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休日


     2


「――現行犯です、宇佐神さま」

 彼方がそれを仕掛けておいたのは、土曜の朝だった。昨夜めずらしく、良いものが手に入ったからだ。

「うむ、悪くないね」

 口を動かしながら、宇佐神は答える。その手を彼方につかまれていることなど、気にもとめない様子だった。

 彼が口にしているのは、くるみゆべしだ。

 宇佐神だけではない。彼方も、そしてまどかも大好物で、散々悩んだが、試してみることにしたのだ。

 そして、見事にかかった。

 今まであれやこれやと策をこうじてきたものの、案外あっけないものである。

「さあ、宇佐神さま、こちらへいらしてください」

 彼方は半分呆れながら、宇佐神を居間へ連れて行く。

 すると隣の部屋の襖が開いた。

 まどかだった。

「何? 朝からどうしたの」

 まぶたをこすりながら、寝間着のまま出てくる。

「おはよう、良い朝だね」

 さわやかに宇佐神にあいさつをされ、まどかは目をまるくする。

「え、あ、宇佐神さま?」

 夢? 夢なの?

 そう思ったまどかは、あわてたように二人を見た。


 ――まさか、引っかかったの?


 そう訊きたい気持ちをこらえると、彼方は軽く頷いて、

「ようやく起きたか。ちょうどいい。おまえもこっちに来い」

 声と視線、両方で促される。

 まどかはひとまず、居間へ入った。

「そこ、座れ」

 寝間着だが、言われたとおりにする。

 声は思ったよりも、低くなかった。

 それだけで、彼方の機嫌がわかる。

 ここのところ、あまり良くない状態が続いていた。

 理由はわかっている。

 この間まどかが、宇佐神を捕まえそこねたからだ。


 ――おまえはよくやったよ


 口ではそう言ってくれたので、直接責められることはなかったものの、ピリピリとした空気はまどかにも伝わっていた。

 さて、どうにか対策を練らなければならない。

 考えていた矢先に、時田からあるものをもらったのだ。

 それが、くるみゆべしだった。


 ――ん、やる


 その一言だけだった。

 受け取ったものの、一人で食べるのもどうかと思った。

 持ち帰れば、彼方は思いついたようにそれを台所に仕掛けたのだ。

 まさか、とは思っていた。

 半信半疑だった。

 けれど目が覚めてきたのか、だんだん頭が冴えてくる。

 もしかしたらあっさり――引っかかってくれたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、まどかは宇佐神を見る。

 にっこりと微笑んだままで、もちろん答えはない。

「――宇佐神さま、単刀直入に聞きます」

 彼方は一度、咳払いをした。

 宇佐神の様子は変わらないものの、まどかは少し、肩をこわばらせる。

 口元を見れば、あまくていいにおいがした。

「――家出の目的は、なんですか?」

 実はこれまでも何度か、宇佐神を捕まえかけたことはある。

 けれどこの間のように、するりと逃げられてしまうのだ。

 神と使い、どちらが上かといえば、前者なので、仕方がないことだ。

 だが連れて帰るには、目的を達成させるためには、その立場をなんとか乗り越えなければならない。

「ふと、思ったんです。単なる気まぐれではないのかと」

 まどかは宇佐神の顔を見た。

 その輪郭は美しく、華やかな顔立ちで、眺めているだけで胸がいっぱいになる。

 決して、あまいにおいのせいだけではない――と思いたい。

「ふむ」

 宇佐神は一度考えるように顎に手をやった。

 けれど口の中には、まだくるみゆべしが残っているのか、もぐもぐと動いていた。

 まどかはそばにあったお茶をさしだす。宇佐神は迷うことなく、それを手に取った。

 心がほっこりするのがわかる。

 同時に、自分の気持ちを確認したような気がした。

 まどかがほっとしていると、宇佐神が口を開く。

「もし、目的があるんだとしたら、おまえたちが手伝ってくれる。そういうことかな?」

 意外な言葉だった。

 まどかはもちろん、彼方も目を見開いている。

 けれどすぐに伺うような視線になったのは、彼方のほうだ。

「社に帰ると約束してくださるのなら」

 間髪入れずに、答える。

 まどかはただただ、見ているだけだった。

「おれたちは、あなたの月兎ですから」

 その言葉をきいて、宇佐神はもう一度、顎に手をやった。

「では、早速今からお願いしようじゃないか」

 宇佐神は立ちあがり、口元をぬぐう。

 楽しそうに足もとを弾ませながら、外へ出た。

 彼方も、そしてまどかも、それに続いた。


 やってきたのは、近所の公園だった。

 あるのは知っていたものの、足を踏み入れるのは初めてで、まどかはあたりを見まわす。

 わりと大きめで、真ん中に噴水がある。

 水面が揺れているのが、ここからでもわかった。

 それから、ベンチ。

「まどか、あれっておまえの学校の制服じゃないか?」

 彼方の言葉に、まどかは目をやる。

 水色で、角がまるい。

 ぼんやりそんなことを思うと、次に視界に入ってきたのは、女生徒の姿だ。

 確かに、そうだった。

 ベンチに浅く、腰かけている。

「……ほんとだ」

 顔は知らない――と思う。

 けれど一瞬、脳裏をよぎった気もした。

 次に口を開いたのは、宇佐神だった。

「彼女はここのところ、ずっとある人を待っていてね」

 

 ――ずっと、ある人


 その言葉が、まどかの中でこだまする。

 首をかしげつつ、宇佐神を見る。

 目は合うことがなく、宇佐神は気がついたように口にする。

「そろそろだね。ほら」

 やってきたのは、赤色のワゴン車だ。窓が開いており、そこからふんわり、あまいにおいがする。

 移動販売車だ。

 何やら文字が書いてあり、三人とも、ほぼ同時に、それに目を走らせる。

「……たいやき」

「たいやき、だね」

 宇佐神をはじめ、彼方、そしてまどかにとっても好物だった。

「あんこ」

「くりーむ」

「ちょこ」

 顔を見合わせながら口にした。

「まどか、ちょっと買ってこいよ」

 促したのは、彼方だった。

「それはいいね」

 宇佐神も同意する。

 なんとなく予想していた。正直、食べたい。まどかはあっさり従い、販売車へと向かう。

「いらっしゃい」

 窓から顔を出したのは、男性だった。

 背が高く見えるせいだろうか。

 まどかはなんとなく、怯む。

「どれにします?」

 けれどすぐに、緊張がゆるんだ。

 やわらかい声と、少しだけ、はにかむような笑顔に身体がほぐれたのだ。

 それから、あまいにおい。

「おすすめは王道のあんこ、と言いたいところだけど、実はくりーむだったりする」

 迷っていると思われたのだろう。

 まどかはその言葉に、くすりと笑みをこぼす。

 それから、

「3つください」

 指を三本立てて口にすると、相手は少し驚いたような顔をして、けれどすぐに袋に入れてくれた。

「また来てくださいね、かわいいお嬢さん」

 やわらかい笑顔だった。

 まどかは軽く会釈して、宇佐神たちのもとへ戻ろうとすると、姿が見えない。

 3つ食べていいのかな。

 ふと、そんなことを考えていると、

「……林原、さん?」

 ベンチにいたはずの少女が、いつのまにか後ろに立っていた。

 急に話しかけられて、まどかは思わず袋をにぎりしめた。

「私、同じクラスの佐々木葉子」

 それを聞いて、今度は目を丸くした。

「話すのは多分、初めてだから、そんなに気にしないで」

 どうやら、顔に出ていたようだ。まどかは肩をすくめると、

「たいやき、好きなの?」

 尋ねられて、まどかは少女と袋を交互に見る。

「ここの、おいしいのよね。ちょっと待ってて」

 同じようにたいやき屋へ向かう。

 まどかはひとまず、言われたとおり動かなかった。

 袋からは、ふんわり、あまいにおいがする。もう一度あたりを見まわすものの、やはり二人の姿は見えない。

 気配は、感じるのだけど。

 まどかは仕方なしに、少女――葉子のほうを見た。

「いらっしゃい」

「あ……こんにちは」

 うつむけながらも返事をし、顔をほころばせている。

 あれ? とまどかは思った。

 なんだろう。

 なんていうか――。

 なんとなく、言葉が浮かびそうになった瞬間だった。

「よかったら、向こうにすわらない?」

 葉子がたいやきの袋を持って、まどかの前に立っている。

「一緒に食べよう」

 と、ベンチのほうを見た。


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