目的
「クラスメイトと、つきあうことになったあ?」
彼方の声は、呆れと驚きが入り混じっていた。
まどかはそれを聞いて、息をつく。
やはり、黙っておいたほうがよかったのだろうか。
ただどちらにしろ、何か言われるのであれば、早い方がいいと思っただけだ。
「おまえ……いくらなんでもそれはないだろう」
座卓に前のめりになりながら、彼方は眉を寄せる。まどかはそんな彼を尻目に、置かれたお茶と大福を見た。
「まだ転校して、確か二週間だったよな」
黒髪の短髪に、伊達眼鏡。黙っていればそれなりに見られる姿で、関係としては従兄、ということになっている。
生業は、ちなみに物書き。これもあくまで仮の職業だ。
「そうなっちゃったんだから、仕方ないじゃない」
「いやいやいや」
「それにフリ、だし」
まどかはお茶とお菓子に手をのばす。けれどそれを遮るように、彼方の声が飛んできた。
「――まどか。もう一度確認する。そのクラスメイトっていうのは、男……なんだな?」
「うん、まあ、多分」
そういえば、ちゃんと確かめたわけじゃないなあ。まどかが付け加えると、彼方の視線が険しくなる。
「――今のはおれが悪かった。そこはいいから、そのままでいいから」
頼むから確認しないでくれ、と言わんばかりのまなざしだ。
「それで、だ。そもそもなんで、そういう話になったんだ?」
まどかはひとまず、事の経緯を説明する。彼方はそれを聞いて、息をついた。
「……それはなんというか、確かにまあ……」
「――じゃないと、他の男が寄ってくるんだもん」
まどかはとうとう、お菓子に手をのばした。
家は、学校から歩いて十分ほどの平屋だ。
着替えを済ませると、大概彼方が出てきて、一日の報告をすることになっている。そうすることが日課――というよりは、必要にかられて、というほうが大きい。
「――やっぱりおまえ、目立つんだな」
彼方がしみじみと、まどかに目をやる。
「別におれらの中じゃ、珍しいってわけでもないのに」
やっぱり、浮くんだな、と、彼方は苦笑する。
「そんなの、あたしのせいじゃないし」
まどかはお茶を飲んで、目を逸らす。
こういう時、なんとなく居心地が悪くなる。
自分の中で相反する何かが入り混じって、胸のあたりがもやもやするのだ。
「で、牽制のためにそういう手段に出たと」
彼方が今度は大福に手をのばす。
用意されたのは、全部で3つ。
残されたのは、あと1つだ。
「利害の一致っていうのかな。悪くないと思って」
「いやいや、おまえつきあうっていうのは、そもそも好き同士がするもんなんだぞ」
それが例え、自分たちのような存在であっても。
彼方の瞳は、そう告げていた。
「だからフリだって」
呆れたようなまなざしを、彼方に向ける。すると彼は腕を組んで、目を閉じた。
「まあ、そもそも人間とどうにかなるなんて、ありえないし、な」
彼方は自分の分の大福を手に取り、口を動かし始めた。
「そうそう」
まどかは頷きながら、3つ目の大福を見つめる。
だれの分なのかはわかっている。
けれど食べなければ、傷んでしまう。そう思って、手をのばそうとしたその時だ。
「――わかった。おまえがそこまで言うなら、おれも反対しない。思う存分、フリってやつをやってこい」
彼方があっさり、残りの大福を手に取る。
勢いあまって、口の中へ入れてしまった。
「――ずるい」
もちゃもちゃと口を動かしながら、まどかをみる。一気に飲みこんで、何事もなかったかのようにお茶を飲んだ。
「ところでまどか」
抗議がこもったまなざしのみ、彼方へと向ける。
「あっちのほうはどうだ?」
問われて、まどかは仕方なく、お茶を飲んだ。
何を言われているのかなんて、百も承知だ。
そもそも、そのためにここにいる――ここへと、来たのだから。
「――いる、とは思う。気配はする」
あの学校、というか周辺のどこかから。
確証はない。けれど、間違ってはいないはずだ。
「やれやれ、困ったものだな、あの方にも」
彼方もお茶を飲んで、こぼした。
「そうだよね。神社のほうは大丈夫かな」
言いながら、まどかは他にも食べるものがないかと探した。
ちょうどせんべいを見つけたので、思わず手に取ってかじる。
「彼方こそ、何かないわけ?」
自分は学校で、彼方はその周りで、というのがいつもの役割分担だ。
「今のところは、な」
「なんかあたしにばっかり働かせてない?」
「適材適所。けど今回ばっかりは、それも心配になってきたわ」
彼方もせんべいを手に取る。二口ほどかじると、お茶が欲しくなったのか、立ちあがった。
「何が?」
「つきあうフリってやつ。そうなるとバレる可能性が高いってことだろ」
「そんなヘマしないもん」
自分も催促するように、湯飲みを出した。
「そもそも学校の関わりだけだし」
可能性としては、そんなに高くない。
「そうは言うけどな、予想外のことって、案外起こったりするもんだろ。特に、おまえの場合は」
用心しとけ、ということらしい。
それを言われると、まどかは黙るしかない。
「……別に、大丈夫だよ」
「おれがいつも、助けてやれるとは限らないからさ」
まどかは再び黙る。
確かに、そうだ。
自分よりも、彼方のほうが、ずっとずっと先輩だ。その分、できることも多い。
「大丈夫。そんなに接触するわけじゃないから」
ひとまず、そう言うしかなかった。
彼方はまどかの湯飲みを手に取り、先にお茶を注ぐ。
「まあ、確かにちょっとおまえに負担がいってるのは、おれもわかってる。けど、それもあと少しのことだから」
辛抱してくれ、と言わんばかりに頭をなでてくれた。
その言葉に、ぬくもりに、まどかもほっとしたように笑う。
「そうそう、そこのお団子屋さん、なんか今日安いみたいよ」
聞いたとたん、彼方の目が光る。
「マジか?」
「ん。財布忘れたから、買って帰れなかったけど」
おかげで今日は昼抜きだった。教室に居づらくて、校舎裏にいたところを、男子生徒に声をかけられたのだ。
「おれちょっと行ってくるわ」
彼方が財布を懐に入れる。そのまま、玄関へ向かった。
「みたらしがいいな。2本食べたい」
「あれば3本買ってくるわ」
あっというまに、外に出て行ってしまった。
一人残されたまどかは、早速お茶を飲む。
熱々のせいか、湯気で一瞬、視界が曇った。
顔をあげれば、ようやく慣れてきた天井が見える。
ここにはどれくらい、居られるだろうか。
ふと、そんなことが頭をよぎる。
目的が達成されれば、それに越したことはない。
なのになぜか、そんなふうに思ってしまった。
理由は、わからない。
だから、深くは考えない。というよりも、考えることができないのだ。
残ったお茶を飲み干すと、まどかは再び息をついた。