ゲームとは
ゲームと言えば、みんなで楽しく遊ぶものを思い浮かべる。
昔なら鬼ごっこやかくれん坊、学校に通い始めてからは人生ゲームや、バレーといったスポーツも加わって、パソコンや専用のゲーム機を使ってのゲームは恥ずかしながら高校に入って、ゲーム好きの彼氏ができてからするようになった。
わたしはこれまでアナログに生きてきた。
スマホと呼ばれる新種の携帯を、高校に上がってクラスの友達と母にさんざん口酸っぱく言われ、しぶしぶ購入したくらいだけど、パソコン自体苦手ではない。40になってやっとパソコンというものに触れ始めた母のために、むしろ積極的に使い方を覚え、教えてあげていた。それが3年も経たないうちに、母のほうから執拗にスマホの良さをアピールしてくるようになったから、科学の進化の速さには末恐ろしいものを感じてならない。
さて、そんなわたしですが、今付き合っている彼氏はかなりのゲームオタク。
オタクと言っても、ネットでよく晒し者にされるような気持ちわるいデブとかではなく、むしろゲームのしすぎて栄養不足に陥っているんじゃないかって疑うほど細すぎる人。顔も重たそうな黒縁メガネを外せばそこそこ格好よくて、学校の成績も意外といい。
彼が告白してきた時、「なんとなく顔とか身長とか胸とか好きだから」と言いのけた声色に含みもテレもなく、その潔く淡白な性格もわたし的には好印象だった。普通の高校生なんだから、むしろマンガや小説によくあるような重々しい理由を並べられたほうが気持ち悪くて断っていた。
さて、そんな彼ですが、最近LFLというオンライン対人対戦型のPC用ゲームにご執心です。
全世界においてプロによる公式戦まで存在すると紹介され、わたしもちょっと興味が沸いて始めたのが先月のこと。5対5のチーム戦ゆえ、彼と彼の仲間(もちろんLFLでのフレンド)がチームメンバーになり、彼らに引っ張ってもらいながらルールややり方を教わった。事実4対5のハンデを背負っているにもかかわらず、全部勝ってしまうのだから、プロになれるんじゃないの?って聞いたら、「甘い。お前がいつも食べてるチョコレートケーキくらい甘すぎる」って笑われた――チョコレートケーキって、そんなに甘いかしら。
それで後日、その甘さを知れってことで、わたしたちは週末、県内でも屈指の広さを誇るスタジアムでプロのLFL試合を観戦することになった。LFL歴1週間――実際5、6回しかプレイしていないわたしはたかがPC用のゲームだからと侮っていたけど、実際スタジアム内の満席具合を目の前にして、閉じることを忘れた口から驚きが漏れっぱなしだった。
試合は国内のリーグ戦だが、日本以外の国のプレイヤーはもっと強く、もっと見ごたえのある試合をすると彼に言われたけど、正直目の前の試合内容さえわたしはほとんど理解できなかった。なぜなら、前に彼から教わったことと照らし合わせてみたら、司会者たちの解説はまるで違うゲームを実況しているかのように、一致する部分はなかった。あと、単純に専門用語も多すぎた。
ただ、LFLというゲームがいかに人気なのかは、嫌って言うほど見せつけられた。
みんな戦ったり、勝負したりするのが大好きだね。
彼と一緒に遊ぶために、わたしは家で一人でLFLをするようになった。
5人ひとチームの構成には一人、仲間で一番攻撃力を持つ人が育てるまで守り、サポートするのに特化するポジションがある。戦闘にとりわけ意欲のないわたしは、いつもそのポジションを自らに志願した。役割が地味で人気がないようで、ポジション争いに巻き込まれることは一度もなかった。
でも、サポートはわたしが最初に思ったり重要だったらしく、さっき言った一番攻撃力を持つ人――専門用語でADCという人がうまく育っていなかった場合、サポートの自分はよく仲間たちに責められた。
下手なやつはサポートをやるんじゃない、と言われ、一応ほかのポジションも一度だけ一回ずつ試してみたけど、結局は同じく下手くそがっ!と怒鳴られ、だったらと最終的にサポートを頑張って慣れて行こうってことに決めた。
その後の2ヶ月は、純粋に楽しかった。チームとして勝っても負けても、自分の動き方やゲームの進め方が少しずつわかってきて、毎週彼とチームを組んだ時もうまくなったなと褒められ、もっと頑張ろうって思えた。
まさかこの後に、あんな辛い日々が待ち受けていたなんて、塵ほども知らなかった。
最初に違和感を覚えたのは、彼の一言だった。
――お前、前より下手になってない?
それは彼と一緒にLFLをして、相手チームにずたずたに負かされたすぐあと。疑うような冷たい目をする彼に、わたしは身が凍りついたほど固まって、うまく言葉を発することもできなかった。
その試合は最終的に相手側のワンサイドゲームだけど、序盤ではむしろこちら側が有利だった。それに気をよくして、みんな勝手に動いたり、一人で敵集団に突っ込んで無駄死にしたから、いつの間にか力関係が逆転したのだ。
――あの時、なんで一緒にオレと来なかった?
だってマップ上、相手5人とも姿が確認できてなくて、中立モンスターのリポップタイミングを考えてそこに敵の待ち伏せがあるかもしれないって思ったから……
――あの時点でオレたちは大量にリードしてんだ、二人で四人を相手にしたって負けない自信があった!
でも実際そこに相手は5人全員いて、わたしがついてったって負けてたと思うけど……
けれど、それも全部「思った」だけに留まり、LFLの実力的にも経歴的にもわたしよりうんと上の彼の言葉に、ずっと俯き加減で納得するしかなかった。
あれからは明らかに、彼との共闘はぎすぎすしたものになった。
「こうしたほうがいいよ」「ここに来て」「その動きを練習しようね」から「なにやってんだ」「こっち来んな」「そういうところがなってない」に変わり、次第にわたしは本当に「ゲーム」をしているのか、わからなくなった。全然、楽しくなかった。
それでも、彼に褒められるよう、わたしは一人で練習する時間を増やした。お手本と思ってプロの試合ビデオを見た。フレンド登録したうまい人たちに教えを乞った。見た目が好きで使っているキャラクターではなく、みんなが強いと認めた可愛くないキャラクターを使うようになった。専門サイトで詳細数値を確認し比較した。
しかし、そんなことで簡単に実力が身につくほどLFLは単純ではなかった。
プロといえばチームは完全なメンバー指定制で、仲間同士の癖や考え方も分かり合えるけど、一般プレイヤーなるわたしたちは、戦績による振り分け制で仲間にどんな人が来るかわからないし、当然お互いのプレイスタイルが合わないことも多かった。最初はタイミングの違いによる些細な失敗でも、いつの間にかLFLではなく、相手本人への謗りと悪化し、結果試合は大きく傾け、負ける。時にはゲームが終わったあと、各プレイヤーがこの試合で残した各項目を統計した画面に切り替わっても、その口論は絶えないこともあり、わたしはそれを見る度、嫌な気分にさせられた。
ある日、わたしは彼に「LFLってプロの試合を見るのは面白くてわくわくどきどきするけど、自分でプレイする時は難しくて思うようにいかないよね」とさりげなそうに言った。LFLを辞めたかったのだ。
なのに彼は「でも、やっぱ自分でやるほうが達成感あっていいだろう」と笑顔で返してきた。
「やる」が「殺る」に聞こえ、わたしはとても悲しかった。
別れ話を切り出したのは、その1週間後で、彼はとくに動揺する素振りもなく、それを了承した。
わたしはますます、アナログな人間になった。