表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

依頼



     3


 図書室の隅で、葉子は目を見開いた。

「え、そうだったの?」

 彼女の反応に、まどかはゆっくりと頷く。

 葉子は一度まわりを見て、ノートで口元を隠すようにして、尋ねた。

「じゃあ、じゃあ時田君とはつきあってないの?」

「……つきあってることに、なってるだけ」

 まどかも同じように教科書で口元を覆う。

 それでも葉子には、ちゃんと届いているのだろう。今度は目をしばたかせて、まどかを見た。

「そっか……そうなんだ」

 葉子とはあの一件以来、よく話すようになった。

 そしてなんとなく、一緒にいることも多くなった。

 本来なら、もう学校に来る必要はない。

 宇佐神も見つかったし、彼のやりたいという、恋結びというものも、場所が限定されることではないからだ。

 けれど宇佐神から、まだ通うよう言われていた。


 ――学校は、恋多き場所だからね


 わからなくもない。

 見つけやすいといえば、そうだ。

 そしてまどかは、宇佐神の月兎だ。

 彼の言うことには、基本的には逆らえない。

 いつもなら不服を表すところたが、今回に限っては、まどかとしては内心、少しだけほっとした。

 時田のことはともかく、葉子のことが気になっていたからだ。

 それは葉子も同じだったらしく、今日も一緒に勉強しないかと言われたのだ。

 図書館で勉強なんて、学校に通うようになってから、初めてのことだった。

「――フリ、なんだ」

 一通りテスト範囲をさらって、休憩していた時のことだ。

 なんとなく流れで時田の話になった。

 そこでつい、告白してしまった。

「そっか……そういうことか」

 事情も説明すると、葉子は納得したように頷いた。

「……黙ってて、ごめん」

 まどかは肩をすくめる。

 こわばったまま、動けなかった。

「ううん、それなら仕方ないよ」

 葉子のまなざしは、優しかった。

 とたんに身体がゆるむ。

「でも、よかったの? 私に話しちゃって」

 それについては、まどかも悩まなかったか、といえば嘘になる。

 けれど、どうしてだろう。

 話したくなったのだ。

 身体が再びこわばる。

 まどかの様子を見て、葉子は察したのか、

「――わかった。時田君や他の人の前では、知らないことにしておくね」

 その言葉に、まどかはほっと胸をなで下ろした。

 とたんに、ふと頭をよぎる。

「……なんであたし、こんなことしてるんだろう」

 まどかが口に出すと、葉子は笑った。

「でも時田君のおかげで、告白される回数は減ったんでしょう」

 なだめるような葉子の声に、まどかは思い返してみる。

 確かに、そうだ。

 ここのところ、まどかに声をかけてくる男子生徒は減った。

 時田のおかげといえばそうなのだが、なんとなく認めたくない自分もいる。

「噂をすれば」

 葉子が図書室の入口へと目をやった。

 まどかもつられて視線を向けると、当の本人が立っている。

「何?」

 一瞬目が合って、近づいてきた彼に、まどかは投げかける。

 時田はいつもどおり――いや、いつもと多少、違っていた。

 どこがどう、とうまく説明はできない。

 ただ違和感があって、まどかは思わず首を傾げる。

「ちょっと話がある。来いよ」

 一度、葉子の顔を見た。

 彼女はすぐに笑って、

「そろそろ帰るところだったから、大丈夫だよ、時田君」

 まどかの肩をたたいて口にする。

「悪いな。ちょっとコイツ借りてくわ」

「ちゃんと返してね」

「おう」

 葉子は帰りの準備を始める。

 わけがわからないのは、まどかのほうだ。

 けれど、

「じゃあ、また明日。まどか」

 ふいに名前を呼ばれて、まどかはそれだけで、なんだか胸がいっぱいになる。

 図書室を出て行く葉子を、ぼんやりながめていると、

「場所移動するぞ」

 時田に外を促され、まどかも自分の荷物をまとめた。


 家に帰ると、居間はいたのは彼方だけだった。

「おかえり」

 寝ころがりながら、テレビを見ている。

 まどかは一度台所に行き、冷蔵庫をあけた。

 飲み物を出して、注ぐ。

「宇佐神さまは?」

 姿も気配もない。

 どうやら、彼方一人のようだった。

 背を向けたまま、返事をする。

「出かけた。夕飯までには戻るって」

 まるで、子どものようだと思う。

 けれどそう言う時は、必ず帰ってくるのだ。

 それが、彼方もまどかもわかっていた。

「おやつあるぞ」

 居間へ行くと、座卓の上には彼方の湯飲みとカステラがあった。

 起き上がり、一つ、また一つと、彼方が手をのばしていく。

 これはすぐになくなりそうだと、まどかはあわてて居間を出ていこうとした。

「着がえてくる」

 その時ふと、疑問に思ったことを尋ねる。

「ねえ、彼方」

「ん?」

「でーとって、何着ていけばいいの?」

 彼方の手から、カステラが落ちた。

「あ、ちょ、彼方」

「……おま、今なんて言った?」

「そんなことより彼方」

 カステラが、と、まどかはそっちが気になってならない。

「いいから、今言ったこと、もう一回言ってみろ」

 座るように促され、まどかはひとまず従う。

「ほら」

「……でーとって、何着ていけばいいの?」

 まどかは仕方なく、一字一句同じように答える。

「……どういうことだ?」

 まだ視線は、カステラのほうを向いていた。

「どういうことって」

 気になるのは、カステラだ。

 残り、3切れ。

 これは宇佐神の分も入っているのだろうか。

 まどかの考えをよそに、彼方は話を続ける。

「例のクラスメイトか?」

「うん、まあ」

 目を泳がせながらも答える。

「学校内だけのーーフリってやつじゃなかったのか?」

 まどかは肩をすくめた。

「そのつもりだったんだけど……今回だけってことで」

 事情を話そうとした。ついでに、カステラに手をのばす。

 その時だった。

「ただいま」

 居間の襖が開いて、宇佐神が入ってくる。

「おや、まどか。帰って来たんだね」

 あわてて手を引っこめた。

「おかえりなさい、宇佐神さま」

 まどかは何事もなかったかのように、笑顔で迎える。宇佐神も笑顔を返す。

 だが様子を悟ったのか、すぐに首をかしげた。

「どうしたんだい?」

「――宇佐神さま。あなたがフラフラしてるから、まどかもおかしなことになってるんです」

 彼方が腕を組んで、眉を寄せる。

 宇佐神は、まどかのとなりに座ったものの、すぐにカステラに目がいった。

「とりあえず話を聞こう。お茶を入れておいで」

 彼方とまどか、両方に目をやると、先に立ちあがったのは彼方のほうだった。


 時田に言われたのは、こうだった。


 ――礼はする。だから一回だけ、外でも彼女のフリしてもらえないか。


 いきなり、しかも拝むように言われて、正直まどかは驚いた。

 彼のそんな態度は初めてだったからだ。

 事情を聞けば、彼には海外で暮らしているお姉さんがいるらしい。

 今度久しぶりに帰国するので、その時だけ一緒に会ってほしいというのだ。


 ――契約違反だっていうのはわかってる。今回だけ、一度きりでいい。なあ、頼む。


 時田はまどかに、今度は頭を下げた。

 もちろん、今まで見たことなどない。

 あまりに必死なので、まどかはつい、口にしたのだ。


 ――大切なお姉さんなのね


 言葉にしてから、なんだか自分らしくない気がした。

 時田が頭を上げる前に、まどかはあわてて続ける。


 ――ちなみに、報酬って?


「それで?」

 頬杖をつきながら、尋ねたのは宇佐神だ。

「冷蔵庫に、あんみつが入ってます」

 彼方がちらりと目をやった。

 有名店のもので、かなりおいしいという。

 しかも3つ、買ってくれた。

 それを聞いて、宇佐神は台所へ向かう。

「――ちょっと待て」

 宇佐神に、そしてまどかに制止をかけたのは、彼方だった。

「もらったってことは、引き受けたってことか」

「だからそう言ってるじゃん」

「宇佐神さま――」

 呼べばあんみつを抱えて帰ってくる。

「まどか、これで全部かい?」

「そっちは前報酬。終わった後で更に、わらび餅を追加してくれるそうです」

「――そうか。受けるといい」

 宇佐神はあっさり頷いた。

「――宇佐神さま」

 彼方の声が低くなる。

「あなた仮にも神様でしょう。そんな俗物に成り下がっていいんですか」

 そうは言いつつ、彼方もちらちら、宇佐神の腕の中を見ている。

「人間の作る甘味はなかなかのものだよ」

「まさか、そのためにここにいるんじゃ……」

「一理あるね」

 宇佐神はすでにあんみつを開けて食べている。 すると、彼方はとなりで喉を鳴らした。

「とにかく、外で一回、その彼とお姉さんとやらに会うだけなのだろう」

 まどかは時田に言われたことを思い出す。

「……一応、食事もする予定です」

 デート、と言っていいのか迷ったが、他にどう表現したらいいかわからなかった。

「だったら楽しんでくるといい。とびっきりかわいくしてね」

「はあ」

 宇佐神は彼方に、あんみつを渡す。

「……服や髪は、おれがやってやる。いいか。今回だけだからな」

 彼方はもう一度お茶を入れ直すために、席を立つ。

 まどかは着がえるために、今度こそとなりの部屋へ向かう。

 心なしか、胸が弾んでいる気がした。

 その様子を見て、宇佐神が口にする。

「どんなに根回しや計画をしても、予想外のことは起きるものだからね」

 あんみつのふたを、うれしそうに眺める。

「それが人の常。さて、楽しませてもらおうかな」

 カステラを一つつまんで、笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ