03 第三番
市場はにぎわっていた。多くの部族が集まり、必需品や骨董品、そして美術品を買い求める声があちこちで飛び交っていた。昼時で真っ盛りな市場の中を歩き回っていた少年は、故郷の人々が描いた絵を売る親父さんから突然声をかけられた。
「坊っちゃん! それ、絵筆だね? 絵描きさんなら、ちょっくら楽絵を見ていかんかね」
少年はわたわたと鞄から飛び出ていた絵筆の頭を押し込みつつ、首を振って断ったが、親父さんはかなり強引に少年を天幕内に引き入れた。少年は観念して、少しばかり肩を縮こませながら一通り楽絵を見て回った。気に入ったのか何なのか、彼は一枚の絵の値札を見た。この店で一番の高値の楽絵。サインは「フェレット」。少年は息をついた後、親父さんに尋ねた。
「あの、皆さんって、楽絵しか求めないのですか。音楽家を呼んだり、レコードを聴いたりってことは」
すると、親父さんは大笑いした。
「音楽家をこの楽絵の規模と水準でそろえようと思ったら、相当の金がかかっちまうぜ。楽絵も確かに高価だが、何度も聞けることを考えれば楽絵の方が断然得だろう。しかも、楽絵なら飾っても綺麗だ。レコードなんてのはもってのほかだ。音が割れるし、溝がすり減ればいずれ使い物にならなくなる。昔に比べりゃ、楽絵の需要は高まる一方だね。仕入れたってすぐに売れるよ」
この国の生活水準は上がっていた。皆豊かになりつつあり、少々お高い楽絵にも、昔よりも気軽に手を出している。彼の故郷の人々は、国の人々に求められていた。少年の顔が曇った。しかし、親父さんの視線はすでに、少年の顔ではなく鞄に注がれていた。
「ところで坊っちゃん。あんたさんの絵が見てみたいんだが」
先ほどと同じく、少年は首を振って断ったが、先ほどと同じく、親父さんはかなり強引に少年の鞄を開け、絵を取り出した。親父さんが取り出したのは、海を照らす朝焼けを描いた水彩絵。隅っこに朝日を見つめる小犬がこっそりと描かれた一枚だった。それを見た瞬間に、親父さんの目が見開かれた。
「こりゃあ……、あんた一体いくつだい」
親父さんはまくしたてた。技術を持つ者はいくらでもいる。だが、俺はこの哀愁さに惹きつけられた。朝日の美しさなど称えはしない、ただ美しい朝日を夢見ている孤独な子犬の底知れない渇望。
拳を握って熱弁する親父さんからそろりと一歩後ずさった少年に、親父さんは一歩踏みよった。
「ちょいと、買わせておくれよ。六万でどうだい」
「そっ、そんな高値は!」
少年は慌てて顔を上げたが、親父さんはその大きなたくましい腕で、少年の華奢な肩を叩いた。
「いいんだよ。この際、俺があんたの名前を広めよう。気に入っちまったんだ。一目ぼれさ。しかし惜しいね。これが楽絵だったらどんな綺麗な音色を出したか」
少年の目元がわずかに動いたとき、親父さんの目は海の方に向けられていた。
「あんたさんも絵描きなら、一度ガーデンクォーツに会ってみたいだろう?」
少年は親父さんに万札を押しつけられると、そそくさと店から立ち去った。親父さんの問いに、少年は答えを返さなかった。少年は曖昧に頷いて逃げた。
少年は、持ち出した小遣いとさきほどの絵の代金を使って宿を取った。その宿のロビーにも小さな楽絵が飾られていた。流れ出ている音楽は美しかった。少年は鍵を受け取ると、ロビーからも逃げた。
割り振られた部屋に入り込んだ少年は、何度もペンキが塗り重ねられた、飾り気のない木枠の窓に歩み寄った。窓の外には市街の景色があった。白いコンクリートで綺麗に舗装された市場には、黄や赤の鮮やかな天幕が張られ、家々は茶褐色の屋根で統一されている。少年の目が見開かれて揺れた。数秒後、少年は鞄を引っ掴んで開け放ち、筆をとった。
彼は三枚を一度に描き上げた。どれも明るく活気に満ちた色調だった。彼は、故郷の村と自身の家しか知らなかった頃とは、まったく違う絵を描いていた。彼の顔がほころんだ。
彼の故郷の人たちは決して村を出なかった。彼らに必要不可欠な天然の画材は全国各地から取り寄せており、その仕入れ作業を個人で行うことは不可能だったから。しかし、できそこないの彼だけは村の外にいた。
彼の絵筆を握る手に力が入れられた。少年はつぶやいた。
「旅、しよう」
* * *
『ねえ、旅する少年画家ってご存知?』
『ええ、一度だけ複製展覧会で見たことがありますわ。確か、朝日と子犬の絵や昼の市場、あと、夜空でにやりと笑う三日月や、寄り添う獅子の親子などもあったかしら。まるで飢えているようでした』
『わたくしはそれが好きなの。朝日を待ち望み、活気に憧れ悶え、共感する夜を嘲笑し、強さの中に何かを求める、その美しさと脆さの均衡が魅力的で』
――これが楽絵でしたらねぇ。