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獣人と(仮)  作者: 白斗
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序章

序章はいきなりシリアスですが、このノリのまま第一話を読むとえらい目見るので、読み終わったら心を切り替えて次話に進んでください。

 白い雪が、暗い森の中に静かに降り続いていた。

 辺りは異様に静かで、この森には生き物などいないのではないかと思わせた。


 でも、そんなはずはない。

 そんなこと分かってるはずなのに、僕は今、世界中でたった一人なんじゃないかと思ってしまう。


 ――さびしい。こわい。


 あれからどれくらいの時が経ったのか、僕には分からない。


 ある日の深夜に突然父さんが「人間が来る。逃げるぞ!」と言って、寝ていた僕と妹を起こして外に飛び出した。

 外に出て、僕はびっくりした。村中の皆がまるでお祭りのように騒いで、走り回っていた。ただお祭りと違うのは、皆が全く笑っていないことだった。皆、鬼気迫る表情で、何かから逃げるように慌ただしく走り回っている。

 なんだか僕は怖くなって横に立っていた母さんにしがみついた。見ると、妹は父さんが抱えていた。


 「どこの国だ?」


 父さんは近所に住む叔父さんに深刻そうな顔で話しかけていた。

 叔父さんは苛立った様子で父さんに返事をしていた。


 「ラグラマだよ。とうとう俺達の村を見つけやがった」


 その返答を聞いて、父さんは表情を歪めた。


 「くそっ」


 父さんは今まで僕が聞いた事のないような悪態をつき、僕達に向かって叫んだ。


 「もうそんなに時間はない。身一つで逃げるぞ!!」


 母さんは僕に自分のコートを被せると僕の手を引いて、突然走り出した。

 僕はわけが分からなかったけれど、とにかく逃げなければいけない。そうしなければ、何か怖いことが起こるということだけは感じ取った。


 僕達の村は森の中にある。

 村を出た僕達は森の中を走った。この森は普段、僕達の遊び場だった。だから、怖くなんてないはずなのに、この森は僕達が知っているよりずっと広くて、しばらく進むと、全然知らない場所まで来ていた。

 そうなると、より恐怖が増してくる。

 だけど、僕の隣には母さんや父さんがいて、周囲には村の皆がいた。だから耐えられた。


 だがその時、遠くから悲鳴が聞こえた。

 その声を聞いて、皆は騒然とした。


 「なんだ、何が起こった!?」

 「罠だっ!奴ら、俺達がこっちに逃げることを計算してたんだ!!」


 耳を澄ますと、少し離れた場所から大勢の人の足音と、不快な金属音が響いた。

 同時に、あちこちで悲鳴が上がる。


 「女子供はそのまま走れ!男で力のあるものは迎撃するんだ!!」


 誰かがそう叫ぶと、父さんは妹を母さんに預けて剣を抜いた。


 「行け!」


 それから先はよく分からない。

 母さんと妹、それから村の人たちと走ってすぐに、耳を(つんざ)くような轟音が響いた。そのせいで僕の耳は聞こえなくなった。そしてそれは母さんや村の皆も同じだった。皆耳を押さえて苦しそうな顔をしている。

 妹は泣き叫んでいるようだったが、その声は聞こえなかった。

 音が消えたせいで、僕達は大混乱になった。誰かが叫んでも何も聞こえない。

 僕はどうすることもできず、縋るように母さんの手を強く握った。


 ――僕がそれに気付いたのは偶然だったんだと思う。


 森の奥で、何かが光った。

 そして、その光は束のようになって、すごい速さで僕たちの列の前方へ飛んで行った。

 それを見た瞬間、僕はぞくりと嫌な気配を感じた。もしかしたらそれは、僕達一族特有の直感というものだったのかもしれない。


 直後に、前方を走っていた村の一団が雪崩のように逆走して僕達とぶつかった。今は一刻も早く進まなければいけないのに、なぜ突然逆走してきたのか。互いに激突して揉みくちゃ状態になりながらも、誰かが何かを叫んでいる。

 何を言っているのか聞こえないが、きっと抗議をしているのだろう。

 その時、僕はある事に気がついた。

 前方から来た集団の中に、強い血の臭気を持った者達がいる。

 ――前方で何かが起こった。

 それも、後方のことを考えずに逆走してくるほどの何かが。

 それはきっとあの光が関係している。僕はすぐにそう思った。

 時を同じくして、皆も血の匂いに気がついたらしい。それを切っ掛けに今まで身を寄せ合うように走っていた集団が、一気に崩壊した。

 村の皆は、まるで蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向に走り出した。その顔にはもはや、何かを考える余裕などない。


 その後のことは、もうよく覚えていない。


 小さかった僕は、逃げまどう皆の姿に翻弄されて、母さんや妹とはぐれてしまった。それでも僕はとにかく走り続けた。

 最初のうちはそれでも構わないと思った。だって周りには村の皆がいる。誰かと一緒にいれば、いずれ母さんたちと合流できると信じていた。

 だが、走っている最中に何度か先ほどと同じ光を見た。そして、光を見るたびに周りにいる村人の姿が減っていった。


 やがて、僕の周りには誰もいなくなった。

 そのことに気が付いたのはもう何日も前のことだ。


 誰もいなくなった今、僕は走る理由が分からなくなった。そもそも、僕達はなんで走っていたんだろう。

 そう思った途端、身体中に疲れが押し寄せてきた。やがて僕は走るのを止め、目についた木の下にしゃがみこんだ。


 ――きっとみんなが迎えに来てくれる。


 そう信じて、待つことにした。



************************



 ふぅっと息を吐けば、目の前に白い靄ができる。

 走っているうちに母さんが着せてくれたコートはボロボロになり、ほとんど防寒の役割を果たしていない。気が付けば、空からは白い雪が降っていた。


 ――みんなはどこに行っちゃったの…?


 あれから、本当に何日経っただろう。


 ――寒くて、怖くて、寂しくて。


 でも不思議と涙は出ない。昔から、僕はあまり泣かない子だったと思う。僕が泣く前にいつも妹が先に泣いていたから、僕は自然と泣けなくなった。

 でも、僕は一体どうしたらいいのだろう。このままここにいても、寒さと飢えで死んでしまいそうだったけれど、どこへ行けば皆に会えるのか分からない。だから、この場所から動くことが出来なかった。


 それからさらに時間(とき)が過ぎた。

 何度か太陽が昇って日が沈んでいた。だけど、今は夜だ。あの時と同じ、深夜。

 まだまだ夜は明けそうにない。

 こまま永遠に夜が明けなかったら…仮に夜が明けたとしても、僕はここで死んじゃうのだろうか。走っている時は無心だったのに、こうしていると時間(とき)が経つごとにどんどん恐ろしい考えが浮かんでくる。それでも僕は震えながら待つことしかできない。そうしているうちに、僕の身体の感覚はどんどん鈍くなっていった。


 ある時、僕は遠くからガラガラという音が近づいてくるのを聞いた。

 しかも、かなりの速さでこちらに近づいてきている。それを理解したところで、僕の聴覚が元に戻っていることに気が付いた。

 一体いつから元に戻っていたのだろう。それに気が付かないほどに辺りは静かだったのだ。

 ぼんやりとした頭で、僕はそう思った。

 今僕は眠っているのだろうか、起きているのだろうか。

 どちらでも構わない。

 どうせ起きていても、寝ていても、僕のいる場所は同じ、寒空の下なのだから。


 どれだけ待っても、父さんも母さんも妹も、村の皆も誰も迎えに来てくれない。


 ガラガラという音はどんどん近付いてくる。その音が何の音か分からない。でも、もはや、どうしようとも思わない。それに、もう身体が動きそうになかった。

 無気力な気持ちで音を聞いていると、その時、音のする方向から小さな光が見えた。

 その光を見て、僕は目を見開いた。


 思い出すのは、血の匂いと悲鳴。そして――、


 「あ、ああああああああ……」 


 僕は恐慌状態に陥って頭が真っ白になった。


 ――こわいこわいこわいこわい、いやだ、こわい逃げないと、こわいこわい……!!!


 反射的に立ちあがって逃げようとするが、感覚の鈍くなった身体は言うことを聞かず、全く動かなかった。

 狂い死にしそうなほどの恐怖に侵されて――、



 気がつくと、目の前に一台の獣車(騎獣に引かせる乗り物)が停まっていた。



 その獣車は村にあったものよりかなり大きくて、しかも荷を乗せる部分に屋根や扉が付いていた。まるで小さな家のようだ。

 獣車の前部には(あか)りが点いている。さっき僕が見た光はこれだったのだ。


 「…こんな場所で小さな子供が、一体何をしている?」


 ふいに、声が聞こえた。

 灯りに気をとられて気づくのが遅れたが、御者台の上にはずいぶんと身なりの良い男が座っていた。その男は僕を見て驚いた表情を浮かべている。

 だが、先ほど聞こえた声はこの男のものではないだろう。多分先ほど聞こえた声は若い女のものだったと思う。

 その時、困惑顔でこちらを見ていた御者の男が口を開くのが見えた。


 「…あのう。畏れながら申し上げますが、この子供は獣人ですよ」


 御者の男はこちらを見ていない。その視線の先を追ってみると、獣車の窓から、華奢な白い手が伸びているのが見えた。その手の中には白い棒――煙管が握られている。


 「獣人…?」


 ぴくっと白い手が反応するのが見えた。


 「ええ。あの耳を見てください。人間のそれではございません」


 ――耳…?


 ぼんやりと僕はそのやりとりを聞いていた。

 僕の耳がなんだというのか。僕の父さんも母さんも、妹も、村の皆も同じ耳の形をしていた。これが、僕 達一族の特徴なんだって、父さんは言っていた。


 かたん、という音が響いた。

 同時に、ふわりと不思議な香りが鼻腔をくすぐった。


 「…ほぅ、本当に獣人らしいな。その耳…猫か、それとも犬か?」


 すぐ近くで女の声が聞こえて、僕は驚いて顔を上げた。


 「小さな獣人の子――お前の名はなんと言う?」


 およそ女人らしくない口調だったが、その声は凛として、美しい声だった。






この小説は、私が現在書いているもう一つの小説「黒の獣と白の少女」の執筆に行き詰った時にちらほらと書いていこうと思っているので、更新速度は不定期です。

執筆自体は「黒獣」の方が先ですが、「獣人(仮)」は4年ほど前に別の場所で漫画として描いていたものを小説化したものです。その時はギャグオンリーで描いていたのですが、こちらではシリアスな要素を入れて描いていくつもりです。シリアスな設定自体は漫画の時からあったんですが、描く機会がなかったので。

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