第3話 スマート・ルームの四人の嘘つき(前編)
こんにちは、仁胡 黒です。
第3話からは、いよいよ本格ミステリーの醍醐味「複数の容疑者」が登場します。
舞台は最新のIoT家電で管理されたスマート豪邸。
全員に動機があり、全員にアリバイがある。そして現場は完全な密室……。
アナログな動機とデジタルなアリバイが交差する「前編」、お楽しみください!
『和戸。この邸宅に導入されている最新のスマートホーム・システムですが、セキュリティの脆弱性がなんと一七三箇所も存在します。私なら三秒で全ての扉をロックし、室温を氷点下にして彼らを全滅させることも可能です』
「物騒なこと言うなよ。俺はただの素行調査で来てるんだから」
都内の一等地にある、IT企業社長・藤堂の豪邸。
新作アプリのリリースを記念したホームパーティーの片隅で、俺は安物のスーツのネクタイを緩めながらため息をついた。
右目の片眼鏡の視界では、銀髪のAI少女・シャーロットが、屋敷の3Dホログラムをクルクルと回しながら退屈そうに宙に浮いている。
今日の俺の依頼人は、この家の女主人である藤堂の妻・今日子だ。夫の浮気調査と、それに伴う財産分与の証拠集めという、探偵としてはありがちで泥臭い仕事である。
豪華なケータリングが並ぶリビングには、俺のような部外者以外にも、藤堂社長に近しい数名の関係者が集まっていた。
「……しかし、主役の藤堂社長がちっとも顔を出さないな」
『藤堂氏は一時間前から、一階の奥にある書斎にこもったままです。あの部屋は強固な生体認証(指紋と静脈)ロックがかかっており、彼本人しか開けることができません』
シャーロットがそう答えた直後だった。
「きゃあああああっ!!」
屋敷の奥から、女性の甲高い悲鳴が轟いた。
俺が急いで廊下を駆け抜けると、生体認証ロックのかかった重厚な書斎の扉の前で、専属秘書の松島がへたり込んでいた。彼女の足元には、お盆から滑り落ちたコーヒーカップが散乱している。
「どうした!」
「しゃ、社長が……内線にも出ないし、ドアの隙間から、倒れているのが見えて……っ!」
俺はドアノブを引いたが、当然ビクともしない。
「シャーロット! ロックを解除しろ!」
『了解しました。電子錠のマスタープログラムを書き換えます。……三、二、一。開錠』
カチャリ、と無機質な音が鳴り、俺は書斎の扉を蹴り開けた。
むせ返るような高級葉巻の匂い。
そして、革張りのデスクの上には、血を吐いて突っ伏している藤堂社長の姿があった。
傍らには、飲みかけのワイングラス。アーモンドのようなどぎつい匂いがする。……青酸系の毒物だ。即死だろう。
窓はすべて内側から施錠されている。藤堂社長本人しか開けられない扉に、内側から鍵のかかった窓。完全なる『密室殺人』だった。
すぐに警察に通報し、パーティーの参加者はリビングに集められた。
俺は探偵のライセンスを提示し、現場保存の手伝いを口実に、容疑者となる四人の関係者から話を聞くことにした。
「藤堂社長が書斎に入ってから、悲鳴が上がるまでの一時間。皆さんはどこで何をしていましたか?」
俺の問いに、四人の男女が重い口を開く。
一人目は、共同経営者の木島。
「俺は、ずっとこのリビングのソファで酒を飲んでいた。藤堂とは経営方針で揉めていたが、殺すわけがないだろう!」
二人目は、依頼人でもある妻の今日子。
「私は庭のプールサイドで、友人と電話をしていましたわ。……ええ、あの方から離婚を切り出されて、慰謝料のことで揉めていたのは事実ですけど」
三人目は、ライバル会社の社長である早乙女。
「私は気分が悪くなって、二階のゲストルームでずっと寝ていた。彼にはウチの特許を不当に奪われた恨みはあるがね、復讐なんてバカバカしい」
最後は、第一発見者の秘書、松島。
「私はキッチンで、皆様にお出しする軽食の準備をしていました。……社長からは、日常的に酷いパワハラを受けていましたが、私にはアリバイがあります!」
全員が一人きりで過ごしており、明確な目撃者はいない。しかし、全員に藤堂を殺すだけの強烈な『泥臭い動機』があった。
「和戸。この四人、全員の心拍数と発汗量が平常時を上回っています。人間は嘘をつく生き物ですね」
視界の隅で、シャーロットが冷たい瞳で四人を分析している。
「ああ。全員が怪しい。だが、あの書斎は藤堂社長の指紋と静脈がなけりゃ入れない『密室』だった。誰が、どうやって毒を盛った?」
俺が腕を組んで思案していると、シャーロットの青い瞳に、無数のデータ列が滝のように流れ始めた。
『和戸。この邸宅のスマートホーム・ハブに侵入し、過去一時間のすべてのIoT家電の稼働記録、Wi-Fiルーターの接続ログ、人感センサーの反応履歴を抽出しました』
「何か分かったか?」
『はい。四人の中に一人だけ、自身の証言と、デジタル上のログが《決定的に矛盾している》人物がいます』
シャーロットは、空中に四人の顔写真と、複雑なグラフを展開した。
『犯人は、この中にいますよ。和戸』
お読みいただきありがとうございました!
今回は容疑者を4人提示し、「誰が嘘をついているのか?」という謎解き要素を強く押し出してみました。
シャーロットが暴き出す「デジタル・ログの矛盾」とは一体誰のものなのか? そして、密室はどうやって作られたのか?
皆様の推理もぜひコメント欄でお聞かせください!
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次回、鮮やかな後編(解決編)をお届けします!




