まれて、二メートルもある大男はすっかり縮こまり、カフェテリアをあとにしていた。
>>続く。




