プロローグ01
肌を刺す冷たさに意識を覚醒させられ目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中だった。
太陽や日の光は一切ないが、ほんのりと薄暗くだが床面以外の壁が光っている。それと壁よりもだが壁に際に生えている苔も発光しているようだ。
「ごごは……」
ふと呟いて出た声はからからに乾いていてかすれた声しか出なかった。
覚醒してからずっと刺すような冷たさは足の裏からも伝わってきて、自分は裸足なのだなと思うが、改めて体を見ると薄汚く荒い目の麻製と思われる貫頭衣を着ているだけで、むろん貫頭衣の下には何も履いてはおらず、右手には先がとがった石のナイフらしきものを持っていた。
「い゛っだい何だってんだこりゃ……」
何故俺はこんなところにいるんだ?
確か仕事帰りで電車に乗って珍しく座れたからつい寝てしまったとは思うが、起こさずにいったい誰がこんな洞窟なんかに俺を放置したんだ?
鞄や服、財布にスマホの行方を考えたがあることに気づいた。
「か、体縮んでないか……?」
よく見ると明らかに自分の手が小さく見える。
石のナイフが手から零れ落ち、震える手で体を触ってみると明らかに成人男性の体つきではなかった。別に鍛えていたわけではないが、中肉中背で年齢的にそろそろ腹回りがヤバいかなと思うぐらいには肉がついていたのだが、触ってみた感じ細い腕にガリガリのお腹。髪はぼさぼさでゴワゴワした感触を手に伝えてくる。
「こ、これ、転移……いや、転生ってやつか?」
通勤の暇つぶしに読む携帯小説の投稿サイトで氾濫かというくらいに投稿され続けている作品の大多数を占める異世界転移に転生もの。まさか自分がその当事者になるなんて、夢で何度も見たがさすがに実際に起こるなんて想定外すぎだ。
「な、なったらいいなとは思ってたりしたが、何の脈絡もないパターンのはあんまり読んでないぞ……」
いきなり魔法陣が表れて落ちたり連れていかれたり、集団で転移したり事故に巻き込まれて死んだり、便器に吸い込まれたり、他にも多岐に渡る転移方法が考えだされた小説を読むたび、作者は他と差別化を図るために色々考えてるなとは思っていたが、脈絡なく転移や転生するのは意識に残りにくいからあまり使われないと言う事なのだろう。もちろん面白くなっていくのだが、最初の対処とか小説ではどうしてたかなんて全く覚えていない。
「クソッ! 何でしっかり読んで覚えておかなかったんだ俺!」
もちろん覚えていたとしても使える内容かどうかなどその状況次第で左右されるし、お話用に作っているのだから例え状況が一致しても本当に使えたかどうか分からないが。
「おまけに神様や女神様、王様とかのサポートもないパターンかよ……」
サポートのパターンもいい神様や王様の場合ならいいが、マイナススキルを押し付けられたり、召喚して速攻で奴隷に落とされたりのパターンを考えると何も無いのは間を取ってセーフとも言えなくないが、状況からして無い無い尽くしのおれのパターンはひどい部類ではないだろうか?
まだ素っ裸で森の中とか魔王に召喚されて勇者と戦えとかの方がマシじゃないかな…?
「……いや、ないな」
困惑と戸惑いと理不尽さに頭がくらくらしてくるが、とにかくこんな場所にいても仕方ないので歩き出すが、洞窟のむき出しの地面を歩くと細かな石と冷えた岩肌が余計に痛みを助長してくる。
出口がどちらかもわからない状態で進むのは危険だがこの渇きを何とかしたいと歩き続ける。
歩きながら出てくる唾液を必死に飲み込み喉の奥を潤すが、到底気休め程度にしかならないが、まともに声は出る様にはなった。
「……苔があるってことはそれなりに水分があるってことだよな?」
歩いている途中、壁に生えている苔をむしり取って握ってみると僅かではあるが水が出てくる。
問題は毒があった場合だが……
「まだ行けるか? 苔はずっと生えてるしいざと言う時まで我慢するか……」
毟った苔を握っている手を開けると苔の光が弱まっていた。
「ヒカリゴケってそれ自体は発光してるわけじゃなかったよな?」
確かレンズ状の細胞が僅かな光を反射してるとか何とかだったはずだ。だがこの苔は自分で発光してるようだ。
「この水に反応してってことか?」
そう考えるとこの水を飲むのは非常に躊躇われる。やはり最終手段とするべきだろう。
「いやいや、そんなことよりまずこの状況だよ」
うだうだ思考をめぐらすより足を動かしてまず洞窟から出ないとな。
それにしてもこの細腕でごつごつした握りまで荒い石のナイフらしきものをずっと持って歩くのはかなり疲れる。握りが太いせいで指が回らず片手では余計な力がかかるし、両手で持つと姿勢が若干前のめりになり、二の腕に負荷もかかるので何度も持ち替えている。
いっその事捨ててしまえれば楽なのだろうけど、唯一の持ち物であるしここが異世界ならモンスターの存在の可能性が高い。どんな怪物がいるか分からないが無手でモンスターと戦うことになるのは避けたいしまず無理だ。第一この体ではよく話に出るスライムなら何とかなるかもだがゴブリン相手は例え1匹でも相手なんてできないだろう。小説の設定では一般の大人でも苦戦するタイプもいることを考えると相手にならないだろう。
『ガァァァアァァァアァ』
前方で悲惨な叫び声がした。その後に何か水袋を殴ったような音がし、足音に加え威勢を上げながら響く音と声、金属音、打撃音、金属音、打撃音、つぶれる音に倒れる音が順に響いてきた。
うわぁ、人がいるっぽいのは分かるんだけど完全に戦闘中だろうな。でも上手くいけば一緒に外まで連れて行ってもらえるかもしれないしな。
幾分早くなる歩調で音がした方へ向かう。
段々近づくと、話し声が聞こえてきた。
良かった。言葉が分かるみたいで助かった。
足音を立てずに洞窟の壁の影からそっと顔を出し様子を伺う。
「ったく、おめーら初ダンジョンだからってこんな雑魚にビビッて過剰に攻撃咥えてどうすんだよ?」
全身皮鎧に所々金属の板を張り合わせて補強された鎧を身に纏い、片手で剣を持ち左手の腕には小さめのバックラーを装備した先輩風の男が左手で頭を掻き、あきれながら声を出す。
「すんませんアニキ。つい……」
「なんか頭に血が上っちゃって」
「ウス」
それに比べて初心者なのか小さい3人は先輩冒険者に比べ、茶色い麻の服の上に多少の差異はあるが簡素な最低限の身を護る皮の胸当てに革のガントレットにブーツは一緒だが、銅の剣を持つモノ、鉄製のメイスを両手で持つモノ、二振りの短剣を持つものだった。
「これじゃ傷つきすぎて売れる肉とれねえじゃねえか。まあ討伐部位の耳と核は残ってるが」
「まあまあギブリ、仕方ねえって。おめえだって最初の頃は見つけ次第見境なしにぶっころしてたじゃねぇかよ」
「おいドグ、今は俺の事関係ねぇじゃねえかよ!」
「キキキ、おいら達親から散々赤銅期の事聞かされてっから無理ねえって」
「まあ今後はちゃんと感情のコントロールしないとね。じゃないとギブリみたく10匹も討伐部位含めて肉塊にしちゃうからね」
「うっせっ! おめえらだって似たようなもんだっただろうが!」
「クキキ、ギブリ程じゃねえよ」
「ケッ! オラ、さっさと取るもんとっちまえ。んで、飲み込まれる前に食いたきゃ食っていいぞ」
「いいんっすか!」
「やった!」
「ウスッ!」
喜ぶ3人にギブリの拳骨が落とされる。
「「「ウギャ!」」」
「馬鹿が! 売れねぇもんにしちまったからだろうが! こんな1銅貨にもならんもん持って行くだけ無駄だ。おめえらみてぇな半人前なら石貨て程度でも稼ぎてえんだろうが、綺麗に殺ったもんを持って帰るほうがよほど金になる」
「そうそう、綺麗に殺して綺麗に剥ぎ取るのがいい仕事ってもんだ」
「キキキ、いい仕事するほうが覚えもいいってもんよ」
「へい、覚えます!」
「はぁ、まぁ初めての獲物だ、好きにしろ」
「核を取り出したらダンジョンに吸収される時間が早くなるからまず先に討伐部位をとるんだぞ。それから必要な素材を取って、最後に核を取るんだ」
討伐部位の耳を刺しながら、次に食べれそうな肉の部位、そして最後に心臓の当りを指さす。
「キキッ、今は俺っちたちがいるから安全だが食う時は周りに気をつけろよ?」
「バーカ、こんな低層階に早々危険なモンスターなんか出るかよ」
「でもこいつオスっすよね? どうせならメスの方が美味いって聞いてたんですけど」
「バーカ。まだ子供だから成体よりは肉が柔らけぇからまだいい方だぞ?」
「キキ、こんな低層にメスが出る何てレア中のレア。持って帰って売ったほうが金になる」
「メス相手にこんな処理したらおめえらを俺がボコってるっつーの」
「へい、胆に命じます!」
そう言い腰に差していた剥ぎ取り用のナイフで肉を切り口へ運ぶ。
他の者たちも潰れすぎて汚れて食えない部分以外を剥ぎ取り肉をほおばる。
「やっぱ新鮮なのは旨いっすね。滋味あふれる感じで」
「おめぇにそんな上等な舌があるとは驚きだよ」
「ウス、ウス」
互いに笑いあいながら口に運ぶその肉は、人間の肉だった。
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