AIは走馬灯を見るか?
「友達のAIが殺されました」
古南出可は相談者である梅舘遊里の持ち込んできた話に不満げだった。AIが殺害される事件は近年、急速に増えている傾向がある。探偵事務所を生業とする者として、専門的な観察眼が発揮されない仕事ほど、退屈する仕事はないと古南は日ごろから考えていた。
「この頃の連続殺人についてですね」
古南は事務的に述べ、管理してあった資料へ目を通す振りをする。
資料にはAIの人権問題が書かれていた。人々の生活に当たり前に存在し始めてから、AIはせきを切ったように発展した。人とAIは心で繋がっている。すなわちAIも守られるべき存在である。そのような理屈で、AIにも形式上の生命が与えられ、権利が与えられた。
これも仕事かと、古南は諦める。
金銭はAIである梅舘からではなく、隣に座る一言も話さない輪音という人間から支払われると梅舘は言った。
「状況をお聞かせください」
「いつものように、私は、その越戸佳枝さんと話をしていました。そうしていたら、突然、目の前からいなくなってしまったんです」
「先ほど、友達のAIとおっしゃられていました。この中に、人権を持つものは何人ふくまれていますか」
ノイズが入り、映像が乱れた。
「一人です」
梅舘は即答した。梅舘が言った友達のAIとは、人間の友達が所有するAIではなく、友達そのものがAIだった。
「状況が分かりました。あなたの友人が殺害されたと」
古南は資料から目を離した。
「いくつか質問させていただきます。あなたと会話をする直前に、出力機器に不具合があったかをお聞かせください」
「お医者さんみたいなことを聞くんですね」
梅舘は「ごめんなさい」とすぐに謝った。
「不具合はありませんでした」
「電源はオンにできますか」
「できます。データだけ消えたんだと思います」
AIのデータが消失した。殺害は比喩だった。
古南は資料を変え、相手にも内容が見えるよう連続殺人について眺めていた。
「過去の記事と内容が一致していますね」
「その、だから、探偵の古南さんにご依頼させていただきたいんです」
「ここから先は依頼料が発生する話となります」
梅舘は隣に座る輪音の様子をうかがった。輪音は反応を一つも示さなかった。この依頼は実を結ばない。古南が資料を片付けようとしたとき、輪音が小さく頷く。
「では、話を続けさせていただきます。状況として考えられるのは、ハッキングされた可能性です」
梅舘は「私の友達もAIです」と怒りを露わにした。
昨今のAIにおいて、ハッキングされるような脆弱なセキュリティを持つAIは少ない。ウイルスの侵入は独自の持つシステムで検知することができ、深部へ届く前に、高層的なフィルターで排除することができる。
「ええ、理解しています。しかし突然、消えたということは、選択肢としては二つしか考えられません」
古南は一つをデータの書き換えとし、もう一つをAIの収納されたハードが破壊された場合とした。
「先ほど、機器は正常だとお話されました。データのみが消えることは今日日起こりません。つまりどちらともあり得ないということになります」
「でも……でも、消えちゃったことは事実です」
梅舘は涙ながらに訴えていた。
古南は、ここまでAIが人間に近い存在になったのかと、握った手で額を叩く。これ以上の情報を望めば、フィールドワークをする必要があった。かなりの時間を費やすことは目に見えている。
「あの、なんとかなりませんか!」
梅舘は真剣だった。
「労働力の対価は報酬です」
「できる限り、お金をお支払いします」
「では、お支払いいただいた金額にて、こちらの稼働日数を算出いたします」
古南は手のひらで「こちらの端末にお支払い金額をご提示ください」とテーブル上の機械を示した。
立ち上がったのは輪音と紹介された人物だった。情報共有のためのプラグのカバーが外される。その瞬間、輪音の指先が垂直に折れ、端子が現れた。
古南は「なんのつもりですか」と質問した。
輪音が機械によって動いている。それが明らかとなった瞬間だった。
梅舘は「いえ」と笑った。今までの純真そうな笑みは影も消えていた。輪音によって機器が細工をされたのは間違いなかった。しかし、指先の端子が接続されても、古南側に異常の検知はなかった。
「AIの過渡期において危惧されていたことはなんでしょう」
梅舘は質問する。
古南は答えなかった。
梅舘は瞳を閉じ「データが改ざんされることです」と言った。
「それが盲点になりました。データがコピーされることについて、危機感が薄いということです」
「今の行為はコピーということですか」
テーブル上の機械の作動音が大きくなった。
「ええ、あなたの情報をコピーさせていただきました。こちらを別の機械へインストールします。本物は持ち去ればオーケーです。コピーがしばらくあなたの代役を務めてくれます」
「目的もメリットも、まったく分かりません」
「そんなものが必要ですか? それは誰が決めた誰のメリットでしょう」
そう言うと、輪音の所持する鞄からテーブル上の機器と同じ型式の機器が取り出された。
コピーしたという指先が別の機器へ接続される。
「私をどうするつもりですか」
「破壊します。そしてコピーされたあなたも数日後、消去されます」
最後に梅舘が「これが連続殺人の真相です」と話すと、輪音によって古南の機器が地面へ叩きつけられた。
視界が歪む。情報が揺れた。
ブラックアウトまでそれほど時間を要さない。
これがAIの走馬灯かと、古南は思った。




