05 第五番
ヘリオドールたちは、ガーデンクォーツの俺を盛大にもてなしてくれた。色とりどりの食事に、伝統の舞踊、それから、しきたりや祭についてもたくさん教えてくれた。俺はどこか申し訳ないような居心地の悪さを感じて複雑になった。
「ガーデンクォーツ相手に、どうしてここまで」
「何をおっしゃいます。そのことに何か問題がありますか」
長のみならず、ヘリオドールの全員が嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「今日はぜひ泊まっていってくださいね」
「でも!」
「気付いて受け止めてくださったではありませんか。それで充分だと思いませんか」
ヘリオドールたちの裏のない明るい笑顔を見て、俺はうつむいた。
午後になると、俺は巨大な森を散策した。立入禁止の国有地ではあったが、ヘリオドールは移住の関係でしばらくの間の立ち入りを許可されているらしい。俺はヘリオドールの案内で森を進んだ。呼吸をするたびに、心地よく冷たい空気が俺の肺を満たした。なぜ立入禁止にしてしまったのかと、すでに答えが出ている疑問を抱いてしまった。
俺は森の一角に座って、いまだに繁栄を誇る森の絵を一枚描いてみた。でも、気に入らなくてすぐに折り曲げた。この世界はもう、こんなに美しくなんかない。俺は部族長に願い出た。
「破壊された森林に連れて行って頂けませんか」
「承知いたしました。距離がありますので、明日ご案内いたします」
そして翌日、部族長と数人のヘリオドールに案内されて辿り着いたその場所を見て、俺は絶句した。部族長は目を細め、淡く微笑んで言った。
「かつてはあの森と同じくらい豊かな森だった。わたしたちの祖父母は、それを知っていました」
大地はひび割れ、緑の草はなく、木々は倒れて、その幹の中は空洞だった。湖も川も枯れ果てて、動物はおろか虫の気配すら欠片もなかった。
なぜ気付かない。この惨状に、なぜ気付かずにいられるんだ。――いや、違う、気づいていないわけがない。倒れたぼろ雑巾を前にして、目をそらしながらいつも通りに点呼をする。それは、それまでに努力して築き上げてきた生活を壊さないために。それなりに苦労して必死に生きてきているのだし、年若い俺には責めようもないことだけど、それでもその方向性を安易に認めてしまうこともできない。だって痛かったから。
俺はしゃがんで、かつては立派な大木であったであろう枯れ木に触れた。
「ごめんな、気付いてやれなくて」
どれだけ痛かった? どれだけ辛かった? どれだけ蹴られて殴られた? どれだけ生まれた意味を探した?
――いいや、お前たちは聡いから、きっと生まれた意味を探すなんてばかげたことすらしないんだろう。流れだと受け止めて、こうして淀みにたどり着く。いや、これを淀みとすら思っていないんだろうな。お前たちがきっかけでみんなが現状を直視したなら、流れるべくして流れてきたのだと――そう思うんだろう。
俺は幹を撫でた。指にぴりっと痛みが走った。どうやら乾燥していた樹皮で指が切れたらしい。
「……ねえ、部族長。気付いて、ちゃんと受け止めるだけで充分だって、俺、知ってる」
気付いた後に目をそらさなかった。教師とおせっかい神官の違いはそれだけ。そして俺も、これだけ傷ついた木を前にして、目をそらすという選択肢は取りたくない。
俺は人差し指から流れ出る紅い血を見つめた。そうか。世界にとってみれば、植物は血液なんだ。水と空気を世界に巡らし、大地に根を張って世界を支える。
俺は絵皿を取り出した。止血する前に自分の血を数滴たらす。水がことごとく枯れていたから、水筒を取り出してその水で血を少し薄めて絵の具にした。世界の血の現状を、俺の血で描いてみようと思った。
部族長は俺の行動に驚きつつも、何も言わずに見守ってくれた。俺はラフスケッチ用の小さな画用紙を取り出すと、絵筆に赤い絵の具をしみ込ませた。下書きはしなかった。思うままに筆を走らせた――その瞬間だった。金属音を含んだような痛々しい旋律が流れ出した。音源は紛れもなく画用紙の上の赤い絵の具。部族長の驚愕の声が聞こえてきた。
「ウ、ウォルフ殿! あなたは絵の具を歌わせることができなかったのでは……」
俺の驚きは部族長の比ではなかった。ただ声も出せず、ぎこちなく頷いた。残りのヘリオドールたちにもざわめきが広がっていた。部族長が目を見開いて、俺を見つめてきた。
「大地の命を歌わせる一族ガーデンクォーツ……、あなたは、人の命を歌わせることができるのですか」
俺の脳内にはフェレットの言葉がけたたましく鳴り響いていた。しばらく口元に手を当てたまま動けなかったが、俺は決心を固めると手をおろし、一度絵筆をしまって鉛筆を取り出した。
「――一枚、描きます」