06 第六番
ヘリオドールたちは慌てていた。勢いで下書きを終えた俺が、左腕を切って採った血で色つけを始めたから。時刻は黄昏。もうすぐ夜が来る。
* * *
灯りの都合をつけたヘリオドールたちは、初めは黙って見ていた。しかし、できそこないの採血の量が多くなるにつれて血相を変え始めた。星空に浮かぶ三日月が、できそこないの小犬の背後で笑っていた。長以外の誰かが言った。
「ウォルフ殿! せめて我らの血もお使いになってください」
しかし、小犬はその申し出を了承しはしなかった。
「ありがたいのですが、すみません、これは俺の血だけで仕上げさせてください」
「しかし、このままでは……」
「およしなさい」
言いかけたヘリオドールを止めたのは長だった。部族長は小さな声で言った。絵師殿は死を拒んではいない。見なさい、死の影がちらついても、それを受け入れて描くことこそが自分の自然な姿なのだと言わんばかりではないか。
絵が完成間近になったころ、できそこないの顔は白かった。ほどなくして、少年が絵筆を置いた。奇しくも、子犬が憧れてやまない朝日が昇ると同時だった。朝日は出来上がったばかりの赤い楽絵と白い少年を照らした。少年の体から力が抜けた。
「ウォルフ殿!」
ヘリオドールたちがウォルフに駆け寄った。部族長がウォルフを抱き起すと、ウォルフは力ない様子で笑って言った。
「ねえ、部族長。これ、ガーデンクォーツに届けてくださいませんか。神殿に、おせっかいが一人いるんだ。誰も動こうとしなくても、フェレットだけはきっとわかってくれるから――お願いします」
「ウォルフ殿!」
部族長の呼び声には応えず、できそこないは気を失った。ヘリオドールたちは部族長を仰ぎ見た。
「長!」
「大丈夫、気を失っているだけだ。止血を急ごう。――ガーデンクォーツの村へ行くぞ」
部族長は抱え込んだガーデンクォーツを見下ろした。他部族の者の血の輸血は危険を伴う。確実に助けるならば、ガーデンクォーツを訪ねるよりない。
「駿馬の脚力でおよそ丸一日半……死んではなりませんぞ、ウォルフ殿」