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『AI探偵シャーロットの最適解〜論理100%の彼女は人間の嘘(こころ)が解らない〜』  作者: 仁胡 黒
Phase 3:【拡張・廃墟都市編】

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第7話 血桜の審判(後編)

十五年前の悲劇が眠る、古い公園。

赤いブラッドムーンに照らされた夜、倒壊した桜の木。

偶然にしては出来過ぎた「死」の背後には、ただ静かにその場所を見守り続けてきた一人の男の影がありました。

和戸 宗治とシャーロットが解き明かすのは、単なるトリックではありません。

十五年という歳月が積み上げた、あまりに純粋で、あまりに歪んだ「祈り」の正体です。

事件の幕が、今、静かに下ります。

「……十五年、か」


俺は倒れた巨木の断面を指でなぞった。

 シャーロットが網膜に投影する、サーモグラフィと構造解析のオーバーレイ。

 そこには、自然の腐朽とは明らかに異なる「偏り」があった。


『和戸、確認しました。根の深部、北西方向にのみ、高濃度の腐朽菌ふきゅうきんが人工的に注入された痕跡があります。……さらに、樹皮の裏側には、特定の温度条件下で収縮する「特殊なワイヤー」が食い込んでいます。……これらは数年かけて、樹木の自重を少しずつ傾けさせるための「設計図」です』


俺は、立ち入り禁止のテープの外で、一人静かにこちらを見つめる男——藤枝へと歩み寄った。

 十五年前、妻を不倫の末の自殺で失った男。


「藤枝さん。あんた、立派な樹木医の資格を持ってるそうだな。……この桜が、本当はもっと早く倒れるはずだったことも、知っていたんじゃないか?」


藤枝は表情を変えず、遠くの街灯を見つめていた。

「……木は、いつか倒れるものです。私はただ、この木が美しく最期を迎えられるよう、手入れをしていただけですよ」


「手入れ、ね。……だが、シャーロットの解析によれば、この木が倒れる『瞬間』は、特定の荷重が加わった時に限定されていた。……例えば、百キロ近い人間の男が、特定の根の上に腰を下ろした時だ」


俺は松井刑事から預かった「遺書」のコピーを取り出した。


「澤田(被害者)は、毎年ここへ来ていた。不倫相手だったあんたの奥さんへの罪悪感に耐えきれず、自ら死に場所を探すように。……あんたはそれを知っていて、『彼が座る場所』だけを、精密に、脆く作り替えた。……十五年かけてな」


夜の風が、残った桜の葉を揺らす。

 藤枝の口元が、わずかに歪んだ。


「……あいつは、死にたがっていた。遺書も自分で書いた。私は、ただ背中を貸してやっただけだ。……ブラッドムーンの赤い光が、あいつの血で染まったように見えた時、ようやく私の十五年が終わったのだと思いましたよ」


『……和戸。藤枝の自宅サーバーから、過去十年分の「気象データ」と「樹木応力シミュレーション」のログを検出しました。……彼は、皆既月食の夜の風速まで計算に入れ、この夜を「執行日」に選んでいます。……これはもはや、自然現象を利用した「遠隔暗殺」です』


「……法律で裁けるかどうかは、俺の仕事じゃない」

 俺は眼鏡のフレームを叩き、録音データを松井刑事に転送した。


「だがな、藤枝さん。……あんたが殺したのは、奥さんを追い詰めた男だけじゃない。……あんたが愛した奥さんが、最後にすがったその『桜の木』そのものを、あんたは復讐の道具に成り下げたんだ」


藤枝の目から、初めて光が消えた。

 彼は崩れ落ちるように、倒れた巨木の肌に額を押し当てた。

 

 遠くで、パトカーのサイレンが近づいてくる。

 俺は右目のレンズに映る、赤い月の残像を振り払うように、深く溜息をついた。


(……シャーロット。人間の執念ってのは、お前の演算でも予測しきれねえか?)

『……否定します。因果関係は明確でした。……ただ、これほど「非効率」な殺害方法を選択するロジックだけは、私のデータベースには存在しません』

「……だろうな。それが、人間ってやつだ」

第7話、いかがでしたでしょうか。

十五年という歳月をかけ、自然の摂理すらも復讐の歯車に組み込んだ男。

そして、死を望みながらも、皮肉な形でその願いを叶えられた男。

「トリックの解明」と、割り切れない「人間の業」を、和戸とシャーロットの視点を通して描いてみました。

桜の美しさが、少しでも怖く、そして哀しく伝わっていれば幸いです。


次回、第8話。

この事件を経て、和戸とシャーロットの関係にも微かな「変化」が……?

引き続き、応援よろしくお願いいたします!

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