第10話 残光のアーカイブ(前編)
こんにちは、仁胡 黒です。
シズク・セラミスとの死闘を終え、シャーロットが命がけで持ち帰った「お土産」。
その暗号化されたデータの中に、和戸 宗治が決して忘れることのできない「ある事件」のコードネームが刻まれていました。
三年前、彼がなぜ警察を去らねばならなかったのか。
静かに回り始めた運命の歯車を止めるように、事務所を訪れた一人の女性。
彼女が告げる「警告」の真意とは……。
データセンターでの一件から数日。
事務所には、いつにも増して重苦しい沈黙が流れていた。
俺は右目のメンテナンスを終えたシャーロットが、シズクの端末から奪ったデータを解析し終えるのを、煙草を燻らせながら待っていた。
『……和戸。解析、終了しました。……ですが、この結果をあなたに見せるべきか、私の論理回路が珍しく逡巡しています』
「……お前らしくもない。さっさと出せ」
耳元で囁くシャーロットの声に促されるように、俺は右目のデバイスを起動した。
視界に展開されたのは、複雑な数式の羅列ではない。
……三年前、俺が刑事として最後に担当し、そして「上からの圧力」で握りつぶされた未解決事件の捜査資料だった。
『ファイル名「フェーズ・ゼロ」。三年前の新築ビル爆破未遂事件……。和戸、あなたが警察を辞める引き金となったこの事件の裏側に、シズクの所属する企業「レムナント」が深く関与していた形跡があります』
「……やっぱりか。あの時、俺が感じた『不自然な違和感』は、デジタルの闇に隠されていたわけだ」
苦い記憶が、煙草の煙と共に喉の奥にこびりつく。
その時、事務所のドアが静かに、だが迷いのない動作で開かれた。
立っていたのは、シャープなスーツを着こなした一人の女性だった。
凛とした顔立ちに、どこか見覚えのある鋭い眼差し。かつて俺の背中を追っていた「後輩」の刑事、如月さやかだ。
「……お久しぶりです、和戸先輩。……いえ、今は『和戸探偵』と呼ぶべきでしょうか」
「如月か。……所轄の若手が、何の用だ? 迷子の猫探しなら他を当たれよ」
わざと突き放すような言い方をする俺に、如月は一歩も引かずに封筒を差し出した。
「嫌味は相変わらずですね。……警告に来たんです。公安が、あなたの『右目』について本格的な調査を開始しました。九条の独断じゃない、もっと上の……『レムナント』と繋がっている勢力です」
『……和戸。彼女の脈拍、発汗、瞳孔の動きをスキャン。……嘘は言っていません。彼女は心底、あなたの身を案じています』
「……シャーロット、余計な世話だ」
如月は、俺が独り言のように呟いた言葉に怪訝な顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「先輩。三年前の真相を追うのは、もうやめてください。……今度こそ、本当に消されますよ」
「……消せるもんなら、やってみろ。俺には、世界一うるさい相棒がついてるんでね」
俺は如月を追い出すようにドアを閉めた。
だが、右目のレンズには、シャーロットが勝手に表示させた「三年前の事件現場の3Dマップ」が、血のような赤色で明滅し続けていた。
お読みいただきありがとうございました。
第10話の前編、いかがでしたでしょうか。
ついに語られ始めた、和戸の過去。
かつての後輩・如月からの警告は、敵が警察内部の深淵にまで潜んでいることを予感させます。
三年前の事件と、シャーロットの誕生。そのミッシングリンクを解き明かすための、危険な調査が始まります。
果たして和戸は、過去の亡霊を打ち破ることができるのか……。
気になった方は、ぜひ評価、ブックマークをお願いいたします!
解決編に向けて、物語はさらに加速します。




