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天雲秘譚  作者: 八剱ユウ
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エア

 人間の母とミヴァ神族と呼ばれる神を父に持つエアは、人の生命いのちと神の時間いのちを持つ、半人半神である。

 獣神属でもあるミヴァ神族は、星に生きる鳥達を遍く統べる。神格も竜種と比肩するほど高い。

 基本鳥の姿か、人と鳥を合わせた姿で顕れることが多く、民間伝承では二対の巨大な翼で天空を翔け嵐を支配し、魔声を用いて人を導き、また惑わすと語り継がれ、常に畏怖の対象として見られることが多い。

 その半神ともなれば潜在能力は如何ほど、という疑問が湧くが、エアはそれらしい力をほとんど受け継ぐことはなかった。

 どんな鳥の姿にも変身でき、意思疎通が可能ではある。だが変化した際に形成できる翼の数は一対だし、当然のように一族特有の鳥人の姿も持たない。人型の肉体の性能もそう高くは無く、一般人の枠を出ない。それもあってミヴァ神族としての格は最下である。

 父神から受け継いだ、と言えるのは、この髪の瑠璃色くらいか。

 幼い時分、エアとエアの母は極寒の星を彷徨っていた。そこにたまたま行き合わせた神様に拾われ、保護を受けた後、赫埜に招かれた。

 随分昔のことであるが、昨日のことのように思い出せる大切な記憶。

 神様はあのときからお変わりになられない。太陽のように輝き、その存在は全てを照らし出す。

 これからもずっと。そう思っていた。




「私、今かみ…あるじ様がどのようなお勤めをなさっているか、知らないんです」

 演奏に使う楽器の調弦をしながら、エアは不安も露わに打ち明けた。

 ちなみに弄っているのはエアは唯一の手持ちであり昔から一番身に馴染んでいる、瓢箪琴シスと呼ばれる弦楽器である。大きさは子供の身長ほどあり、瓢箪の名が付くとおり極端に下膨れした瓢箪を縦に割ったような独特な形をしている。

 エアは銀蔓草の弦と絹糸を縒ったものからなる二種類、計六本の弦を、開放弦の音を基準にしながら慎重に調弦していた。

「皆様は何かご存じないでしょうか」

 ポン、ポン、と丸い音を鳴らしながら、祝宴の舞台裏でともに準備に勤しんでいた三人の女性眷属にそれとなく問いかけてみた。彼女たちなら何か知っているのでは?と予想しての質問なのだが、芳しい反応は見られない。

 彼女らはそれぞれ空色の瞳を瞬かせる。

「そうねえ、確かに今回は特にお疲れのようね。今回はどのようなお勤めなのかしら。レクォス、どう?」

「私も詳しくは窺っていないわ」

 それを聞き、エアは、むむっと眉を寄せた。

(みんなが知らないということは、余程重要なことなのかしら…)

 左手で慎重に弦を巻き上げながら話に聞き入る。

「でもケゥルなら知っているのでしょう?」

「そうねえ」

 この場の四人の中で一番序列の高いケゥルは竪琴を一音を奏でたあと、「実際はわからないけれど」と前置きし、慎重に語り出した。

「星で、何か救済的なことをやっておられる様よ。奉納品を見る限りでも武勲に関する感謝の書状や、戦勝を祈願する意図のありそうな見事な長剣なども見受けられましたもの」

(救済……)

「まあ、それは」

「物騒ねぇ」

「矢張り、荒ぶれる御方が関わっているのかしら」

「ああっ!だから主様が召喚を請け入れられたのね」

「恐らく、≪悪意の種≫が蒔かれたから……困窮した人間たちが縁のあった主様を頼ったのではと思うわ」

「可能性は高いわね。あの星も…シリウス?といったかしら。長いこと主様を奉じていたようだし」

「エアはどう思う?」

「へっ!?」

 ふんふんと聞いているといきなり話題を振られ、エアは驚いた拍子に糸巻きを思い切り捻り上げてしまった。

 ギイィッ、と場違いな音を出してしまい、慌てて緩める。銀蔓草の弦は柔らかいから伸びてしまっては一大事なのだ。

「そう、ですね。そのような気がします。神さ…あるじ様はお優しい方ですし……」

(救済、かぁ…)

 そう。神様はお優しいのだ。

 直角に反り返ったヘッドに指を這わせながら、胸のうちで呟いた。

 それこそ縁もゆかりもない、みすぼらしい半神の子供を優しく抱き上げてくれるような優しい方なのだ。

 つかの間、エアは神様の暖かさを思い出し、口を閉ざす。

 彼女らもそうねえと調弦の手を止めた。

「けど、考えすぎも良くなくてよ。今のところは全て推測に過ぎないのだから。なんにせよ、ことが大きくなるのならばクージが何かしら知らせるはずよ」

「うふふ。でもエアには黙っておられるかもしれないわね。貴女は主様のことについては私達以上に心配性な所があるから」

「ええっ、やです!」

 そんな、ひどい。なにも知らされない可能性もあるなんて。

「で、でも皆さんだって心配でしょう?神さ…あるじ様が星で危険な目に遭われていないか、とか…」

「んん、それがねえ」

「そうでもないわね」

 エアはギョッとして三人を見返した。

「そうなん…ですか?」

 耳を疑っていると、レクォスと目が合い、軽く肩を竦められてしまった。

「私達は眷属になって長いし、主様の御力も影響力も本能で把握しているの。だから逆に、主様が是とされることは私達も是としてしまう。多少は気になるわよ?でもね、ほとんどの場合、懸念も心配も抱かず、無条件で全て、ね」

「すべて…?」

 エアは呆然と呟く。

 でも今回はちょっと心配ねぇ、というレクォスたちの言葉も耳に入らないほどの衝撃である。

 直属の眷属だと、こうも信頼の度合いが変わってくるものなの?

(あ!でも)

 現に彼女らが不安そうにしている所など、そういえばほとんど見たことがないではないか。

 単純に明るく振舞っているのかと思っていたのだが、神様のお力を信頼すればこそだったのか。

(そういうことだったのかー…!)

 目からウロコである。

「私…、駄目ですね。か…、あるじ様がすごいお方なのは解っているのですが、どうにも…不安なときがあって、心配ばかり」

(こんなことが知れたら失礼だよねぇ…)

 今まで当たり前のように色々と考えていたけれど、出過ぎた心配だったのかもしれない。

「あら、そんなことは無いわ。そんな貴女だからこそ主様も慈しんでおられるのだし」

「私もそう感じるわ。この間葉で指を切ったらエアが血相を変えて「大丈夫ですか?薬草を摘んでまいります!」なんて言うものだから。心配されるってくすぐったいものね。新鮮だわ」

「うっ」

 つられて思い出す。指を切ったという彼女・イオラと森の草木の手入れをしていたらたまたまその現場を目にしてしまい、つい反応してしまったのだ。

 神籍に身を置く者達は、ほぼ例外なく不老『不死』だということも忘れて。

 小さな怪我など瞬きする間に消えてしまうのに。

 知っていたはずなのに。

 一人で軽くパニックになってしまったのが恥ずかしい。

「あ、あ、あの説は、ひとりであ、慌てて…、おは、おおはずかしい」

 どうか忘れてください!とかろうじて言い、動揺を紛らわせようとシスをジャカジャカ鳴らして和音を確かめることに没頭する。

「…うふふ、可愛らしいこと」

「ほほ…。だからエアの反応はクセになるのよね」

「く、クセ…ッ??」

 私遊ばれているのかと内心ショックを受ける。

「もう主様なんて言い直すこともないのではなくて?ここまでこれば愛称で通してしまいましょうよ。敬意が入っているのはみな知っているのですから」

「クージなど気にしては駄目よ。ネイに頼めば巧く言い包めてくれるわ」

「ええ、ええ。クージは頭が硬いのよ!」

「え、と…、いいんでしょうか……?」

 なんともいえないルーズな空気が、緊張感があったはずの舞台裏に漂うのだった。




 めいめい楽器を抱えて大広間に移動しようとしたときだ。

 なんの前触れもなくに闇に包まれた。

「えっ!?」

 一歩先も見えなくなり、エアは硬直する。自分は夜目が利くほうではない。

「あらいやだ」

「お客様ね」

 声も出せずにいたら、落ち着いたレクォス等の声がすぐ近くから聞こえてきた。

(な、なんだ…お客様かぁ。…びっくりした)

 エアはシスを抱えていた腕から力を抜いた。

 急な暗転の原因は闇霊の仕業であるようだ。ならば冥の質を持つお方が訪れたのか。

「完全な暗闇ってことは、直属の眷属の方がいらっしゃったのでしょうか」

 以前も神様に言付けを預かってきた冥の眷属が訪れた際、彼らに敬意を払う闇霊によって一瞬にして夜になったことがそういえばあった。

 普段無口で大人しい彼らがこんな突飛な行動に出るとは、と驚いたことをを覚えている。

 しかしケゥルは首を振った。

 否定したのではない。

「闇霊が緊張している。これは……闇の御方ご自身がいらしたのだわ…!」

 一瞬、言っている意味がわからず、顔を見合わせる。しかし徐々に言葉が行き渡ると、驚愕が辺りを包んだ。

「ええっ!?」

「マァッ、大変!」

 一方のエアは。

「???」

 ヤミノオカタ……どこかで、と、首を捻りかけ…。

「アァッ!!」

 危うく舌を噛みそうになった。

(闇の御方って、冥神その方のことだった!)

 仰天した。聞いてない。

「え、え?何のご用で?私っ、何の予告も予定も窺っていないのですけれど!き、聞き逃していたんでしょうかっ!?」

 一日の大まかな予定は一堂に会する場所にて確認しているはずなのだが、まさかこんな重要事項を聞き逃していたなんてこと……あるだろうか。あるかもしれない。そういえばこの間、精霊達との会話が弾んだために、クージのお遣いを忘れていたことがあった。

(ど、どうしよう…っ)

 ただ一人青い顔で立ちすくエアの肩をケゥルが優しく押さえる。

「落ち着きなさいエア。大丈夫よ、これは私達も窺っていなかった予定だから。クージがそつなく相手をしているでしょうし。それよりも宴の形を整えなければ。イオラ、皆に確認をとってきて」

「わかったわ。レクォス手伝って」

 ケゥルはエアに向き直り、肩をぐっとつかむ。

「エアはとにかく先に奥宮に向かって、間を繋ぎなさい。前座よ。わかるわね?貴女の琴と歌声なら大丈夫」

「し、死力を尽くして歌わせて頂きますっ」

 既に緊張でガチガチになったエアの姿に、ケゥルの苦笑が漏れる。

「ふふ、その調子。さあ、行って。練習通りやれば大丈夫」

「はいっ」

 エアは急に暗くなって不満げな光霊に道を照らしてもらい、火霊に先導を頼むとシスを抱えて急いで駆け出した。

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