いつもと同じ朝
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、、、
ハッと起きると布団を抜け出し、すぐさま静かに目覚ましを止めカーテンを(これまた)静かに少しだけ開けると一条の光が差し込み顔を照らした。白い頬を黄金色に染められた少女は目を細めて外を見る。朝陽は眩しいが空には黒い雲が覆っていて、少女のの胸に不安をよぎらせた。光から離れ暗闇に戻ると服を着替え部屋を(やはり)静かに出て行く。階段を音を出さずに下りるのももう慣れた。靴を履き、玄関を出る前に後ろを振り返る。誰もいやしない。そうと分かってっいてもこの習慣はやめない。うしろめたさを持ちたくはない。
市内でも裕福な住宅街の表札に「沼倉」とある一軒からスポーツウェアに身を包んだ少女がゆっくり走り出す。鳥の鳴き声と新聞屋のバイクの音と少女の足音だけが聞こえてくる。少女の行き先は十キロほど先の運動公園で、やはりそこも誰もいないが少女の所属するリトルリーグのチームの練習場だった。倉庫からスパイクとグローブを取り出すと身につけマウンドに向かう。マウンドに立つと少女の長い手足と身長190の体が朝日に照らされる。
セットポジションにつくと目を瞑り呼吸を整えながら、グローブの中で硬球を左手に握りこむ。呼吸を止め体の動きを止めると辺りの空気も一瞬止まる。そして、目を開くと、右手を振りかぶり、右足を深く踏みこみ、左手を肩ごと下げ、右足が地につくと、体を起こし、左手を肘から振り上げ、左手から硬球を投げ込む。チッと摩擦音をたて左手を離れた硬球が、ホームにセットされたネットの的へ向け飛び込んでいく。マウンドにいる時だけが(おかしく思うけど)生きていると感じる唯一の瞬間だ。