第6話 電子の深淵に潜む影(後編)
こんにちは、仁胡 黒です。
第6話・解決編です。
逃げ場のない地下駐車場、ネットワークから切り離されたシャーロットは、いわば「酸素を奪われた」状態。
しかし、和戸 宗治という男は、彼女が「ただのプログラム」ではないことを誰よりも知っています。
絶体絶命の包囲網を、二人の「絆」がどう打ち破るのか。緊迫の脱出劇、スタートです。
「……『不完全な知性』、だと?」
俺はジャミングのノイズで砂嵐が混じる右目の視界をこすり、白いスーツの女を睨みつけた。
女は手にしたチップを愛おしそうに眺め、冷たく言い放つ。
「ええ。そのデバイスの中に眠る彼女は、外の世界と繋がって初めて『神』になれる。今のあなたのような三流探偵の右目に収まっているだけでは、翼を折られた小鳥も同然よ」
『……和戸。私の演算処理の……40%が……ノイズに……侵食……。このままでは……自己崩壊……シーケンスに……』
(……おい、しっかりしろシャーロット。お前をただのチップに戻させてたまるかよ)
背後からは二人の大男。前には謎の女。そして、逃げ場のないコンクリートの壁。
俺はわざとらしく、トレンチコートのポケットから愛用の古い真鍮製のライターを取り出した。
「お望みのブツだ。……だが、タダで渡すのは俺のポリシーに反する。……少し派手な『ショー』を見せてやるよ」
「……なんですって?」
俺はライターに火を灯すと、それを頭上の「ある一点」に向かって思い切り放り投げた。
そこには、シャーロットがジャミングを受ける直前に教えてくれた**『バックドア』**——このビルの古い管理システムが制御している、旧式の火災検知器があった。
ライターの熱に反応し、けたたましい警報音が地下駐車場に鳴り響く。
同時に、天井の大型スプリンクラーから大量の消火剤が霧となって噴出した。
「なっ……! 何を考えているの!」
「言っただろ、ショーの時間だってな。……シャーロット、今だ!」
『……了解。消火剤の微粒子が……電波を散乱させています。……ジャミングに一瞬の……隙……。ローカル・プロトコル、強制接続!』
霧状の消火剤が充満したことで、皮肉にも敵のジャミング電波が乱反射し、ピンポイントな妨害が弱まった。その一瞬の隙を突き、シャーロットは地下駐車場の**『照明制御システム』**にハッキングを仕掛ける。
バチッ、と激しい音を立てて全ての電灯が消え、暗闇が支配した。
男たちの罵声が響く。だが、俺の右目にはシャーロットが描く「緑色のワイヤーフレーム」が、逃走経路を鮮明に映し出していた。
「……こっちだ!」
俺は闇の中を迷いなく駆け抜け、愛車のセダンに飛び乗った。
キーを回し、エンジンが咆哮を上げる。
「和戸 宗治! 逃がさないわ!」
背後で女が叫ぶが、俺はアクセルを底まで踏み込んだ。
閉まりかけたシャッターの隙間を、タイヤを鳴らして滑り抜ける。背後で消火剤と闇に包まれた追っ手たちが小さくなっていく。
数分後、新宿の喧騒を離れた路地裏で、俺はようやく深く息を吐いた。
『……ふぅ。……自己診断完了。システムに致命的な損傷はありません。……ですが和戸、あんなアナログな手段で電波を撹乱するなんて、計算外でした』
(……へっ、三千円の眼鏡を救うには、百円のライターで十分だったってことだ。……あの女、何者だ?)
『……照合中。おそらく、多国籍IT企業「レムナント」の技術回収班、シズク・セラミス。……和戸、彼女たちは今後も私を……そしてあなたを狙ってくるでしょう』
(……やれやれ。ますます平和な探偵業からは遠ざかる一方だな)
俺は右目の片眼鏡を一度外し、そっとレンズを拭いた。
そこには、いつもの皮肉げなシャーロットのアイコンが、少しだけ安堵したように明滅していた。
お読みいただきありがとうございました!
第6話、完結です。
最新の電子戦に対し、ライター一つで火災報知器を作動させるという「現場の知恵」で対抗した宗治。
シャーロットを「不完全」と断じたシズク・セラミスという強敵の登場により、物語のスケールはさらに広がっていきます。
「アナログとデジタルのコンビネーションが熱い!」「シズクとの再戦が楽しみ!」と思っていただけましたら、ぜひ☆☆☆☆☆評価をお願いいたします!
次回、第7話。
束の間の休息……のはずが、宗治のもとに一人の老刑事が訪ねてきます。
「桜の木の下で起きた、あまりに悲しい事故」の謎を抱えて。




