第4話 亡霊(ゴースト)の潜むスマート・ドック(前編)
こんにちは、仁胡 黒です。
第4話は、これまでの「静かな推理」から一変、巨大なコンテナターミナルを舞台にしたサスペンス・ミステリーです。
無人のスマート・ドックに集められた4人の男女、そして「幽霊」からのメッセージ。
和戸の身に直接危険が迫る、緊迫の前編をお楽しみください!
潮風が、重油と鉄の匂いを運んでくる。
深夜の東京湾にそびえ立つ「東京第7スマート・ドック」。完全自動化されたこの最新鋭コンテナターミナルには、人間の作業員が一人もいない。
無人の巨大なガントリークレーンが、まるで意志を持った鉄の獣のように、音もなくコンテナを積み上げていく光景は、どこか不気味だった。
『和戸。現在地の気温は八度。あなたの体表面温度の低下を検知しました。これ以上の野外活動は推奨しません』
(……うるせえ。依頼人を放って帰れるかよ)
俺はトレンチコートの襟を立て、喉元に貼った振動感知式マイクを通して、相棒であるAI・シャーロットに悪態をついた。右目の片眼鏡の視界には、彼女がドックの立体マップを青白いワイヤーフレームで投影している。
今回の依頼は「人探し」だ。
対象はこのドックを管理する物流企業のシステム部員、佐藤。彼は数日前、「深夜のドックで、積み荷のデータが実在しない幽霊船のIDによって書き換えられている」という内部告発のメールを、探偵である俺の事務所に送りつけてきた。
そしてその直後、文字通り煙のように消息を絶ったのだ。
『和戸、前方三十メートル。コンテナの迷路「エリアZ」にて、複数の熱源反応をキャッチしました。人間のようです』
(……ビンゴだな。佐藤か、それとも)
俺が足音を殺して巨大なコンテナの陰から覗き込むと、そこには懐中電灯を持った四人の男女が立ち止まっていた。
全員が険しい顔つきで、一触即発の空気を漂わせている。
「だから言っただろう! こんな夜中にドックをうろつくなど、監査官として見過ごせんぞ!」
苛立った声を上げたのは、仕立てのいいスーツを着た初老の男だ。胸のバッジから、港湾局の監査官であることが窺える。高瀬、という名札が見えた。
「落ち着いてください、高瀬さん。我々も、不審な通信記録を追ってここにきただけです」
それを宥めているのは、作業着の上にジャンパーを羽織った現場の管理責任者・恩田だ。言葉とは裏腹に、その額には嫌な汗が浮かんでいる。
「不審な通信って、佐藤のことですか? あいつが何かデータを持ち出したとでも?」
タブレット端末を操作しながら冷たい声で口を挟んだのは、システムエンジニアのアイリスというハーフの女性だった。
「チッ……御託はいい。俺は不法侵入者を確保するだけだ」
最後に舌打ちをしたのは、屈強な体格をした警備主任の黒岩。彼は腰の警棒に手をかけ、暗闇をギロリと睨みつけている。
どうやら、佐藤が消えた「幽霊船のデータ改ざん」騒ぎに焦り、ドックの利権やシステムに関わる連中がこぞって探しに来たらしい。
俺はわざとらしく靴音を鳴らし、暗がりから彼らの前に姿を現した。
「ずいぶんと賑やかな夜ですね。幽霊狩りですか?」
「誰だ、貴様!」
黒岩が素早く俺に強力なフラッシュライトを向ける。俺は片手で光を遮りながら、探偵のライセンスを指先で弾いて見せた。
「ただのしがない探偵ですよ。佐藤って男から依頼を受けましてね。……どうやら皆さん、彼が持ち出した『不都合なデータ』を血眼で探しているようだ」
「た、探偵だと……?」
監査官の高瀬が狼狽え、責任者の恩田は顔を青ざめさせた。
俺は片眼鏡のつるをさりげなく叩き、シャーロットに合図を送る。
(おい、こいつらの端末をスキャンしろ。佐藤と最後に接触したのは誰だ)
『……ローカルネットワークへの侵入完了。四人のスマートフォン及びタブレットの通信履歴を解析します。……和戸、奇妙な事実が判明しました』
脳内に響くシャーロットの声は、珍しく僅かなノイズを含んでいた。
『現在ここにいる四人全員が、過去一時間以内に、失踪した佐藤氏の端末から「助けてくれ、エリアZにいる」というSOSメッセージを受信しています。彼らはそれに釣られて、ここに集まったようです』
(なんだと……? 佐藤本人が呼び出したってのか?)
『いえ。発信元のIPアドレスを逆探知しましたが……該当する端末は、この世に存在しません』
その時だった。
突如、ドック全体を照らしていた水銀灯が、バツンッ!という破裂音とともに一斉に消えた。
「な、なんだ!?」
「停電か!? アイリス、システムはどうなってる!」
暗闇の中で四人がパニックに陥る。
だが、真の恐怖はそこからだった。停電したはずの頭上で、凄まじいモーターの駆動音が鳴り響いたのだ。
『和戸! 警告! ドックのメインシステムが外部からハッキングされました! 上空の無人クレーンが、制御不能の状態で降下してきます!』
「逃げろッ!! 潰されるぞ!!」
俺の叫びと同時に、数十トンの鉄の塊が、俺たちの頭上目掛けて猛スピードで落下してきた。
お読みいただきありがとうございました。
今回は、キャラクターの登場をより自然な会話劇の形に落とし込み、不気味な無人ドックの情景描写に力を入れてみました。いかがでしたでしょうか?
和戸を陥れようとするハッキングの正体は? そして、巨大クレーンが迫る絶体絶命のピンチをどう切り抜けるのか!?
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次回、怒涛の後編(解決編)をお届けします。




