シークレットトラック 忘れな草/リヒナー
懐古シリーズを続けてお聴きくださった風変わりかつお気の毒な紳士淑女の皆様へ、幕引きにふさわしくない内緒の一曲を。
※こちらを単発でお楽しみの健全な皆々様におかれましては、お読みにならないことをお勧めいたします。音の絵は九番で完結しており、こちらのシークレットは音の絵とは何一つ関係ございませんのでご安心ください。万が一お読みになりますと、十中八九おさまりが悪くなります。読後感は保証いたしませんので、ちんぷんかんぷん感にご納得いただける方のみお読みください。
あなたはなんとなく町を歩いている。田舎町を歩いている。狭い道、ブロック塀、立ち並ぶ家々、木とコンクリートの住宅街を歩いている。
あなたはなんとなく立ち止まる。何かの店を見つける。古い木造の二階建て、玄関には看板、看板には文字「レンタルレコード店」。
あなたはなんとなく入ってみる。店主と目が合う。店主は若い。
「いらっしゃい。お好きに見て回ってくださいね」
そう言われて、あなたは店を見渡す。狭い。そこにレコードが立ち並ぶ。低い棚の上には一体の人形が置いてある。金に近い茶色の短髪、もう少し濃い茶色の瞳、紅薔薇色のローウェストのドレス、同色のボンネット。
あなたはなんとなくクラシックの棚に足を向ける。あなたはなんとなく一枚を引きぬく。タイトルは懐古シリーズ、監修は紅白、同人物の分厚い解説書付き。あなたはなんとなく聴きたくなる。そこに並んでいる同シリーズは全部で三枚。あなたはすべてを引きぬき持って店主に問う。
「これ、聴きたいんですが、蓄音機持ってなくて」
「橋を渡った先にある蓄音機館で貸してもらえますよ。にしても、それを選ぶとはね」
店主が苦笑する。あなたは訳が分からない。
あなたは一泊分の対価を払って蓄音機館へ行く。シリーズ一作目のレコードを聴く。いつの間にか眠ってしまう。夢を見る。目が覚める。レコードの最後の一音が耳に入る。解説を読んで既視感を覚える。
二作目を聴く。やはり眠る。夢を見る。目覚めて息を飲む。解説を読んで唾を飲む。
三作目を聴く。解説を読みながら聴く。心臓の音が大きい。貸出袋を見る。黄色の貸出袋、船のモチーフ、そこには文字「たまより」。
その日のうち、あるいは翌日、あなたはレンタルレコード店を訪れる。店主が意味深な笑顔を浮かべてあなたを迎える。
「どうやったけ?」
わざと方言を隠さなくなった店主の問いに、あなたは答えずに人形を示して質問を返す。
「あの人形は?」
「妹が我慢できずに買おてきたブリュ・ジュンや。まあ、リプロダクションやけど」
「店長さん、失礼ですが、お名前は?」
店主は楽しそうな、あるいは意地悪そうな顔をしながら答える。
「――九頭竜や。九頭竜妙人」
あなたは目を見開くでしょう。小窓の向こうで会話は次のように続くのでしょう。
「じゃあ、あなたが紅白さん?」
「いや、紅白は俺じゃない」
「それじゃあ……?」
「いいけぇ、お客さん? それは全部夢や」
わたしと出会ったあなたは胡蝶。だからこそ、わたしも紅白ではないの。
忘れな草、原題はForget Me Not。どうか夢を忘れないで。
さあ、目覚めて下さい。忘れな草の最後の一音と共に。またお会いしましょう。
* * 演奏後小話 * *
わたしが小窓の内側でパソコンのワード画面に向かっていると、外から店主がやって来た。店主は画面を見て、笑いながらわたしの頭を小突く。
「さては盗み聞きしとったな?」
わたしはこう答える。
「言いがかりよ。わたしは盗み見しかしてないわ」
「おんなじやからな、それ。うっすい扉一枚隔てとるだけなんに何を言う」
わたしは肩をすくめて聞き流した。店主がウェブブラウザのウィンドウを認めて横からマウスを奪ってくる。その後会話がとめどなく続いた。わたしたちはしゃべりだすと止まらないから。
「何見とったん。……は、小説家になろう? お前、投稿用の小説なんぞ書いてたん。しかも、なろう系の」
「何言ってんの。投稿するのは懐古シリーズに手を入れたやつよ」
「あんな悪趣味なやつ出すん? 引かれるで」
「お兄ちゃん、こんな片田舎でレコード店やってるだけで、本当に黄河さんのこと覚えていてもらえるとでも思ってるの。だったら、相当な能天気さんよ」
「能天気やないとやってられへん。けど、懐古シリーズて……、あれ、その前の三つのアルバム解説も一緒に出さんと、幻想小曲集成り立たんやろ」
「二つはもう投稿済みよ。ビゼーとラフマニノフ」
「おいおい、いっちゃん最初のシベリウスは? これないと、飛翔と寓話と宙ぶらりんやんけ」
「大幅に加筆修正中だからまだ。大丈夫よ。幻想小曲集には第九曲も入れておいてあるから。お好きに想像してくださいって、大々的に書いたでしょ」
「うわっ、荒業。それにしたかて、四作ともぶち込んだら相当長いで。今書いとったん、四作目の最後やろ。四作目、全部で何ページになったん」
「だいたい六十。でも、この報告は無意味ね。投稿する懐古シリーズは、中心核を黄河さんにしぼったから」
「……それって、つまり」
「第一作には蜘蛛も道化師もいない。完全に切り離して別のアルバムを作ることにしたわ。第二作には、孤独な花もなければ、暁につながる鳥もいない。ちなみに第四作は音の絵と忘れな草だけ。この会話も後で書き足すから、覚悟して発言なさい」
「ちょお待て、四作目それだけて、シークレット含めて六タイトル収録のアルバム、シングルにしたん」
「だって、アルバムのままで投稿したら、タグ付けでハチャメチャになりそうだったんだもの」
「で、なんで投稿先が小説家になろうになったん。懐古シリーズ、お前が書いとる中でもライトノベル系とは一番無縁の解説やろ」
「お兄ちゃんの好きそうな話が一番多そうだったから。そんなお兄ちゃんの夢なら、どこか通じるものがあるんじゃないかと思って」
「……お前って、発想が大胆やな。時々って言おうと思ったけど、あかんわ、大概いつもや」
「そりゃあだって、わたしだから」
店主の顔がわざとらしい諦め一色になって、会話が途切れる。わたしは店主のこの顔を見るのが結構好きだ。
大胆ついでに、と思って、わたしはブラウザの画面の一か所を指さした。
「ねえ、お兄ちゃん。これ考えて」
「あらすじ、ひっす。……はあ? こんなん書き手のお前が考えろや!」
「こういうの苦手なの」
「はーっ、ええ度胸やの! 惨憺たるもの考えちゃるわ!」
そう言って、どしどしと音を立てながら店主は店番に戻っていった。わたしは顔に笑いが広がるのを止められなかった。
※この夢物語はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切合切微塵の関係もございません。
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