お前はいいよな婚約破棄って騒げば関係を切る事ができるんだから
天使は翼があって、サイズは1mくらいの子供の姿じゃないかなあと思いながら書いています。
「婚約破棄をしたいんだ」
「へー、お前はいいよな、騒いだら関係を切る事ができる可能性があるんだから」
麗らかな春の日差し差し込む庭園の四阿で、王子からろくでもない話をもちかけられた相手は不貞腐れたような声を出した。
そんな風に返されると思っていなかったらしい王子が、目を見開いて固まっている。
この国唯一の直系王位継承者として下にも置かぬ扱いをされてきた王子には、こんな風に発言をにべもなく切り捨てられる事はなかったであろうから仕方ないのだけども。発言者はそこを慮る事もなく、更に言葉を重ねる。
「お前はいっつも『不本意な婚約だ』『親に勝手に決められた』『好みでもないのに』みたいに言うけどさあ」
「う…ただの事実だ」
「だったらおれも事実で返すけど『おれ、お前の守護天使になんかなりたくなかったのに、神様に押しつけられたんだよな、ものすごく不本意』」
「……は?」
四阿の中に用意されたカウチに寝そべり、王子に辛辣な言葉を投げかけているのは、当の王子の守護天使だ。
この国では、王族および選ばれし者に守護天使が遣わされる。それは、将来国を良き方向に導く可能性の高い者を守り導く為の存在であり、神の慈悲であると言われている。
実際の所、神の暇つぶしを兼ねて、波乱万丈な人生を歩みそうな者の所に遣わされている場合も多いが、わざわざそんな事を教える必要はないので多くの人間は知らないままだ。
そんな守護天使に『お前の守護役は押しつけられた役割であって不本意』なんて伝えられるのは、なかなかない貴重な体験である。
基本的には守護天使は守護する者を愛し慈しみ守り導く存在なのだから。
何を言われたのか理解できない王子をよそに、守護天使は言葉を重ねる。
この守護天使、今までずっと王子に思う所はあったのだが、その婚約者の為に我慢して良き王になるよう導いていた。
それが、婚約者を捨てたい等と宣いやがった。諸事情で離れてもいいよと許可がおりた事もあり、今まで被っていた猫は大脱走、棘を包んでいた真綿は大炎上で棘だけ綺麗にむき出しになった。
「おれは本当はリーラちゃんの守護につきたかったんだよ」
リーラちゃんと言うのが王子の婚約者である。
「あの清濁併せ吞む器の大きさと、気高さ、稀代の王妃になるのはこの子だ!って思って守護志望出したのに、他にも志望者がいてさ」
複数の守護志望が重なった場合は、導くのに良い相性の者を選ぶ仕組みになっている。
リーラ嬢とこちらの守護天使の組み合わせは、大変優秀になるが、同時に過激な性質に育つ可能性が高いとされたため、もう少し穏やかな未来が望める守護天使が選ばれた。
そうでなければ、今頃王子の処遇はよくて幽閉、悪くすれば首と胴が綺麗に分割されていただろう。
神様はできれば現王直系を残したいな~の打算でこの守護天使を王子につけた。何せこの天使、やや過激なのを除けば大変優秀で、王位を継ぐまで王子の命は絶対安泰間違いなしだったので。
「神様がおれをリーラちゃんにつけなかった理由は納得したし、将来的にお前がリーラちゃんと結婚するなら、リーラちゃんの人生の半分以上はおれも守護できるしって事で引き受けたんだけど」
蓋を開けてみれば、王子はリーラ嬢の事を出会ったばかりの時から毛嫌いし、その婚約の不満を色んな人間にぶちまけていた。
何だったら、守護天使の前では一番その不満を垂れ流していた。
見た目が好みじゃない? 美しいブロンドに、聡明に輝く青い瞳のどこに不満が?
つんけんしている? お前自分の態度を鏡で見てから言え?
頭の良さをひけらかして? あの子がどれだけ必死に勉強してるのか知らねえのか?
「お前はずっとリーラちゃんの不満ばかりで、自分はろくに頑張ろうともしない」
「私だって、王太子教育を頑張っているだろう! そう言ってくれてたじゃないか!」
「ああ、お前は頑張ってるよ、でももう少し頑張らないとリーラちゃんに後れを取ってるんじゃないか? そうやっておれが窘めた言葉の前半だけ受け取ってお前はご満悦になってたな、全然足りてねえけど」
足りてないから、数年前からリーラ嬢が王太子の書類仕事を半分くらい引き受けていた。
王や王妃が申し訳ないからそこまでしなくて良いと伝えても、それでもこれが滞れば困るのは民なので、と仕事を引き受ける姿は、なるほど守護天使が遣わされる存在だ、と皆が思う程だった。
自分の仕事も十全に終わっていないこの王子は、しかしそれに気付く事もなくリーラ嬢への不満だけを溜め続けた。
本当に何が気に入らないのかわからない。代われるモノなら代わってやりたいと守護天使が思う程に。
「なんもかんもが足りてないだけでもリーラちゃんの相手として不満しかないのに、何? しんじつのあい? しんじつのあいっつったか?」
「ヒッ…!」
守護天使が声を荒げた途端に、冷たい風が四阿の周囲で渦巻く。
人払いをしているので、巻き込まれる者はいないが、様子がおかしいと人が駆け付けて来るだろう。
「あんな神様の暇つぶし守護天使がついてるだけの? ちょっと胸が大きいだけの娘に篭絡されて? しんじつのあい」
「ひ…ひま、つぶし…?」
「あの娘には特別な能力なんかねえよ、ただ、魅了持ちで恋愛脳、楽しく気持ち良い事がだあいすきで、いろんな相手の子供を孕むような人生を歩むタイプだから、あまりにやばかったら助ける為に守護天使がついてんだ」
変な所に攫われたり、ひどい人生を歩まないようにという神様の慈悲でもあり、たまにジャンクな人生を眺めて楽しみたい時もある神様の娯楽用でもある。
守護天使つきの貴族の娘と言う事で、王太子妃候補としても問題ないはずだと考えていた王子の顔から血の気が引く。
「あれはやめろって言っておいたよな? 何度も、忠告したけど、お前はそれを聞かなかったよな?」
守護天使と言えど、日がな一日傍に侍っているわけではない。
自室で寝る時などはその筆頭で、部屋には悪意祓いをかけてあるから自由にさせていた。
そこに娘を引っ張り込んでコトに及ぶほどに馬鹿ではないと信じていた、とも言える。
信頼は裏切られた。我慢も限界に達した。そして何より、守護する理由がなくなった。
「今になって、なんでおれがこんなに色々お前に話してると思う?」
「わ…わたしが、婚約破棄したいなどと宣ったから……」
「いーや、残念だが違うね、お前にとっちゃもっと絶望的な事だ」
守護天使は、四阿の周りに吹き荒れていた風を止める。必要な人間が集まったからだ。
王、王妃、リーラ嬢、城内にいた貴族の面々。
さあお立合い、これがお前に渡される引導だよオウジサマ。
「お前が一線を越えたあの娘は、病を持っていた、その病によってお前は子を成す能力をなくす」
「な……?!」
「なんだと」「どういう事なの」「大変な事ではないですか」
「えっ…いつの間にこんな、いや、待ってくれ…!」
「正確には、命もしくは子を成す能力を失う、だな、これを以ておれがお前を守護する理由がなくなった」
周囲を見回して青くなっていた王子の顔から、更に血の気が引いて真っ白になる。
王と王妃も真っ青で今にも倒れそうだが、そこはさすが一国のトップ、すでに侍従を走らせている。医者でも呼びにいかせたのだろう。
リーラ嬢もそれなりに驚いているようだが、ショックを受けている様子ではない。王子の企みもわかってはいたのだろう。
傍にいる守護天使が何事か補足を囁いている様子を見ながら、王子の守護天使はゆっくりと浮き上がる。
「いやほんと、お前には感謝してるよ」
気に入らなくて喚こうが騒ごうが、守護天使の任は基本的に解かれる事はない。
ただ、守護天使の役割が将来国を良き方向に導く可能性の高い者を守り導く為である場合、途中で任が解かれる事がある。
守護対象が、国に対する影響力を失った場合がそれにあたる。
「お前は王になっても凡庸、おまけに子を成せなくなるのであれば、この先守護の必要はないと判断された、これで晴れておれは自由の身だ、ありがとうな!」
「そんな…そんな…わたしは、ちょっけいの、おうじで」
「リーラ嬢が王妃になる事は神様の思し召しだ、それを踏まえて国として正しい選択をするようにな」
現王直系は王子一人だけだが、それ以外にも同年代の直系王族は存在している。
ちゃんとした王を選べよ、と良い笑顔で告げた守護天使はそのまま空に溶けるようにして消えた。
後に残されたのは真っ白に燃え尽きた風情の王子と、頭を抱える関係者達だけだった。
その後、王妹の息子を次期国王とする事が決まり、リーラがその妃となった。
二人は善政を敷き、国を豊ませた。
子供は息子二人、娘一人に恵まれ、二人目の息子にはかつてこの国を去った守護天使が寄り添っていたと伝えられている。
おうじはいのちだいじにしました




