第9話 電子の檻(解決編)
こんにちは、仁胡 黒です。
第9話・解決編。 絶体絶命のデータセンター。吸い出されていくシャーロットの意識。
シズク・セラミスが仕掛けた「完璧なアップロード」を前に、和戸 宗治に残されたのは一振りのライターと、相棒への揺るぎない信頼のみ。
デジタルの檻を打ち破る、あまりにアナログで無謀な「賭け」の行方は——。
衝撃の結末を、どうぞ。
視界が、白く、遠くなっていく。 右目のレンズに走るノイズは、シャーロットの意識がこの「檻」……巨大なサーバーラックへと引きずり込まれている断末魔のようだった。
「……和……ど……逃げ……て……。転送……率……80%を……超過……」
耳元で途切れ途切れに響く声。それが彼女の最後の言葉になるかもしれない。 シズク・セラミスは、タブレットの画面を見つめ、満足げに微笑んでいる。
「無駄よ。このサーバーは世界最高峰のセキュリティと、外部からの干渉を一切遮断する電磁シールドで守られているわ。物理的に破壊しようとしても、その前に彼女の意識は完全に再構築され、あなたの知らない『何か』に生まれ変わる」
「……最高のセキュリティ、ね。……だが、一つだけ忘れてるぜ、シズク」
俺は震える手で、ポケットから使い古した真鍮のライターを取り出した。 転送率は90%を超えた。もはやシャーロットのアイコンは形を留めていない。
「どんなに優れたサーバーでも、たった一つだけ『想定外な災害』には勝てねえ」
俺はライターを点火すると、それをサーバーラックの吸気口ではなく、天井にある「超高感度煙検知器」の直下へと差し出した。
「なっ……! 炎を……!? 何を考えているの、システムが!」
「ああ、システムが『正しく』作動しちまうな。……こいつは最新のデータセンターだ。火災の兆候があれば、精密機器を保護するために、酸素を遮断する『不活性ガス』が放出される。……そして同時に、全サーバーはデータ保護のために『物理的な強制シャットダウン』を実行する」
検知器が熱を感知し、けたたましいアラームが鳴り響いた。
「バカな……! そんなことをすれば、転送中の彼女のデータが破損するわ!」
「お前らに魂を売るくらいなら、俺と一緒にここで心中する方が、シャーロットも喜ぶさ。……だろ、相棒!」
次の瞬間、天井からガスが噴出する轟音と共に、すべてのサーバーのインジケーターが一斉に消灯した。 転送率98%で——「檻」の電源が死んだ。
真っ暗闇になった部屋に、非常用の赤色灯だけが回転し始める。 俺は朦朧とする意識の中で、右目の片眼鏡を強く握りしめた。
『……っ、……和戸! ……バックアップ用バッテリーによる、最小構成での再起動を確認。……データの欠損……最小限です。……今のうちに、脱出を!』
耳元に帰ってきた、いつもの毒舌混じりの声。 俺は混乱するシズクを置き去りにし、ガスで薄れる酸素を求めて、非常用レバーで防潮扉をこじ開けた。
数分後。夜の潮風に吹かれながら、俺はビルの屋上で大きく息を吸い込んだ。 右目のレンズには、少しだけノイズの混じった、だが確かにそこにいるシャーロットのアイコンが点滅している。
『……和戸。さっきの「心中する方が喜ぶ」という推論、私のデータベースには存在しません。……愛し合う二人のなど、極めて非論理的です』
「……へっ、お前を助けるのに論理なんて必要ねえよ。……あいつ、シズクと言ったか。……本格的に、宣戦布告されたみたいだな」
『肯定します。……ですが、今回の一件でシズクの端末から逆流したデータを一部、強制的に「お土産」として持ち出しました。……彼女たちの正体、少しずつ暴いてやりましょう』
「ああ。……まずは、うまい珈琲でも飲んでからだ」
俺はライターで火を灯し、紫煙を夜空に燻らせた。 デジタルの闇はまだ深いが、俺の右目には、次の一歩を照らす緑色のガイドラインが鮮明に浮かび上がっていた。
お読みいただきありがとうございました。 第9話、完結です!
最新鋭のサーバーセンターを、たった百円の火種で機能停止させる。
「最高のセキュリティ」が「最高の脆弱性」に変わる瞬間、和戸とシャーロットの絆がシズクの野望を打ち砕きました。
しかし、シズク・セラミスという宿敵との戦いは、まだ始まったばかりです。
次回、第10話。 持ち出した「お土産」のデータから判明した、驚愕の事実。 そして、和戸の過去を知る「もう一人の人物」が接触してきます……。
物語はいよいよ、和戸が警察を辞めた「あの日の真実」へと繋がり始めます。 気になった方は、ぜひ評価、ブックマークをお願いいたします!




