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1話

 気が付くと薄くたまった水の中にいた。頭をもたげ辺りを見ると地底湖のようになっていた。落下時にあちこちぶつけた体が痛むが骨が折れている様子はなく、五体は満足のようだ。


「い、生きてるのか」


 どうやら水深の深いところに落ちて浅瀬まで流れたのか。運がいいことに呼吸ができる姿勢で。

 それに辺りにモンスターがいなくて助かった。ダンジョン内で安全を確保せずに意識を失うなど自殺行為である。

 長い時間湖に浸かっていたのか体がかなり冷えている。所々痛む体を起こし湖からはい出た。

 湖がヒカリゴケの光を反射し幻想的な風景であるが、景色を楽しむ余裕など欠片もない。寒さに震える腕で着ていた服を脱ぎ、満足に力の入らない細腕で水気を絞るが気休め程度のようにしか水が出なかった。

 一気に絞るのではなく端から順々に絞って、何とかマシと思えるくらいに水気を切って貫頭衣を手近な岩に広げた。そのころには軽く息が上がり腕は持ち上げるのも重く、手のひらは荒い麻の繊維と冷たい水で真っ赤になっていた。

 荒い息のまま湖の畔に近づき、四つん這いになて顔を突っ込み水を飲む。水は大地にろ過され透明度が高く、そして非常に冷たく綺麗だった。

 頭を上げ、水から顔を出し自身の顔を見る。

 薄暗く見えづらいが水が滴るボサボサの髪は黒色っぽく見え、目も黒のように見える。そこまでは日本人と一緒だが、顔立ちが若干日本人にしては鼻が高く掘りも深いように見える。子供の体なのでどう成長するか分からないし、個性としての差なのかもしてないが、自身の事も時代の顔とは違った。

 呆然として見ていた水面に映る顔に手を当てほほを引っ張り、やはり自分の顔なのだと確認すると後ろに力なく倒れた。ごつごつした砂利が背中に当たり痛いと思うが今更全身が痛むのでさして意味はない。

 体は冷え切っているが妙に頭が熱い。

 薄暗い洞穴に水が流れる音と天井から湖に落ちる音が反響しているが、うるさいとは思わなかった。


 死ぬのは嫌だ・・・・・・


 そう思った。

 目を覚ました当初は戸惑いながらもどこかこの現象に興奮と喜びを感じていた。

 特に面白みのなかった人生から抜け出し、状況は悪い方だが主人公の自分はこれから成り上がっていくんじゃないかという漠然とした期待感。その熱に浮かされていた。

 そんな熱もすぐに死と恐怖の冷や水で体の芯まで一瞬で冷やされてしまった。

 恐怖に震えて動かない足、ぼろぼろと意味も分からず零れる涙。見つかりそうになり必死で無様に逃げ回る様はどこが主人公といえようか。さしずめ自分は物語の序盤にモンスターに襲われて一番に死ぬような意味のある死ではなく、その後に次々と殺されていく村人。そんな程度の人間としか思えなかった。

 それでも、ゴブリンから必死で逃げて、何とか命は繋がった。


「こんなくそったれな洞窟なんかで死んでたまるか・・・・・・」


 そうつぶやくと見上げていた天井が水面の揺らぎを混ぜたように揺れてぼやけた。

 どうやらこの体は涙が出やすいようだ。社会に出てから泣くことなんて無かったが、高校や大学でも泣いた覚えはなかった。覚えてないだけかもしれないが、いったい自分はいつから泣いていなかったのだろう。

 目を瞑り、ヒクッ、ヒクッと押し殺したような声を漏らしながら泣いた。




 しばらくして涙も止まり、ドクドクと頭で脈打っていた血管も体の冷たい血液が頭に回って冷やしたのか、気持ちも落ち着き少し冷静になれた。 

 死なない、つまり生きるためには考えないといけないことは山ほどある。 

 横たえていた体を起こし、無いよりはましと思い、石の上に干していた貫頭衣に座った。貫頭衣はまだ乾いておらず湿った感じを尻に与えてくるが、岩や地面に直接触れるよりは幾分かましだった。

 とにかく今はある情報で何とか生きるすべを見つけなくてはならない。

 とは言え自身で分かることなんて何一つない様なものだ。分かっている事は、自分が異世界で子供の体になっているということぐらい。後はあのゴブリンたちの話していたことぐらいだ。

 

「まずここは洞窟型のダンジョンってことだろうな。そしてあのゴブリンどもは冒険者とか探索者とか言われてるんだろう。そして、俺がモンスターとしてこのダンジョンにいいる・・・・・・」


 本当に考えたくない話だが、俺はダンジョンからポップした有象無象の一人と言う事なんだろう。それでも4層の人間モンスターの持っている黒曜石のナイフを持ってそれより上の低層に出たってことは一応俺はレアポップってことなんだろうか?


「それでもそのレアの証のナイフも無くしちゃ意味がないが・・・・・・」


 それに4層のナイフ持ちは大人みたいだから中途半端なレアだろう。どうせなら大人の体でポップしてくれればとは思ったが、何もわからない状態であいつらに会っても勝てなかっただろうし、大人の体ではあのあ隙間に逃げ込むことは無理だっただろう。

 

「でもこんな細腕と小さな体で何が出来るってんだよ。おまけにあちこち傷だらけ」


 腕を持ち上げて二の腕や太ももなど触ってみるが、筋肉という感じではなく、プニプニとした感触の肉の下にすぐに骨に触る感じがする。典型的な子供の体だ。それも今は打ち身と擦り傷だらけ。少し体を動かすだけでも痛みが走るし、冷え過ぎていたから鈍く感じていた痛みも時間が経つにつれ増して来る。


 ゴブリンたちの話からすると女性だったら殺されない可能性は高いのだろうが、捕まったら生き地獄を味わうことになるんだろう。

 よくある小説のようにきっと苗床にされ、そして使えなくなったら遊び半分で殺され食われる。いや、生きたまま食われることもあるかもしれない。

 訳もわからずこんな場所に放り出され、いきなり命の危険にさらされたことに、今は恐怖より怒りを感じている。


「このままじゃ駄目だ」


 分かっていることだがとにかく口に出す。少し冷静になったとはいえ頭だけで考えていてもぐるぐると思考がおかしな方向に向かいそうになる。それを止めるためにも言った言葉を考える意味で声を出す。


「何が駄目だ?」


 駄目なものなんていくらでもある。


「まずは何もわからない事」


 何故俺はここにいるのか? 

 自身で望んでいるわけではない。誰か他の者に連れてこられない限りこんな場所になどいない。


「誰だ?」

 

 簡単に思いつくのは神様だろう。もっともこんなところに放り出すなんていい神様ではないだろう。他には上位存在とかだろうか。


「何故?」


 偶然、事故、悪戯、気紛れ、使命。五つ目に浮かんだ使命は神様にあってないしまずないだろう。そもそもそんなもの頼まれたら即断ってる。

 偶然や事故なら体が縮むというより若返ってるのはおかしい。無いとは言えないが可能性としては低いだろう。

 

「いや、まず生きていくにはどうするかだな」


 水は地底湖があるので今は何とかなるがここにずっといるわけにはいかない。幸い水を飲んでも問題はなかったようだし。

 しかし、この地底湖は透き通って青み掛かっている程に奇麗なのだが、綺麗過ぎて魚一匹も見当たらない。綺麗すぎて魚は生きられないのだろう。

 いや、そもそもここがダンジョンと言う事ならそもそも魚がいるのだろうか? ダンジョンについて何も分かってはいないので何とも言えないが、出てくるモノが全て管理されるタイプに、自然に出来てそこにモンスターが発生されるタイプ。例えすべて管理だとしても作成後に外から来て住み着くパターンでダンジョンモンスターとは関係ないパターンもあり得るだろう。

 それを確認するためにも、今は思いつくことを試し、検証していかなければならないだろう。

 

「当面は寝床と食料確保と体の傷を治して鍛えないとな」


 あと出来れば靴を何とかしたいがどうにもならないだろう。繊維質の強い長めの草か蔓でも見つけて足に巻いて縛ってみるか。

 残念ながら辺りにはそれに適した植物は生えていない。少し離れたところの水辺付近に黒っぽい20センチぐらいの草みたいなのが生えてるだけだ。

 立ち上がり草の群生付近に近寄り、草をよく見てみる。

 黒っぽい葉っぱは近くで見るとどうやら黒というよりは青黒い色をしていた。形はオオヨモギの葉っぱを少し厚くした感じで、肉厚のほうれん草の様な葉っぱの形をしていた。ヨモギというよりはもう剣葉系のほうれん草の剣を長くした感じだ。


「ほうれん草っぽいから食べたらそれなりに腹は膨れるのかな・・・・・・」


 青黒い葉っぱの色は食欲をそそるような色ではなく、むしろ毒を思わせるような色をしている。 

 だが食べれるのであればかなりの量が群生しているっぽいので当面の食糧は何とかなるだろう。

 試しに一株を根元で握って引っこ抜いてみる。

 思いのほか硬く引っこ抜くのに手間取ったが、ズボッと一気に抜けたそれには乳白色の球根らしきものが付いていた。


「ほうれん草と思ってたものがまさかの球根植物とは」


 球根は鱗茎状でゆり根そのものに見える。ゆり根から伸びる茎は付け根で白と青のグラデーションで色が換わっていた。

 青黒い葉っぱの下にこんなに奇麗な乳白色の球根があるとは思ってなかった。

 ふと思ったのが、これがもしゆり根みたいなものではなく、マンドラゴラやマンドレイクと呼ばれる魔法植物だった場合だ。

 もし自分の知っている通りの存在だったら何も対策せずに引き抜いた瞬間に叫び声を聞いて気絶か、最悪発狂か死んでいたかもしれない。

 そう考えると先ほど生きるためにとか考えていたのが馬鹿というよりギャグの阿呆の様な感じになってしまうところだった。


「何やってんだ俺は。本当に馬鹿だ・・・・・・」


 あれだけ死の危険を感じているのに自分の馬鹿さと迂闊さに嫌になってくる。現代日本人の危機感の無さといったものだろうか。もっと本格的に意識から考え直さないと本当にどこかでぽっくり死んでしまいそうだ。


「そうだ、ここが異世界でダンジョンがあるってことはもしかしたら!?」


 そうだ、そうだよ! ここがファンタジー系の異世界ならあっても不思議じゃない。

 

 スキルと魔法。


 なぜもっと早く思いつかなかったのだろう。こういうお話にはスキルや魔法といったものが付きものじゃないか。どれだけ余裕がなかったんだ。


 神様に会ってないから自然とスキルなどない物だと思い込んでいた。本当ならその段階で試してみるべきのはずなのに。体が替わっているのでこの世界のシステム的なものには対応しているはずだ。それに俺はダンジョンに発生したモンスターだ。何かしらのスキルがあっても不思議じゃないはずだ。


「こういう時に鑑定とかのスキルとかあればかなりイージーモードになるんだが・・・・・・鑑定!」


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