非日常の入り口
---10月2日 pm23:02---
「はぁ、はぁ、はぁ、…ま、まだ追って…」
なんだあの化け物は。
嘘だろ、信じられない。
あんなのが現実にいるのか。
後ろを見ると化け物が俺を凶悪な笑みを浮かべながら追ってきている。
「…ひぃっ」
それを見て俺は喉がひきつったような情けない声が出た。
あんなのに捕まったら、絶対に殺されてしまう。
俺の頭がずっと逃げろ逃げろ逃げろと警告を出している。
怖い。
ただ恐怖しか感じない。
どうすればいいかなんて恐怖で麻痺した頭じゃ考えられない。
冷静になれ。
考えろ。
こんなところじゃ死ねない。
まだ彼女だっていないんだ。
童貞のままじゃ死んでも死にきれない!
でもどうすればいいのだろう。
俺があいつに勝てるわけがない。
だからってこのまま逃げ続けても逃げ切れる気がしない。
体力が尽きてゲームオーバーだろう。
完全に手詰まりだ。
「ひははははっ。逃げろ逃げろ逃げまどえ!」
!?
あいつしゃべれるのか!
それならば平和的に解決(できる気がしないけど)できるかもしれない。
「捕まえたら、八つ裂きにしてミンチにして燃やして消し炭にしてやろう」
………!!?
無理だ!
あんなのと意思疎通なんて不可能すぎる。
それならまだ外国の方とのほうが意思疎通ができる。
捕まったら殺されるどころじゃなくて、八つ裂きにされて、ミンチにされて、燃やされて、消し炭にされてしまう。
そんなの嫌すぎる。
あれからどれくらい逃げてるんだ。
本当だったら今頃家でご飯食べながら、『本当はなかった怖かった話』を見ているはずだったのに。
何もかも、全部結唯のせいだ。
結唯があんなこと言わなきゃあんな牛みたいな化け物から逃げる必要はなかったのに。
---10月2日 pm16:24---
「亮介!」
「うをぁ!?」
「ちょっとなによ、驚きすぎなんじゃないの? そんなにあたしが怖いか」
誰だって耳元で大声で呼ばれたら驚くだろう。
こいつはアホか。
……アホか。
この無駄にアホで無駄に元気な奴は、白鷺結唯、性別女大変遺憾ながら俺の幼馴染ってやつだ。
全世界の幼馴染に憧れてる野郎連中を敵に回すかもしれないが、幼馴染なんていても正直いいことなんてない。
昔のことは知ってるし、性格も知られてるしやりづらいったらありゃしない。
「耳元で叫ばれたら誰だってびっくりするだろ…で? 何の用だよ」
「そうそう! 聞いて亮介、例の事件がまた起きたの! しかもこの学校の生徒が被害にあったんだって!」
例の事件とは最近巷を騒がせている、行方不明事件だ。
最初は隣町の女生徒が行方不明になったが、家出だと思われてたいした捜査も行われなかったそうだが、行方不明者は次々に増えていったのだ。
どうやらそれが、この学校の生徒にまで被害が及んだらしい。
「へぇ、それは大変だな」
「ちょっ、それは大変だなって、うちの学校の生徒がいなくなったのよ? なんとも思わないの!」
実際知らないやつだし、全く何も感じないわけじゃないがそれは対岸の火事のような感じだ。
大変だなとは思うが、正直なにかをしようとは思わない。
「何か思ったって、なにもできないだろ? しかもただの家出かもしれないじゃないか」
結唯の目がキランって光った。……気がした。
なんか嫌な予感がする……。
ここは戦略的撤退を!
「じ、じゃあ俺は帰るから……」
「ちょっと待ちなさい」
ガシッ、と俺の襟首をつかむ結唯。
逃げ損ねた……。
「なんだよ、面倒事はお断りだぞ」
「面倒事って何よ?」
「えっ、と、それは……」
「何よ、何もないんじゃない」
「あ、あれだよ事件に巻き込まれたりしたら大変だろ!」
とはいうもののこいつはきっと、
「大丈夫よ、亮介が守ってくれるもの」
とか言って絶対に折れてはくれない。
だからいつも俺が折れる、というかむしろ折られるのだ。
……誰かタスケテ。