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【短編】十日以内に婚約破棄されたいので最悪の令嬢を演じます 〜なぜか公爵嫡男様が全部のワガママを叶えてくるのですが?〜

作者: シルク
掲載日:2026/06/14

「明日までにドレスを百着用意して下さいまし」


 これが、十日以内に婚約破棄されるための、私の最初の作戦だった。


 傲慢で、浪費家で、ワガママで、救いようがない女になりきる。

 若き公爵後継マリユス・ド・ヴァロワに「こんな女とは結婚できない」と言わせるため、私は今日から最悪の令嬢を演じる。

 

 私の無茶な要求に、マリユス・ド・ヴァロワの端正な顔が曇る。

 困惑している……いいぞいいぞ。この調子。


「それができないなら、この婚約はお受けできませんわ」


 私は冷たく言い放ち、プイと顔を背けてみせた。


「いいだろう」

「は?」

「ドレスを百着、用意させる。王都中の仕立屋に声をかける必要があるな」

「はいぃい!?」


 私はエル。エル・ブルームバーグ。

 十日以内に絶対婚約破棄したい伯爵家令嬢。


 ◇◇◇◇◇


 そもそも、私には、子供時代の名も知らぬ初恋の相手以外に興味はない。

 没落しかけた我が家の父が決めた公爵家との政略結婚には断固反対だったし、お相手の公爵家嫡男マリユス・ド・ヴァロワにも全く興味がなかった。

 ハンサムだけれど、芸術家肌で人嫌いな変わり者貴族と聞いているし、まったく眼中にない相手との政略結婚なんてまっぴらごめんですからね。

 

 そんなわけで。

 

 正式な婚約の儀の十日ほど前から、荘厳な公爵家に滞在することになったんだけれど——私は死ぬほどわがままを言い倒して、お相手側から婚約破棄を言い渡されるように仕組むことにした。

 どれだけでも嫌な女になってやる。

 絶対結婚したくない令嬢を演じて、婚約破棄を狙う!と息巻いていたのだけれど……。


 くすんだ金髪(ブロンド)を無造作に伸ばした美男子、マリユス・ド・ヴァロワはあっさりと私のわがままを了承した。


 えっと。

 想定した計画と違うんですが?


 公爵家滞在二日目。


 私の前には無数のきらびやかなドレスが並んでいた。


「婚約の儀の当日に着たいドレスを好きに選んでくれ。君の好みのものがあるといいんだが」


 マリユスは眉一つ動かさずに言った。

 えっと。

 公爵家の財力、凄すぎないですか……?


「マリユス様が選んで下さいまし」

 

 私は冷たく言い放った。

 彼がどれを選んでも、気に入らないと拒否してしまうつもりだった。

 しかし。


「これはどうだ。君には、冬の湖の色が似合う気がした」


 そう言って彼が選んで差し出したドレスは、私の好みのど真ん中だった。

 柔らかな少しくすんだアクアマリン色のドレス。デコルテの辺りはシアーなレース、腰には見事なリボン……。冬の湖を思わせるそのドレスに、思わず私は息を呑む。

 素敵……。

 って……違う違う!わがままを言って嫌われるのよ!


「……じゃ、じゃあそれでいいですわっ。私、少し疲れてしまいました!こんな時は薔薇の花に囲まれてお茶がしたいです!」

「薔薇か」

「そうですわ。冬の今だからこそ、薔薇が見たいのですわ。私、薔薇の花に囲まれてお茶ができなければ結婚なんかできません!」


 冬の今の時期に薔薇なんて咲いているわけがない。

 さあ、どうする?

 マリユス・ド・ヴァロワ。

 呆れなさい!

 わがまま放題の没落しかけた令嬢に呆れて、『婚約破棄だ!』と言って!


「いいだろう。執事、エル嬢を温室へと案内してあげて。アフタヌーンティーの準備もだ。急ぐように!」

「温室……?」

「ああ。我が家には巨大なガラス温室がある。薔薇も通年咲いているぞ。君はなんの品種が好きだ?その側にテーブルと椅子を用意させよう」

「……」


 こうして私は見事な温室で、薔薇に囲まれて素晴らしいティータイムを過ごすことになった。

 忌まわしき婚約者、マリユス・ド・ヴァロワと!

 彼は少しよそよそしく私の向かい側に座り、咲き誇る薔薇を愛おしそうに眺めている。


「久々に温室に来た。君のおかげで、薔薇の美しさを思い出したよ。感謝する」


 感謝までされてしまった。

 おかしい。

 この展開、想定外過ぎる。


「君の好きな薔薇は、雨露薔薇か」

「ええ。遠い獣人達の国で咲くそうですわね。まさか王都で見れるなんて……」

「ずいぶん薔薇に詳しいようだ」

「ええ。実家でも育てていましたから。私が丹精して、花を咲かせていたのですわ。亡くなったお母様が薔薇が好きだったので。……私。公爵家の領地を見てみたいですわ。明日はお忍びで城下町のバザールを見てみたいんですの。お付きのものは無しで」


 わがまま作戦発動。

 お付きのもの無しで貴族令嬢を下町のバザールに行かせる紳士がいるかしら?

 さあ、困れ!困ってくれ!

 

「バザールか。いいだろう」


 ……え?いいの?


「付き人に囲まれると気が抜けないからな。気持ちはわかる。その代わり僕が同行しよう。君を一人にするわけにはいかない。明日、早速行こうではないか」


 公爵家滞在三日目。


 私は変装用の下町の娘の服で、同じく平民の服をまとったマリユスとバザールを歩いていた。

 ……これでは、まるでデートである。

 私の繰り出すわがままに平然としているマリユス、彼の生真面目そうな無表情さは相変わらずだけど、どこか上機嫌で、私に、今平民たちの間で流行っているというスイーツを買ってくれた。


 カンノーリというらしい。

 サックリしたパイ生地の中にカスタードクリームが入ったお菓子。

 美味しい。

 屋台のスイーツ、素朴だけど、とても美味しい。


「美味しいですわ」

「良かった。屋台のものなど口にできないと言われたらどうしようかと思っていた」

「あら。私、屋台の食べ物好きですわよ。たまにお忍びで城下町を探索しておりますし……」

 

 ……って和んでいる場合じゃない!

 なにがなんでも婚約破棄を言い渡されなければ!そして、父の決めた婚姻から自由になりたい!初恋の人を想いながらダラダラ自室で過ごすのだけが生きがいなんだから!


 「マリユス様、今、あの女性を見ていたでしょう!」


 わがまま作戦再開!

 嫉妬深くて面倒な女を演じてやる!


「いや、見ていたつもりはないが……」

「いいえ、見ていましたわ!ああいう胸が大きい背の高い美女がお好みなんでしょう!不潔ですわ!」


 私はわざと大声で騒ぐ。

 周りの人がその騒ぎを聞きつけ、こちらを好奇の目で見始めた。

 困惑した表情のマリユス。さあ、困れ!嫉妬深くて面倒な女作戦、成功の予感。


「君に、そんな風に感じさせたことを、謝る。すまなかった」

「は……はい?」

「決して浮気な心はないと誓おう。だが、僕の行動が君を不安にさせたようだ。これからは気をつけるし、君以外の女性を見つめることはない。どうか、僕の愚行を許してくれ——」


 彼は真っ直ぐな瞳で私を見つめてきて、跪いて私の手の甲にキスをした——。

 私はあまりにも誠実な彼の態度に毒気を抜かれ、黙り込むしかできなかった。


 おかしい。

 無敵か?マリユス・ド・ヴァロワ。

 浮いた話の一つもない、人嫌いの変わり者貴族って聞いていたけれど、完璧な紳士じゃないの!


 だめ。揺らいではいけない。

 この人は私を自由にしてくれる人ではない。

 引きこもり体質で貴族令嬢適性が全くない私を、伝統ある公爵家に閉じ込める人だ。


「わ、私疲れてしまいました!帰りたいですわ!」

「ああ、帰ろう。バザールの出口に馬車を用意させてある。そこまで君を抱えていこう」

「そそそそれは結構です!自分で歩きますから!」

「疲れているのに自分で歩けるのか?」

「そのくらいできます!」


 私の最悪令嬢作戦。完全に滑っているのだが。


 公爵家滞在四日目。


 朝から私は与えられた豪華な部屋のベッドの上で頭を抱えていた。

 私には、どうしても探したい人がいる。

 幼い日に一日だけ、王都の平民街で一緒に遊んだ少年。

 彼だけが私を伯爵令嬢ではなく、ただのエルとして笑わせてくれた。

 名前すら聞けずだったけれど……彼に会って、言いたい。私の運命の人はあなたなの、って。

 

 それ以外の人と結婚なんて、絶対嫌!

 

 なのにお父様ったら、公爵家のお金目当てで私を無理やり嫁がせようとして……そして、あのマリユスもマリユスだ。初対面の甘ったれたわがまま令嬢の無茶苦茶なわがままを全部きいてあげるなんてどういうつもり?

 言っていいのよ?

 

『こんなワガママな女と結婚できるか!』って。


 私はその後も様々なワガママを繰り返した。

 昼間に「今すぐ星空が見たい」と叫んでみた。マリユスは私を星映しの間へ連れて行った。天井いっぱいに魔法の星空が広がる、古い観測室だった。

 「このスープは塩が足りないですわ!」と貴族の晩餐会でわめいてみた。彼は静かに塩を渡した。

 泣き真似をして「もう何も食べたくない」と言ってみた。翌朝、私の好みを調べたらしい菓子が山程部屋に届いた。

 世の紳士が眉をひそめそうな振る舞いを、思いつく限り試した。

 それを全部、優しく優しく、マリユスに受け止められた。


 ……なにがどうなっている?

 私、嫌われるような事しかしてないのに、マリユスはなんでこんなに優しいの?なんでこんなに誠実なの?

 私の知ってる高貴な貴族の男性観が、ガラガラと崩れていく……。


 公爵家滞在八日目。


 ワガママ令嬢作戦に疲れ果てた私は、中庭を一人で散歩していた。

 ふと、廊下の方から話し声が聞こえてきて、そちらに向かってみる。


 マリユスと、マリユスの叔父のシドが険悪な雰囲気で話していた。

 私は思わず生け垣に身を潜めて話を立ち聞きしてしまった。


「あのエルって令嬢はどれだけワガママなんだ?内向的で家庭的と聞いていたが、噂とはあてにならないものだな」


 シドが言う。

 余計なお世話だ。


「素直で率直なだけですよ。自分の気持ちを言わないよりずっといい」


 マリユスは毅然とした態度でそう応えた。

 そんな風に思っていたなんて……。


「マリユス。わかっているぞ」


 シドは陰険な笑みを浮かべて言う。


「公爵家に代々伝わる真心の指輪が光らないと困るから、無理してあの小娘のワガママに付き合っているのだろう?」


 真心の指輪……?


「それは関係ないですよ。僕は、親同士が決めた結婚で、彼女が萎縮しないよう、大事に丁重に接しているだけです」

「嘘だね。十日目の婚約の儀で、真心の指輪が光らなければ、この縁談は破断。お前は継承権を失う。そういう契約だったな?だから必死にあの娘のご機嫌取りをしている。違うか?」

「もしそうなったら、公爵家を継ぐのはシド叔父様だ。そうあってほしいのでしょう」

「ふん、言うじゃないか。まあ、あのエルって令嬢は、途方もないワガママだ。お前みたいな生真面目な朴念仁の好みではなかろう。真心の指輪はどうせ光らないさ。双方に愛がないと、光らないのだからな」


 そういって高笑いしながらシドは去っていった。

 取り残されたマリユスは曇った表情で己のつま先を眺めていたけれど、やがてふっと廊下を自室の方に歩いていった。


 生け垣の影で。

 私は大きなため息をついていた。

 すべての謎が解けた。


 マリユスは誠実な男でも婚約者に尽くす男でも、なんでもない。

 公爵家を継ぐために、私の愛を買おうとしていただけだ。

 婚約の儀の日、私に愛されていて、真心の指輪とやらが光らないと、まずいんでしょう?

 どうりで数々のワガママ婚約破談作戦が通らないわけだ。

 

 公爵家を継ぐために、ワガママ令嬢に尽くして、誠実な婚約者を演じていただけ。

 そう思えば、胸の痛みの理由を考えなくて済む気がした。

 

「マリユスなんて、大っきらい……」


 私はそう呟いて、静かに与えられた部屋に戻った。

 

 公爵家滞在九日目。


 私はマリユスに言った。


「私、結婚前に、初恋の人に会いたいんですの。再会させてくださいまし」

「初恋の人……?」

「そう、子供時代に一日だけ遊んだ、名も知らぬ男の子です。結婚前に、一度でいいから、彼に会いたい!そうでなければ、私、結婚生活をスッキリ送ることができません!」


 マリユスは少し考えた後、頷いた。


「そうだな。初恋とは特別なものだ。結婚前にその相手に会って、気持ちを整理することも必要だろう。名前がわからないというのがネックだが……。彼に会った場所を教えてくれ。そこに向かってみよう」


 婚約者が他の男を求めても、嫉妬もしないのか。この男は。

 公爵家を継ぐことで頭がいっぱいなんだろう。

 ふん、でもそれでいい。

 私は何も知らないふりをして、初恋の人を探す手伝いをしてもらおうじゃない。どうせお互いに真心なんてないんだから、指輪は光らない。婚約の儀は失敗だ。

 

 ◇◇◇◇◇


 私とマリユスは平民の服に着替えて、王都の城下町に向かった。王都を流れる川のほとりの大きな公園で、辺りを見回す。


「ここで出会ったんです。私と同じ年頃の男の子で……金色の髪をした、平民だけど、どこか品のある少年でした。私たちは同時に屋台で焼き栗を買おうとして出会って……公園で一緒に遊びました」

「焼き栗……」


 マリユスは何か引っかかったようにこちらを見た。


「その後、どうした?」

「バザールに向かって……いろいろな店をのぞいて……そう、実際行ってみましょう。彼と行ったお菓子屋さんが、まだあるかもしれないですわ」

 

 私たちは公園を抜けて、バザールに向かう。

 そして、小道にある庶民向けの菓子屋を探した。


「確か、ここを曲がったところに……」


 私が小道を曲がると、思い出の店はもうなくなっていた。

 古いドアは板が打ち付けられ、店の看板は外されていた。


「もう、ないんですのね……」

「昨年、店主が亡くなった。店はそれで潰れた」

「え?どうしてご存知ですの?」

「僕もこの店が好きでね……。よく、こっそりと邸宅を抜け出して、平民の服に着替えて城下町を探索していた。今でもそうしている。バザールは僕の庭みたいなものだ。しかし、その少年を探すヒントは無くなってしまったな。他に何かないか?その日、その少年とは、どこで別れたんだ?」

「ええと……お菓子を持って公園に戻って……夕陽が沈む頃……公園の裏門で別れたはずです。彼はずっと手を振ってくれていました。また会えるだろうと思っていたのに……私は屋敷を抜け出した事がバレて、一年の間、寄宿学校に送られてしまいました。彼とは、それきりです」

「そうか……。彼もきっと、君との再会を待ちわびていたはずだ。何度も公園の裏門を訪れて……君が現れるのを待っていたはずだ」


 え?


「なんでそんなことがわかりますの?」


 マリユスは答えない。

 彼は唇を噛み締め、俯いていた。


「それは……。いや、なんでもない。もう少年を探すヒントはなくなってしまった。屋敷に戻ろう」

「待ってくださいまし。もしや……あなたは。あなたが……」


 彼は眉をしかめ、苦しそうに首を振った。


「言わないでくれ。僕にとっても、初恋だった……だが……きっと、気のせいだ」


 公爵家滞在十日目。


 婚約の儀の当日。

 私は混乱した気持ちのまま、彼が選んでくれたくすんだアクアマリン色のドレスに袖を通した。


 病床に伏せる公爵のいる部屋に向かう。

 そこに、マリユス、叔父のシド、親類が数名待ち構えていた。


 病気で痩せた公爵は、ベッドから起き上がることも出ないようだった。

 私にもっと近くに、と言い、私を招き寄せた。


「ブルームバーグ家の令嬢は、ずいぶん気分屋だそうじゃないか。結構結構。女性は気が強く、意思表示がハッキリした方がいいものだ。マリユス。真心の指輪を、彼女の指に」


 マリユスは頷き、手の中の箱を開けて、大きな魔法石が付いた指輪を取り出した。

 あれが、真心の指輪。

 あれをつけて、光ったら、正式に婚約。


「できない……待って、待ってくださいまし!」


 気づくと、私は部屋を飛び出していた。

 華奢な靴で、廊下を走る。


 マリユスが追ってきた。


「エル!走るな!危ない!」


 慣れない靴で転びかけた私を、マリユスが抱きとめた。

 彼の男らしく力強い腕が、私の心を揺さぶる。


「ウソツキ……」

「え?」

「真心の指輪を光らせるために、私の愛を買おうとしていただけなくせに!誠実な男のフリはやめて下さいまし!」

「真心の指輪の事を知っていたのか……。だが、誤解だ。最初は、僕も金遣いの荒い叔父のシドに公爵家を継がせるわけにはいかないと、君の心を掴もうと躍起になっていたが……。君は……僕が知るどんな令嬢よりも自由で、賢くて、聡明で……そして僕の思い出の中の大事な……いや、それはもう関係ない。君は、婚約をわざと破談にしたそうだった。違うか?」

「……そうですわよ!私が好きなのは……初恋の人で……その人と再会して、またバザールを歩いて……お菓子を立って食べて……そんな日が来るのをずっと待っていたのに……それが……その人が……まさか。まさか……」


 胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。


 嫌われるために重ねたワガママ。

 それを、ひとつも笑わずに受け止めてくれた人。

 冬の湖の色を、私に似合うと言ってくれた人。

 私の初恋まで、黙って一緒に探してくれた人。


 その人が、ずっと探していた少年だったかもしれない。


 恥ずかしくて、苦しくて、嬉しくて。

 何をどう受け止めればいいのか、私にはもうわからなかった。

 

 彼は、抱きとめていた私の体を離した。


「……破談にしたければ、指輪は着けなくていい。継承権は叔父にくれてやる。茨の道でも、別の形で領地は守る」


 マリユスは言った。


「公爵家の家督騒動に巻き込んで、すまなかった。だが、僕の気持ちは……本物だった」


 彼は踵を返した。


「お待ちください」


 私は、去ろうとする彼の袖を掴んだ。


「私は、ずっと思い出の中の男の子だけを見ていました。あの子に会えれば、自由になれると思っていました」


 マリユスが振り返る。

 その顔は、今にも泣き出しそうなくらい哀しげだった。


「でも、違いましたわ」


 ドレスを百着用意しようとした人。

 冬の薔薇を見せてくれた人。

 屋台のお菓子を買って、私が疲れたら抱えて帰ろうとした人。

 初恋の相手を探したいなんて馬鹿げた願いまで、黙って聞いてくれた人。


「私が今、手を伸ばしたいのは、思い出の中の少年ではありません」


 私は震える声で言った。


「今、目の前にいるあなたです」

「エル……」

「真心の指輪を、着けてくださいませ。光るかどうかを確かめたいのではありません。私が、あなたを選ぶと決めたからです」


 私たちは公爵の部屋に戻り、儀式の続きを執り行った。

 マリユスは跪いて、私の左手の薬指に真心の指輪をつけ……。


 指輪は光った。


 どうやら私も今のマリユスを、愛してしまっていたらしい。

 そして、マリユスもまた、私を愛してくれていたらしい。


 シドは怒り狂い、そんなはずはないと騒ぎ立て、公爵の指示で護衛に部屋をつまみ出されていた。


 公爵はベッドの上で笑った。


「マリユス。朴念仁と心配していたが、女心をつかめる男になったではないか。それでこそ、公爵家の家督を継ぐものにふさわしい。エル。我が義娘。どうか、マリユスを頼む」


 私は涙をこらえ、頷いた。


「エル。僕もワガママを言っていいかい」

「ええ。マリユス。言ってちょうだい」

「これから先も、僕を選んでほしい」

「もう選んでいますわ。おバカさんね」


 私とマリユスは手を取り合い、微笑んだ。

 思い出の中の少年は誠実で、真面目な男性に成長していた。私が愛すべき、素敵な男性へと。

 

 こうして私の「絶対婚約破棄されたい十日間」は終わりを告げた。

 

 これからは、愛を育む永い時がはじまる。

 

(完)

ロマンティック・コメディを目指して書いてみました。

お気に召しましたら、評価、ブクマ、リアクション等を頂けると嬉しいです。

感想などもお待ちしています^^

高評価だった場合、長編にしたいと思っております。もっとこの二人の話が読みたい!叔父へのざまあがみたい!(短編版では薄め)という方は是非評価よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
カンノーロは知ってるけどカンノーリって何だろう?って思ったら、単数か複数の違いで同じものってわかって1つお勉強になりました(*´ー`*)初恋にこだわって高位貴族を振り回す女の子…凄いなぁと思った(,,…
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