第2章「二人の関わり」1
それから僕らはメールでやりとりするようになった。他愛もないことを話したりした。
メールは双葉さんから送ってくることが多かった。
「優くん、こんにちは。今日は暑いねー」
「そうですね。もう6月ですからね」
「そうだね。もう夏になるね」
メールをやりとりし始めてから2週間、双葉さんは僕のことをどう思っているんだろうか?思い切って聞いてみることにした。
「双葉さん、僕のこと、正直どう思います?」
返事が来ない。少し不安になった。しかし10分経った頃、返信が来た。
「友達だと思ってるよ」
僕は安心した。しかし、10分間の変な間は何だったのか。
「そうですか。ありがとうございます」
「……優くん、一つ聞いてもらっていい?」
「はい。何ですか?」
「私ね、今まで友達がいなかったんだ」
え……?
「でも今、優くんという友達がいる。凄く嬉しいんだ」
「私のこと、結構強引な人だと思ったでしょ?あれはね、同じスピッツ好きの人に出会えたことが嬉しかったからなんだ。今までそういう人に私が通ってた学校でもバイト先でも出会えなかったから。だからつい強引になっちゃったの。ごめんね」
……。
「迷惑だよね、私。嫌だと思ったらいつでも縁切ってもいいよ」
その言葉を聞いて焦った。初めてできた友達である双葉さんと縁を切るなんて考えられない。
「迷惑だなんて思ってません。むしろ僕も嬉しいくらいです。僕にも今まで友達と呼べる人がいなかったので……」
「そうなんだ。ありがとう。やっぱり優しいね、優くん」
そんなことを言われると照れる。
それから5分くらい経って、双葉さんからメールが来た。
「あ、優くん。今度の日曜日空いてる?」
日曜日は特に予定はない。休日はいつも部屋でゴロゴロしているか、スピッツを聴いている。
「はい、大丈夫ですけど、何ですか?」
「そっか。実は優くんと行きたいところがあるんだ」
「どこですか?」
「カラオケ」
カラオケか。双葉さんと一緒にカラオケ。楽しそうだ。
「もちろん行きます!」
「じゃあ日曜日、あのレンタルショップの近くにあるカラオケ屋さんに2時集合で良い?」
「あのレンタルショップというのは、僕と双葉さんが出会った場所ですか?」
「そうそう!あ、それとお金は持ってこなくていいよ。おごるから」
え、それはさすがに……。
「ダメですよ、この前もおごってくれたのに……カラオケ代は僕が出しますよ」
「いいのいいの。気にしないで。じゃあ日曜日、楽しみにしてるね!」
「え、ちょっと双葉さん!」
それ以来、返信が来ることはなかった。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、本人が良いと言ってるから、良いってことにしよう……。
日曜日、午後2時。僕は時間ぴったりに待ち合わせ場所にやってきた。そして5分ほど経って、双葉さんがやってきた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いえ、全然」
「そっか。よかった。じゃあ行こっか」
僕たちは店の中に入った。
「いらっしゃいませ。何時間ご利用になられますか?」
双葉さんは僕の方を向いた。
「どうする?私結構いっぱい歌いたいから2、3時間は歌いたいんだけどな」
「うーん、じゃあ3時間で……」
「わかった。じゃあ3時間でお願いします」
「かしこまりました。お飲み物はどうされますか?」
「じゃあ……メロンソーダで」
「僕もメロンソーダで」
「かしこまりました」
「……ではお部屋は1階の6号室になります。ごゆっくりどうぞ」
僕たちは6号室に入り、双葉さんは曲を送信する機械を取り出し、ソファに座った。
「なんの曲を歌うんですか?」
「もちろんスピッツ!今日は私スピッツ縛りでいくよー!」
「ははは。やる気満々ですね」
「まぁね。ふふ。優くんは歌、得意?」
今までカラオケに来たことは何度かあるが、もちろん一人で来ていたので誰かに歌声を評価されたことはない。
「うーん、自信はないです」
そこに、店員が二つのメロンソーダを持って部屋に入ってきた。
「ごゆっくりー」
店員は部屋から出て行った。
「……そっかぁ。でも優くんの歌声聴きたいなぁ」
「いやいや、僕なんて……」
「そんなこと言わずに、ほら!先に歌って!」
双葉さんは強引に僕にマイクを突き出した。僕は仕方ないと思いつつ、曲を選択した。
曲名が画面に表示されると、双葉さんがおっ、と声を漏らした。
「スターゲイザーかぁ」
僕は歌い始めた。歌っている間、双葉さんは手拍子をしてくれた。
「明日君がいなきゃ、困る、困る……」
僕が歌い終わると、双葉さんが拍手をしてくれた。
「おー!」
「どうですか?」
「凄く上手かった!なんか凄く引き込まれたよ」
「そんな……ありがとうございます」
「じゃあ次、私歌うね」
室内は双葉さんが機械を操作する音と、隣の部屋から聞こえてくる男性の歌声とタンバリン、マラカスの音だけが響き渡っていた。
「よし、これにしよ」
画面に表示された曲名は、「SUGINAMI MELODY」。
SUGINAMI MELODYはスピッツの「色色衣」というアルバムに収録されている曲。ゆったりとしたテンポで、バンジョーやストリングスを加えたバラードの名曲だ。
双葉さんは静かに歌い始めた。
「眠る野良猫、人は旅人、鮮やかによみがえる青いメロディー……」
僕はその美しい歌声に、一瞬で虜になった。
まるで子守唄を聞いているかのようだった。
曲が終わると、双葉さんは静かにマイクをテーブルに置き、
「どう?」
と聞いてきた。
僕は興奮気味に言った。
「最高です!非の打ち所が全然ありません!」
「あはは、大げさだなぁ」
そんなことはない。本当に歌手として食べていけるような美しい歌声だった。
「双葉さん!もっと聞かせてください!」
双葉さんは苦笑しながら言った。
「まぁ……いいけど、優くんの歌声も聞かせてね?すっごい良かったんだから」
その後、僕らは時間たっぷりに歌いまくった。
ちなみに僕が歌ったのは「スターゲイザー」「みなと」「夢追い虫」「僕の天使マリ」「遥か」「夜を駆ける」、双葉さんが歌ったのは「SUGINAMI MELODY」「春の歌」「桃」「ルキンフォー」「猫になりたい」「砂漠の花」だ。僕が「僕の天使マリ」を歌っているとき、「マリって言ってるところを私の名前にして歌って欲しいなぁ」と双葉さんは言ってきた。僕は双葉さんが好きだ。だから実は心の中で「マリ」の部分を「フタバ」と脳内変換して歌っていた。もちろんそんなことが本人に言えるわけがない。「三文字だと語呂が悪い」という言い訳も考えたが、それだと双葉さんに失礼だと思ったので、今回は何も言わずに愛想笑いでごまかした。
「あー楽しかった」
時刻は5時過ぎ。外は西日で眩しかった。
「僕も楽しかったです。あの……また誘ってくれますか?」
「もちろん!また連絡するね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあね、優くん」
「はい」
実に楽しい時間だった。僕は余韻に浸りながら家に向かった。